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03 マルベリーのお茶

 社交界で、小さな噂が流れている。

 デュパンセ公爵家の娘、ローズマリー・デュパンセを助けた少女は、その功績を称えられて男爵家の庭師(ガーデナー)から公爵家の庭師へ昇進した、と。


 まるで、濁流に飲まれた令嬢を颯爽(さっそう)と助け出したヒーローのような言われようだったが、実際はそこまでの一大事ではない。

 あの場にいる誰もがローズマリーを助けられたはずなのにそれをしなかったのは、意地悪な彼女を疎ましく思っていたから。ちょっとくらい意地悪してやろうと、そんな気持ちだったに違いない。


(まぁ今は……悔い改めたみたいだし。そのうち、メイドたちも気づく……かなぁ?)


 とはいえ、公爵家の庭師として雇われたペリーウィンクルは、現在ローズマリーの専属庭師ということになっている。

 専属庭師、というとヴィヴァルディ以外の国ではなんのこっちゃとなるものだが、この国ではよくあることだ。


 妖精が立ち寄りたくなる庭。

 それを造るために、ヴィヴァルディでは庭師が重宝されている。


 妖精と契約するためにはまず、妖精と出会わなくては始まらない。

 その第一歩となるのが、妖精が立ち寄りたくなる庭、というわけだ。


 さて、ではどんな庭が妖精たちに気に入られるのか。

 一般的には、自然美を生かした田舎風の庭は植物系の妖精、幾何学的な庭は食べ物系の妖精、石を多用した庭は宝石や道具系の妖精が気にいる傾向にあるとされている。


 ペリーウィンクルが得意とするのは、田舎風の庭だ。

 ハーブをたくさん植えた実用的な庭が好きで、前世でも箱庭パートではハーブガーデンを作っていた。


 普通は、狙っている攻略キャラの好みに合わせた箱庭を作るものだが、前世のペリーウィンクルは理想の箱庭を求めるあまり、攻略キャラ好みの箱庭を作ることはついぞなかった。

 ちなみに、ローズマリーの妖精は食べ物系、ソレル王子の妖精は宝石系である。


 妖精使い(フェアリーテイマー)になることは、一種のステータスだ。

 特に、高位の貴族は必須だと言っても過言ではない。


 王族の場合、生まれた時に祝福しに来てくれた妖精の中から、もっとも相性の良い妖精が契約してくれる。

 王弟を祖父に持つローズマリーも、生まれた時には妖精たちが祝福に来てくれたと言う。


 祝福を受けられない貴族たちは、必死だ。

 妖精と契約できた者こそ真の貴族だとされ、平民が妖精と契約しようものなら、彼らはこぞって養子縁組をしたがった。


 ヒロインが平民であるにも関わらず次期国王であるソレルと結婚できるのは、そのおかげである。

 強い妖精と契約することは、それだけの価値があることなのだ。


(ま、私には関係ないけどね)


 ペリーウィンクルには関係のないことだ。

 だって、モブだから。


(それに、妖精と契約もしていないし)


 そんなことを思いながら、ペリーウィンクルは小鍋に水を入れると火にかけた。

 コポコポと水面が揺れて沸騰したことを確認して、火を止める。

 細かくした葉を入れて、砂時計の砂が全部落ちたら、目的のブツは完成だ。


「なにをしている?」


 一人きりのキッチンで、突然声をかけられる。

 ペリーウィンクルは一瞬だけビクリと肩を震わせて、しかし目に入った青年に「なぁんだ」と安堵(あんど)した。


 平均身長のペリーウィンクルが見上げるほどの長身。見上げた先にあるのは、湖面に映った月光のような目をしたはかなげな印象を受ける美貌。藍緑(アクアマリン)色をした髪に黄色の蝶がとまっていて、まるで小さなピン留めをつけているようだ。


「今日は人型なんですね」


「妖精の姿が良いか?」


 言うなり、青年はポンと煙を立てて姿を消した。

 代わりに現れたのは、緑色の実(グーズベリー)に鹿の角が生えた頭、多肉植物みたいなぷっくりとした体を持つ妖精である。


「どちらでも構いませんよ。どちらにしたってあなたですから」


「うむ、そうか」


 妖精はコテンと小首をかしげると、再びポンと煙を立てた。

 現れた美貌の青年が、微かに唇の端を上げてあるかなしかの笑みを浮かべる。

 ペリーウィンクルを見ると、彼の目に慈愛に満ちた色が(にじ)んだ。


 妖精の名前は、ヴィアベル。

 人の姿を取れるのは強い力を持つ妖精の特権なのだが、彼はいとも簡単にやってのける。

 そんな彼は、月明かりの妖精らしい。


 庭師だったペリーウィンクルの祖父と契約していた妖精。

 両親に先立たれ、祖父に育てられていたペリーウィンクルを、祖父亡き後も見守り続けてくれている存在──それが、ヴィアベルである。


 ペリーウィンクルの庭師としての技術は、彼から教わったものだ。

 妖精自ら伝授しただけあって、彼女の腕は一級品である。


「それで、今日はなにをしているのだ? 風のうわさに、おまえは公爵家令嬢の専属庭師になったと聞いたが。まさか、メイドの仕事までやらされているのか? 公爵家の令嬢は底意地が悪い女だと聞く。やりたくないのにやらされているのなら、私がなんとかしてやろう」


「大丈夫だよ。これも、仕事のうちだから」


「マルベリー茶を入れるのが、か?」


 親切を無碍(むげ)にされて、ヴィアベルはつまらなそうだ。

 それでも、ペリーウィンクルのしていることを手伝うつもりはあるらしく、カップがフヨフヨと宙を舞う。


「そうだよ。マルベリー茶はダイエットに効果があるでしょう? お嬢様のダイエットの一助になればと思って」


「ふむ、そういうことか。ならば少しばかり、私も助けてやろう」


 ヴィアベルはニヤリと笑むと、ピンと伸ばした人差し指でクルリと円を描いた。

 すると、描いた円からホタルの光のようなものが出てくる。

 小さな光はゆらゆら揺れながら、小鍋の中へポチャンと入ってしまった。


「ヴィアベル?」


「悪いことはしていない。ちょっと、効果を高めただけだ」


 言いながら、ヴィアベルは罰が悪そうに視線を逸らした。

 妖精のくせに、妙に人間臭い。

 こんなの、疑えと言っているようなものだ。


「ちょっと……?」


「ちょっとだ」


 今更、妖精らしくしれっとごまかしたって遅い。

 妖精に何かしてもらうには、対価が必要だ。契約もしていないのに何かしてもらうなんて、一体どんな対価をふっかけられるか。

 ペリーウィンクルは、様子を窺うようにそろそろとヴィアベルを見上げた。


「ヴィアベル、私はそれに見合ったものをあげられないよ?」


「大丈夫だ。問題ない」


「そう?」


「私とおまえの仲ではないか」


「……それもそっか」


 祖父とヴィアベルと三人で過ごした時間は、いつの間にかヴィアベルと二人で過ごした時間より短くなっていた。

 きっとヴィアベルは、育ての親のような感覚なのだろう。


 そう思ったペリーウィンクルは、さして考えもせずにヴィアベルの言葉を受け流した。


 マルベリー茶の準備へ戻ってしまったペリーウィンクルは気づかない。

 あっさりと受け流された言葉に、ヴィアベルが唇の端をヒクヒクさせていただなんて、知る由もなかったのだ。


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