27 カモミールとローズヒップのお茶
ヴィアベルから聞いたうわさをローズマリーへ報告すると、彼女は「そう」と言っただけでさして驚きもしなかった。
ローズマリーはペリーウィンクルと違ってヒロインやトゥルシーと接する機会も多いから、おそらくもっと前から察していたのだろう。
黙っていないで共有してくれたら良いのに、とペリーウィンクルは思った。
だが、以前にローズマリーから言われた、
『あらあら。気付いていなかったの? ペリー、あなたって……ちょっと抜けているのねぇ』
というセリフを思い出して、口をつぐんだ。
(本当に、お嬢様にも困ったものだわ。私が万能だと思っているのだから!)
ペリーウィンクルは、ただのモブだ。入学前のプロローグでほんのちょっと喋れたらラッキーくらいの、モブ以下の存在かもしれない。
本来ならば、スルスに来ることも叶わない立場である。
なぜだか前世の記憶を持ち、この世界において少々楽できる庭師の資格を持っているが、モブなのである。
とはいえ、モブにも矜恃はある。
かわいいお嬢様に期待されたら、応えたいと思うのがペリーウィンクルなのだ。
(そもそも、どうしてヒロインとトゥルシーが手を組んでいるのかしら?)
ゲームでは、二人が仲良くなるルートなどなかった。
好感度が高ければヒロインエンドになり、好感度が低ければ悪役令嬢エンド。それしかないのである。
人間観察が趣味という一風変わった不思議ちゃんキャラであるディルのルートは、まず二人の少女をロックオンするところから始まる。
珍しい妖精と契約したヒロインと、読んだものは全て記憶するという珍しい能力を持つトゥルシー。
ディルは最初こそトゥルシーの方に興味を唆られているのだが、花を贈って好感度を上げると、ヒロインの方へより興味を惹かれていく。
最終的には、ディルの心変わりはヒロインのせいだと怒り狂ったトゥルシーが、ヒロインの箱庭の花々を切り刻む。
だが、唯一残った花をディルに贈ることで、二人の恋は成就し、トゥルシーは退学処分になる──というのがディルルートにおけるヒロインエンドである。
ちなみに、逆ハーレムルートは攻略キャラたちの好感度を満遍なく上げるだけで達成してしまうご褒美ルートなので、途中から悪役令嬢たちの存在がパタリと消える。
ただただイケメンたちにチヤホヤされ続ける、甘ったるい展開しか用意されていない。
だが、この好感度を満遍なく上げるというのがなかなか難しい。
課金なしには達成できないルートなので、無課金勢は涙で枕を濡らしているのだとか。
(ヒロインは逆ハーレムルートを狙っているのだろうけど……満遍なく好感度を上げられてないんだよ。シナモン様、ニゲラ様って順番に上げるだけ上げて放置したから、好感度だだ下がり。もしかして、満遍なくの意味がわかってないのかな? いや、そんなことってある?)
サポート担当であるひだまりの妖精は、仕事を放棄しているのだろうか。
しっかり仕事をしてくれないと困るんだけど、とペリーウィンクルは苦々しく息を吐いた。
ヴィアベルからうわさを聞いてから、すでに二カ月が経過している。
ローズマリーの箱庭にあるアルケミラ・モリスは、本日もフワフワの花を咲かせていた。
トゥルシーは一体、いつ来るつもりなのだろう。
シナモン曰く、ヒロインは花泥棒の第一容疑者として妖精たちが見張っているらしい。
となれば、今トゥルシーが花を盗めば、ヒロインの疑いが晴れる。
今が絶好のチャンスのはずなのに、トゥルシーはなぜ来ないのか。
毎日アルケミラ・モリスの無事を確認して「今日も来なかった」と一喜一憂するのは、そろそろマンネリである。
さてどうしたものかと頭を悩ませながら、ペリーウィンクルは間もなく帰宅するローズマリーのために、お茶を準備に取り掛かった。
乳鉢でローズヒップをつぶして、種と毛を取り除く。
鍋に水を入れて火をかけて、沸騰させたら火を止める。
あとは、細かくしたカモミールとローズヒップをそこへ入れて五分ほど抽出し、茶こしを使ってカップへ注げば完成だ。
カモミールとローズヒップのお茶は、ストレスによる肌荒れに効果がある。
カモミールの消炎作用と鎮静作用は肌のトラブルに有効で、ローズヒップは肌のケアに消費されるビタミンCが豊富なのだ。
吹き出物対策には、ダンディライオンのお茶も良い。
根を焙煎して淹れた茶は、コーヒーのような味でなかなか美味しい。
茶葉とお湯の用意を済ませてペリーウィンクルが壁の時計を見上げていると、扉が控えめにノックされた。
ローズマリーであれば、ノックもなしに入ってくるはずである。
「誰だろう?」
ペリーウィンクルは小首をかしげて、来客を迎えるために扉へ向かう。
セリかサントリナだったらローズマリーがいなくても部屋へ通して良いと言われているが、それ以外だったらお断りである。
扉の影になるように置かれた鏡で、メイドらしい微笑を浮かべていることを確認してから、ペリーウィンクルは扉を開いた。
ゆっくりと開いた扉の向こう、廊下に立っている男を見て、ペリーウィンクルから表情が抜け落ちる。
(やっぱり、お嬢様には引き寄せの法則とか、そういうのがあるのでは?)
それとも、これが予定調和というものなのだろうか。
(いや、ご都合主義?)
ペリーウィンクルが無表情でそんなことを考えていると、来訪者は手を差し出してきた。
「ん」
ペリーウィンクルのものよりも大きな手のひらの上に、信じられないくらい大きな宝石がでんとのっている。
(な、なに……?)
ペリーウィンクルは、ローズマリーの小さな手にも収まるようなサイズの宝石しか知らなかったから、目の前のそれが本当に宝石なのかどうかも怪しいと思った。
そして、差し出されている理由も思い当たらない。
引き攣った笑みを浮かべてペリーウィンクルが来訪者を見ると、彼はまた「ん」と言って宝石をさらに前へ突き出してきた。
ペリーウィンクルの視界いっぱいに、宝石が映る。
「……は?」
「賄賂だ。前払い」
「……」
どこの世界に、公衆の面前で賄賂を渡すやつがいるのだろう。
放課後になったばかりの今の時間、廊下に彼しかいなかったのは救いだろうか。
自問自答し、目の前にいる事実を改めて確認していると、扉をふさぐように立っていた男の影から、ローズマリーがひょこりと顔を覗かせた。
「あらあら。ディル様ではございませんか。わたくしの専属庭師に何を渡そうとしているのですか? 賄賂だなんて、穏やかではありませんわね」
「いたのか、ローズマリー嬢」
「ええ、おりましたわ」
「見なかったことに……」
「そういうわけにはまいりませんわ。さぁさぁ、こんな所で立ち話もなんですから、入ってくださいませ。ペリー、ディル様にもお茶の用意をお願いね」
ローズマリーはそう言うと、さっさとディルの背中を押して部屋に入ってしまった。
ペリーウィンクルは反射的に「かしこまりました」と答えたが、次の瞬間「んぇぇ⁉︎」と素っ頓狂な声を上げる。
だって、ダメだ。
ここは女子専用の寮で、婚約者であるソレルならまだしも、なんでもない男を招き入れて良いところではない。
「お、お嬢様⁉︎」
慌てて部屋へ取って返したペリーウィンクルに、ローズマリーはニッコリと愛らしい微笑みを浮かべて言い放った。
「さぁペリー、出番よ。ディル様の趣味を邪魔する不届き者をこらしめてやりなさい!」
正義の味方みたいなセリフだが、ローズマリーは悪役令嬢である。
(悪役令嬢がダメなら、攻略キャラですか……そうですか……さすがです、お嬢様)
手段を選ばないあたり、悪役っぽくて最高である。
ペリーウィンクルは遠い目をしながら、ディルへお茶を出すために湯を沸かし直した。




