29 妖精と番
妖精王の茶会。
南のガゼボで不定期に開催される妖精の茶会をそのように呼ばせているのは、学校長である。
彼は、南のガゼボを大切に思っている。
それは、南のガゼボが妖精王の持ち物だからということもあったが、それ以上に、自身の番と出会った思い出の場所を人に荒らされたくないという、私情がおおいに挟まれていた。
大仰な名前をつけられているが、南のガゼボで茶会を開催するのは簡単だ。
南のガゼボに植えてあるラスターリーフの葉に、必要事項を書くだけ。
日程によっては他の妖精と話し合う必要もあるが、大抵はそんな必要もない。
ラスターリーフは、葉の裏に傷をつけると黒く変色する性質がある。
異国の地では、ハガキという手紙の代わりにも使われることがあるらしい。
妖精たちはその性質を利用して、ラスターリーフを予約表代わりに使っているのだ。
とはいえ、妖精とは気まぐれ──というか面倒くさがりな生き物である。
わざわざ予約するのも面倒だし、日程を調整するのも面倒だし、茶会の準備をするのも面倒だし、招待するのも面倒で、片付けなんて論外。
そんな手間をかける暇があったら、人と契約して茶会に招かれた方がマシだし、なんなら箱庭で蜜を飲めればそれで良いと思っている。
そういうわけだから、南のガゼボはいつだって使い放題だ。
現に、ヴィアベルがラスターリーフを確認した時も、予約は一件も入っていなかった。
二十センチほどの長楕円形をしている葉に、自分の名前と、茶会の日時、それからガゼボへ入ることを許可する人の名前を書く。
茶会の日時を三日月の夜と決めているのは、その時間だとヴィアベルの力が最も強く発揮されるからだ。
ペリーウィンクルの願いを全力で叶えるという、ヴィアベルの本気がうかがえる。
「やぁ、ヴィー。今日はえらく上機嫌じゃないか」
カラスアゲハのような羽をした妖精が、ヴィアベルの周りを飛び回る。
ヴィアベルがうざったそうに手で振り払うと、妖精は「つれないなぁ」とクスクス笑った。
「私の周りを飛び回るな。鱗粉がつく」
「そう邪険にしないでおくれ。寂しいではないか」
妖精は、ポンと煙を立てて姿を消す。
代わりに現れたのは、どこもかしこも真っ黒な人だった。
黒い肌に、漆黒の髪。目は結膜が黒で虹彩が金色をしている。
彼は闇から生まれた妖精で、名前をフィンスターニスという。
ヴィアベルからしてみたら、親のような上司のような存在であり、妖精王の側近でもある。
「あぁ、こわいこわい。番を手に入れる前の妖精というのは気が立っていて困る。まだ手に入れてないのかい? もう何年もたっている気がするのだけど」
「四年だ」
「四季の国だと十二年だね。十二年もあれば、そろそろではないの? あぁ、ごめんごめん。そろそろだから気が立っているんだね」
「……」
「だが、あのヴィアベルが番と巡り合うとはなぁ……すっかり雄の顔になって。世話をした妖精だからかな、尚のこと嬉しく思うよ」
「……」
ムスリと顔をしかめてだんまりを決め込むヴィアベルに、フィンスターニスは面白がっていることを隠しもしない。
だが、嬉しいというのもうそではなかった。
自分と同じ。
それは嬉しくもあり、羨ましくもある。
妖精は、あらゆるものから生まれてくる。
一人きりで生まれ、消える時も一人きり。
生まれてすぐの頃は似た属性の妖精が世話をするが、ひとり立ちすればまた一人きり。
たまに群れることもあるが、ほとんどは一人きりだ。
孤独など感じないし、それが気楽で良いと思っている。
ただ稀に、そうじゃない妖精も存在する。
人の姿にもなれる妖精だ。
人の姿にもなれる──それはつまり、人と混じり合いたいという証だ。
具体的に言えば、抱きしめたり、キスをしたり、それ以上を求めたり。人が種の保存をするために行うことを、妖精の自分ともしてほしいと思った時、妖精は人の姿もとれるようになるのである。
人と違って種の保存を目的とはしていないから、子をなしたいわけではない。
結果として子が生まれることもあるが、それはおまけみたいなものだ。
とはいえ、人が子を大事にする生き物だと理解しているから、相手が求めるならいてもいいかな、くらいの感覚である。
人はそれを恋や愛と呼ぶが、妖精からしてみればそんな甘っちょろいものではない。
気まぐれで面倒くさがりなくせに、常に気になって仕方がなくなり、困っているなら助けずにはいられなくなり、目が届かないと心配で夜も眠れず、無視されたり要らないなんて言われた日には死にそうになる。
妖精の生死が、人の態度一つで決まるのだ。そんな重いもの、恋や愛なんて言葉で収まるわけがない。
魅了や服従といった魔法による症状なら、改善の余地もある。
だが、魔法じゃないから、たちが悪かった。
妖精は、そんな思いにさせてくる人のことを、番と呼ぶ。
相手と離されると身を引き裂かれるような思いをすることから、きっと元は一つだったに違いないと考えて、二人で一つ、つまり番だ、ということになったらしい。
番は、前置きもなく唐突に決まる。
経験者曰く、感覚的には“選ぶ”らしい。
目が離せなくなって、世界にその人と自分しかいないような気持ちになって、倒れそうなくらい体が熱くなって、ふと気づくと人の姿になっている。
はじめて人の姿を取った時、その目に映っている相手が番だ。
出会い頭だったり、ある程度知り合ってからだったり、相手が死の間際だったりとさまざまではあるが、ヴィアベルは幸いなことに、ある程度知り合ってからだった。
相手は契約していた男の孫で、両親を事故で喪った女の子。
毎日毎日飽きもせずメソメソ泣いて、何にでも怯えてばかりの、ヴィアベルからしてみたら、近寄りたくない人ナンバーワンだった。




