28 ミステリアス担当不思議系令息
ローズマリーのむちゃぶりに意識が遠のきかけたものの、ハーブティーを淹れることでなんとか平静を取り戻したペリーウィンクルは、ディルがどうして自分へ接触してきたのか、その経緯を聞き出した。
どうやらディルは、現段階ではヒロインになんの興味もないらしい。
その代わり、彼の興味はトゥルシーへ全振りされていた。
知的好奇心が旺盛な彼はどうするか。
人間観察が趣味であるディルは当然、トゥルシーのことを観察した。
そしてその結果、トゥルシーがローズマリーの箱庭からアルケミラ・モリスを盗もうとしている現場に遭遇してしまったらしい。
花泥棒は、退学処分である。
退学になった者は、卒業時に船が渡されるまで、学校の地下にあるという特別室で過ごす決まりだ。
今までの観察の結果から、ディルはトゥルシーがヒロインのために花泥棒を代わろうとしていることも察していた。
せっかく見つけた観察対象を失ってはたまらないと、ディルはトゥルシーが花泥棒をしようとするたびに妨害していたという。
(それで、トゥルシー様はなかなか盗めなかったわけね)
なるほど、とペリーウィンクルは頷いた。
トゥルシーは来なかったわけではない。ディルに妨害されていたから、盗めなかっただけだ。
(二カ月も動きがなかったから、諦めたのかと思っていたけれど……そういうわけではなかったのか)
ヒロインエンドでは脇目もふらずにヒロインの箱庭を滅茶苦茶にしていたトゥルシーが、ローズマリーの箱庭からアルケミラ・モリスの一輪も盗めない理由はなんだろうと思っていた。
(まさか、ディル様が妨害していたとは)
ゲームをシナリオ通りに戻そうとする大いなる力を感じる──なんてことはないのだが、なんだか運命的なものを感じるのは確かだ。
もっとも、ペリーウィンクルがひしひしと感じているのは、攻略キャラと悪役令嬢が結ばれる運命だったが。
(でも、ここからどう挽回しろっていうのさ⁉︎)
ゲームのシナリオは随分と改変されている。
どうせ結ばれる運命なら、放っておいても良いのでは? とペリーウィンクルは切実に思った。
だが、ローズマリーはそうは問屋が卸さないと言うに決まっている。
(あぁぁぁ……面倒くさい……)
そんな彼女を尻目に、ローズマリーは恋愛小説を読み終わった後の、達成感に満ちたうっとりとした顔で微笑んでいた。
「愛ですわ」
「ああ、愛だ。僕はトゥルシーを愛している」
うっとりとつぶやくディルは、酒を飲んで深酔いしているようにも見える。
(ああ、なぜでしょう。私にはディル様がトゥルシー様を“観察対象として”愛していると言っているようにしか思えません……)
おそらくそれは、ペリーウィンクルがディルルートのヒロインエンドと悪役令嬢エンドを知っているせいだろう。
彼は最初からわりと好意的に接してくれるが、それは観察したいためであり、愛の言葉も必要あらばスラスラ言ってのける。
(この顔……ちょっとヘンタイっぽくて好きだったなぁ)
顔が、胡散臭い。あと、声も。
彼は興奮すると悦にいった声で延々しゃべる。
ヘッドフォンをして通勤中にプレイする時は、それはもう大変だった。
耳が溶けそう、もしくは孕みそうな美声が延々聞こえてくるのである。
もだえるのを我慢するあまり、つり革を握る手は握力がついた。
そして前世のペリーウィンクルは、ついに特技・ポーカーフェイスを手に入れたのだ。
(見た目はミステリアス美青年なんだけど、中身がオタクっぽいのもまたオツ……)
そして何より、声が良き! とペリーウィンクルはこっそり見えないところでガッツポーズした。
「それで……ディル様はどうして、わたくしの専属庭師へ賄賂を贈ろうと思ったのでしょうか? あいにく、この子は宝石の価値観などわかりません。それがどれだけ高価なものなのか、検討もつかないのです」
「贈り物の選択を誤ったな」
ディルは興味を失ったように、持っていた宝石をぞんざいに投げた。
大きな宝石が、ゴロリとソファの上を転がる。
ローズマリーはそれをチラリと見遣ってから、「そうですわね」とおかしそうに笑った。
「花を贈るべきだった」
「それはいかがなものかと」
「なぜだ」
「花は愛する人へ贈るものですもの」
「そうか、それでは仕方ない」
ローズマリーの言葉に、ディルは肩を竦める。
彼は、転がしていた宝石を掴み上げ、無造作にジャケットのポケットへ仕舞い込む。
ふくらんだポケットが、妙に滑稽だった。
「もうほとんど話してしまったことだし、ローズマリー嬢に頼むことにしよう」
「あら、良いんですの?」
「構わない。実は、このところトゥルシー嬢の様子がおかしくてな。何かに取り憑かれているというか、正気を失っているというか。さすがの僕も一人では妨害しきれなくなってきたので、盗まれる前にローズマリー嬢の専属庭師を懐柔して、万が一アルケミラ・モリスが盗まれてしまった場合はごまかしてもらおう、と考えた次第だ」
「そういうことでしたか。わたくし、てっきり……いえ、まぁでも、問題ありませんわ。もともとわたくしは、アルケミラ・モリスが盗まれたとしても、黙っているつもりでしたから」
「それはなぜだ?」
「恋する女の子を応援したいからですわ。わたくしの箱庭の花が、彼女の恋の一助になるのならば……むしろ本望です。もともと、ハニーサックルが盗まれた時も、黙っているつもりでした。白バラさえ盗まれなければ、わたくしはそれで良いのです」
「そうか」
ディルはそれで納得したのか、静かに立ち上がった。
そんな彼を、ローズマリーは観察するようにじっと見上げる。
「ディル様」
「なんだ」
「要件はそれだけだったのですか?」
淡い黄緑色をしたローズマリーの目が、見透かすみたいにディルを見ている。
ディルは、目の前の少女が愛らしいだけのお人形ではないのだと、今更ながらに理解した。
友人であるソレルが、コレをかわいいと言ってデレデレしているが、神経を疑いたくなる。
ローズマリーには逆らうなと、ディルの本能が警告していた。
「……いや、やはりこれも言っておこう。僕の見立てが正しければ、トゥルシー嬢には妖精魔法がかけられている。魅了か、服従か……もしくはそれに近いもの。それを解かない限り、彼女は花泥棒を諦めないだろう。このままだと僕は、満足に彼女を観察をすることもできない。だから僕は、彼女にかけられた魔法を解きたいと思っている」
「……」
「妖精王の茶会では、不可思議な現象が起こるのだとか。トゥルシー嬢が参加できれば、状態異常もあるいは、と思ったのだが。どうだろうか?」
「どう、とは?」
「妖精王の茶会の準備を任されているのは、あなたの専属庭師だろう?ローズマリー嬢」
駆け引きをするように、ローズマリーとディルの視線が交錯する。
先に逸らしたのはローズマリーだった。
彼女はディルから目を逸らすと、背後で待機していたペリーウィンクルへ視線を向ける。
「……ペリーウィンクル」
「はい、ローズマリーお嬢様」
「妖精王の茶会の手配は、可能かしら?」
おそらく可能だろう。
ヴィアベルからは再三、頼るようにと言われている。
視線を感じたペリーウィンクルがチラリとポットの後ろを見ると、妖精姿のヴィアベルが、ちっちゃな両手で大きな丸を描いていた。
承った、ということだろう。
ペリーウィンクルが彼にだけわかるように手を振ると、緑色の実のような頭を嬉しそうに揺らしていた。
「ええ、もちろんです」
「では、決まり次第連絡を」
「かしこまりました」
ディルは、自分で言い出したことではあったが、容易く妖精王の茶会を承るペリーウィンクルに、少しの興味を抱いた。
だが、ポットの影から刺すような視線を感じて、抱いたばかりの興味を引っ込める。
どうやら、ローズマリーの庭師はとんでもないお方に目をつけられているらしい。
幸か不幸かは当人にしかわからないが、難儀なことだけはわかる。
余計なことをしてとばっちりを食うのはごめんだと、ディルは早々に退散した。




