34 目覚めのハーブ
「大人だと言うわりに……」
ペリーウィンクルは、ヴィアベルが思っている以上に難敵である。
わりとわかりやすくアピールしたつもりだったが、この程度ではまだまだということか。
とりあえず今夜はこれまでにしようと区切りをつけて、ヴィアベルは切り替えるために話題を媚薬の件へと戻した。
「媚薬の効果を打ち消すには、少なからず意識をこちらへ向ける必要がある」
「意識を向ける……? それって、今のトゥルシー様は意識がぼんやりしているってこと?」
「そうだな。例えるなら寝起きのぼんやりした頭のような状態、といったところだろうか」
「へぇ、なるほど。じゃあ、起き抜けに飲むハーブティーなんてどう? ミント、レモングラス、ローズマリー。そのあたりが効果的だけど」
スッキリと清涼感のある味と香りが特徴のミントは、頭をシャキッとさせて集中力・やる気を高めてくれる。
ミントに含まれるメントールという成分はストレスや憂鬱な気分を緩和させたり、胃腸の不調にも効果的だ。
レモンのようなさわやかな香りが特徴のレモングラスは、お茶にすると頭がスッキリとして明るく爽やかな気持ちになる。
レモングラスに含まれるリナロールという成分は、眠気を改善してくれる効果も持っているのだ。
スパイシーな香りが特徴のローズマリーは、ロズマリン酸を含んでいる。
ロズマリン酸は、脳内物質ノルアドレナリンとドーパミンを増加させ、やる気・集中力を高めてくれる作用がある。
ヴィアベルのかわいい生徒は、彼の教えをよく覚えていたらしい。
ちょうど良い位置にあった頭を撫でくりまわしながら、ヴィアベルは「よく覚えているじゃないか」と褒めた。
ミント、レモングラス、ローズマリー。本来、それらは朝起きて目覚めを良くするために飲用するものだが、今回はそれにヴィアベルが付加魔法をかけることで、媚薬の効果を無効化、または薄めようということらしい。
「それならおまえには、妖精王の茶会で出す茶を用意してもらいたい」
「ブレンドは私任せで良いの?」
「構わん。おまえなら、大丈夫だろう」
「ヴィアベルに言われちゃあ、頑張らないわけにはいかないね」
一人前なのだとアピールするチャンスである。
ペリーウィンクルはむん! と拳を握りながら、やる気いっぱいだ。
「期待している」
ククッと笑いながら、ヴィアベルの手がペリーウィンクルの頰を撫でる。
こんなことはもう何度もされていることなのに、今夜はやけに意識してしまう。
どうしてだろうとペリーウィンクルが首をかしげていたら、ヴィアベルがひょいと身を屈めて顔色を窺ってきた。
心配そうに見つめてくる神秘的な目は、煮詰めた蜜のようにトロリとしている。
(ヴィアベルの目って、こんなだった? 前はもっと……新しいオモチャを見るようなウキウキした目だった気がするんだけど……?)
舐めてみたら甘いのかな、なんて馬鹿な考えが過ぎる。
鼻と鼻がくっつきそうなくらいの──実際にはもう少しあったが──距離で二人は見つめ合った。
漂う空気に、緊張感が滲む。
綱渡りをしているみたいだ。
ゆらゆら、ゆらゆら。
一度バランスを崩せば、もう元には戻らない。
(そんなの、嫌よ)
ペリーウィンクルは小さな鼻にシワを寄せた。
なんだかよくわからないが、湧き上がる感情の捌け口をヴィアベルへ求めたくなる。
(なんでこんなに距離近いの? これじゃあまるで……)
「んっ?」
(まるで……)
「んんんっ?」
(……唇も甘いのかしら)
「どうした?」
こつん、と額が当たる。
どうやらヴィアベルは、ペリーウィンクルに熱がないか知りたかったらしい。
あり得ないことを考えた、とペリーウィンクルは恥ずかしくなった。
「う……ううん、なんでもない。頑張ってブレンドするから、期待していて」
言いたいことを心の奥へ厳重にしまい込み、ペリーウィンクルは鍵をかけた。
だって、言えるわけがない。
(唇も甘いのかな、なんて。なんてこと考えているのよ、私! ばか、スケベ、破廉恥、私の痴女!)
親か兄のように思っているはずの相手に対して、唇の味を確かめてみたいと思うだなんて。
未経験で興味があるとはいえ、見境がなさすぎる。
女としてこれはありなのか、とペリーウィンクルは不安さえ覚えた。
(いや、キスしたいわけじゃないのよ⁈ そう、味! 味が気になるだけなの! それに、誰でも良いってわけでもないわ。ヴィアベルなら良いかなって。だってほら、甘そうに見えるじゃない?……ああ、そうじゃない、そうじゃないのよ、もぉぉ!)
もう、大混乱である。
そんな中、帰ろうとヴィアベルに手を引かれ、ペリーウィンクルは叫びそうになった。
恥ずかしさと気まずさでいたたまれない気持ち、とでも言おうか。
まるで処刑場へ向かう罪人のような重い足取りで、ペリーウィンクルは手を引かれるままに歩き続けるしかなかった。




