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24 セントジョンズワートの軟膏

 サントリナとローズマリーの前でハーブ講座をひらいてから、ひと月がたとうとしていた。

 存外恥ずかしがり屋な一面があるらしいサントリナは、ハーブティーを差し入れることも、せっかく作ったセントジョンズワートの軟膏を使うことも、できないままである。

 業を煮やしたローズマリーが、


「ペリー! どうにかして、サントリナ様とニゲラ様を妖精王の茶会へ招待してもらえないかしら⁉︎」


 なんて言い出す始末だった。


(でも確かに、あの幻想的な場所で二人きりにでもなったら、それなりに進展しそうではあるよねぇ)


 ローズマリーが焦るのも、無理はない。

 だって、妖精たちのうわさによれば、ヒロインは既に次のターゲットへ目標を定めたらしいのだ。

 鈍いニゲラはまだ気付いていないようだが、もしも気付いてしまったら──考えるだけでも恐ろしい。


(おそらく、ニゲラ様は力づくでヒロインを奪いに行くはず。そうなれば、暴力沙汰は必至!)


 それだけは、阻止しなくてはならない。

 なにせ、次のターゲットは武力など皆無の秀才キャラなのだ。

 恋心を暴走させて力加減すら分からなくなったニゲラが、彼を殴ればどうなるか。

 トマトを踏み潰したような惨状にならないことを、祈るばかりである。


(そうなる前に、一刻も早くニゲラ様の目をサントリナ様へ向けなくては!)


 となれば、ペリーウィンクルができることはただ一つ。


(サントリナ様に、差し入れをしてもらうしかない!)


 好感度アップには贈り物。特に花!

 この世界において、常識である。


 妖精王の茶会は、できれば避けたいところだ。

 おそらく、ペリーウィンクルがヴィアベルに「妖精王の茶会にサントリナ様とニゲラ様を招待してほしいな」と言おうものなら、彼は二つ返事で用意してくれるだろう。対価を受け取ることなく「私とおまえの仲だろう?」と言って。


 だが、それではいけないのだ。

 いつまでたっても、おんぶに抱っこ。

 このままでは、ペリーウィンクルは一生独身の上、老後の介護はヴィアベルが、なんて展開になりかねない。


(そもそも、“私とおまえの仲”って何さ⁉︎)


 妖精は何かを対価にしないと願いを叶えない。

 それをペリーウィンクルに教えたのは、他でもないヴィアベル本人である。

 水やりの妖精にミルクを与えるように、妖精王の茶会を手配させたヴィアベルに与えたのはなんだったのか。


 身内割引にしては、過ぎた内容だ。

 やはり、何か対価がないと納得がいかない。


 もしや、知らないうちに何かを対価にしていたのだろうか。

 そう思っていろいろ考えてみても、思い当たる節はない。

 あえて挙げるとするならば、ペリーウィンクルが中央の国へ来てから、彼の態度にささやかな変化があったことくらいだろうか。


(最近のヴィアベルは、やけに大人っぽいというか……身内とは思えない空気を出してくるのよね)


 彼のテリトリーである中央の国だから、素を出しているだけなのかも。

 最初はそう思っていたのだが、違うような気がしてならない。


(まさか、ヴィアベルのことを怖いと思うなんて……)


 まるでペリーウィンクルを試すかのように折に触れて出してくる、思わずごまかし笑いをしてしまいたくなるような、甘ったるい空気。

 その空気に触れると、ペリーウィンクルの心臓は走ったあとのようにはやく脈打って、その場にヴィアベルと自分しかいないような錯覚を感じて、なんだか知らないけれど泣きたくなる。


 この空気の名前を、ペリーウィンクルは知らない。

 知らないから怖いのだと、彼女は結論づける。

 だから、名前をつけようと思った。


『怖いのは知らないからだ。名前をつけてしまえば、とりあえず知っているものになる』


 この方法を教えてくれたのは誰だったか。

 もう思い出せないけれど、両親を喪い、何事にも怯えるようになってしまったペリーウィンクルに、誰かが教えてくれた。


(どういう名前が良いかしら……?)


 考えているうちに、目的地である鍛錬場へ着いてしまったらしい。

 この鍛錬場は今、サントリナとニゲラが借りている時間だ。

 終了時間まで残りわずか。着替えの時間などを鑑みたら、ちょうど良い時間のはず。

 ペリーウィンクルは気持ちを切り替えるように深呼吸してから、物陰に隠れた。


 二人はちょうど、鍛錬を終えたところのようだ。

 それぞれベンチへ腰掛けて、汗を拭っている。

 サントリナを見れば、相変わらず勇気が出せないらしく、カバンを抱えて迷子のような顔でニゲラを見つめていた。


(ああ、もう)


 ()れったくて仕方がない。

 見た目は王子様なのに、中身はとんでもなく内気な女性らしい。


(いや。好きだからこそ、かな)


 好きな人には嫌われたくないものだ。

 ましてや、既に失恋しているなら尚のこと。


 ペリーウィンクルは気配を消してこっそりとサントリナへ近づいた。

 茂み越しに腕を伸ばして、小さな包みと赤いガーベラをベンチへ置き、小さな声でサントリナを呼ぶ。


「サントリナ様」


「その声は、ペリーウィンクルさんかい? 茂みに隠れたりして……かくれんぼでもしているのかな?」


「いえ、違いますよ。ローズマリーお嬢様から、お守りを預かってきました。友人関係から恋人に進展させたい、愛の告白をしたい時に持ち主を応援してくれる石が入っているそうです」


「ローズマリー様が……?」


「はやくニゲラ様とくっつけと、それはもう鬱陶し……いえ、熱心に応援されていまして。それから、僭越(せんえつ)ながら私からも贈り物を。そのガーベラは、私が精魂込めて育てた一本です。きっと、サントリナ様の気持ちに答えてくれるはずですよ」


「大事な花を……いいのかい?」


「庭師の私にできることは、それくらいですから」


 茂み越しにグッドラックと親指を立ててみせたら、サントリナはようやく覚悟を決めたようだった。

 息を吸って、吐いて。胸を押さえているのは、心臓が飛び出しそうだからだろう。


 なぜ恋をしたこともない自分が、サントリナの行動を理解できるのか。

 思い当たった理由に頰を赤らめて、ペリーウィンクルは考えを打ち消すように頭を振った。


(もう! なんでヴィアベルが出てくるのよ!)


 もしかしたら、おかしいのはヴィアベルではなくペリーウィンクルなのかもしれない。


(ヴィアベル相手に赤面するなんて……ないわ)


 茂みに隠れながら一人悶絶していると、サントリナが立ち上がった。

 ローズマリーからのお守りと、ペリーウィンクルからのガーベラ、そしてお手製の軟膏を持った彼女は、勇ましい戦女神のような顔をしてニゲラの所へ歩いて行く。


「にっニゲラ!」


「うおっ⁉︎ なんだ、いきなり。何か用か」


 茂みから、二人の様子は見えない。

 聞こえてくる会話に耳を済ませ、ペリーウィンクルはその時を待った。


「先ほどの鍛錬で、ボクの剣が腕を掠めただろう? 軟膏を塗ってやるから、出せ!」


 かわいげのない言葉だ。

 恥ずかしいのはわかるが、ニゲラに女性らしさをアピールできるものではない。


「はぁ? んなの、舐めとけば治る……」


 案の定、ニゲラは男友達へ接するように答えた。


「ボクが、作ったの……!」


「サントリナが、軟膏を? 意外だな」


「そうかな? ボクだって女だもの。おかしいことじゃないでしょう?」


「そ、そうか。そう、だよな。俺の婚約者なんだから、女、なんだよな」


 目から鱗が落ちた。

 もしくは、呪いが解けた。


 ニゲラの反応は、そんな表現がふさわしいものだった。

 サントリナ、と。彼女の名を呼ぶ声に、あたたかな色が混じり始める。


 ペリーウィンクルはうまく行ったことにホッと胸を撫で下ろしながら、その場を離れた。

 鍛錬場の入り口に『只今整備中』の看板をかけるのも忘れない。


(ローズマリーお嬢様! そして、ヴィアベル! 私はやりましたよぉぉぉぉ!)


 嬉しそうにスキップするペリーウィンクルの背後でキラリと光るものがあったが、ローズマリーに報告することで頭がいっぱいの彼女が気付くことはなかった。


読んでくださり、ありがとうございます。


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