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23 庭師モブ子のハーブ講座

 ローズマリーは、出て行って二十分もしないうちに戻って来た。

 道具をそろえ、念の為にとエプロンを出していたペリーウィンクルは、慌てて出迎えに走る。


 どうやら、サントリナもローズマリーのもとへ来ようとしていたようだ。

 思いがけず途中で行き合った二人は、そのまま並んでローズマリーの部屋へやって来たらしい。


「おかえりなさいませ、ローズマリーお嬢様」


「ただいま、ペリー。思ったより早く戻って来たけれど、準備はできたかしら?」


「ええ、もちろんです」


「やぁ、こんにちは、ペリーウィンクルさん。今日は何か試したいことがあると聞いて来たのだけれど。何をするのかな?」


「サントリナ様、いらっしゃいませ。本日は、ニゲラ様奪還作戦の一環といたしまして、差し入れをしてみてはどうかというご提案なのです」


「差し入れか」


「ええ。いくつか考えましたので、ご検討頂ければと」


「そうか、わかった。わざわざすまないね。じゃあ、お願いするよ」


「かしこまりました」


 用意していたエプロンを渡しつつ、二人をテーブルへ案内する。

 テーブルの上の物は、ローズマリーが出て行ってからさらに増えていた。

 ハーブや茶器、それから軟膏を作るためのビーカーや鍋、ヘラや容器が並ぶ。


 珍しそうにそれらを眺める二人の前へ立ったペリーウィンクルは、「では、始めましょうか」とエプロンの紐をキュッと締めた。

 生徒よろしく「はーい」と返事をしてエプロンをつけた二人の前に、ペリーウィンクルはハイビスカスとローズヒップの瓶を並べて見せる。


「こちらはハイビスカスとローズヒップです。ハイビスカスには、食べたものをエネルギーとして利用する力を活性化させる効果があり、ローズヒップには運動で失われたビタミンを補う効果があります。二つを合わせてお茶にすることで、運動中にはもってこいのドリンクになるのです」


 ペリーウィンクルは慣れた手つきで瓶からハーブを取り出すと、ポットへ入れた。

 湯を注ぐと鮮やかな赤紫色が広がり、ふわりと酸味のある香りが漂う。


「ハイビスカスとローズヒップというと、女性が好みそうな印象があるが……運動にも効果があるとは驚いたな」


 ポットの中をのぞきながら、サントリナは意外そうに言った。

 確かに、女性が好む作用は多い。ハイビスカスには脂肪の分解やシミ予防の効果があるし、ローズヒップには便秘解消の効果があるのだ。


「そう意外なことでもありませんよ。女性はダイエットをしたがるでしょう?」


「ああ、なるほど」


 ペリーウィンクルの言葉に、サントリナが苦笑いを浮かべた。

 見た目は美青年であっても、彼女は女性である。

 常日頃から鍛錬を欠かさないので体形維持など考えたこともないが、常に女性が周囲にいたのでわからないでもなかった。


「とはいえ、飲み過ぎれば下痢や吐き気、頭痛などを引き起こす場合がありますから、何事もほどほどにってところですね。次は……この、マテ。こちらには、集中力アップの効果が見込めます」


「マテか。たしか、夏の国ではよく飲まれているお茶なのだとか」


「ええ、そうです。夏の国では“飲むサラダ”と言われて、親しまれていますね」


「なるほど。ハイビスカスとローズヒップのお茶と、マテ茶。その二つでニゲラの筋肉トレーニングを応援しようというわけだね?」


「はい、その通りです」


「だが、残りのこれは? セントジョンズワートと、エキナセアと書いてあるが……」


「これらは、傷の治療に使います。ニゲラ様は剣の鍛錬もされますよね? 機会はあまりないかもしれませんが、もしもけがをした時は……セントジョンズワートの軟膏を塗るのです!」


 テテーンと満を持して取り出したのは、ナッツ油にセントジョンズワートを漬け込んだ浸出油である。

 ペリーウィンクルは、ビーカーの中に浸出油とミツロウを入れると、鍋に湯を入れてビーカーを浸した。

 ヘラでかき混ぜながらミツロウを溶かし、ビーカーを鍋から引き上げてさらにかき混ぜる。

 完全に固まる前に容器へ入れたら、セントジョンズワートの軟膏の完成だ。


 手際良く作業をするペリーウィンクルに、ローズマリーとサントリナは拍手喝采である。


「すごいね、ペリーウィンクルさん。この浸出油というのは、どれくらい漬け込んでおけば作れるものなのだろうか?」


「そうですね、二週間くらいがベストです」


「結構かかるものなのだね」


「でも、一度作れば三カ月ほどは保存できますから。便利ですよ?」


「ニゲラは武芸に秀でているが、守ることが苦手でね。攻撃が最大の防御だと言って聞かないんだ。ボクとの鍛錬ではいつも、切り傷の一つ二つついてしまう。だから、この軟膏があると、とても助かるよ」


 そう言って微笑むサントリナは、思わずペリーウィンクルとローズマリーが言葉を忘れてしまったくらい、聖母のような神々しさがあった。

 ペリーウィンクルなんて、無意識に手を合わせて拝んでしまったほどである。


「二人とも、おかしな顔をしてどうしたんだい?」


「サントリナ様は本当に、ニゲラ様がお好きなのだなぁと思っただけですわ。ねぇ、ペリー?」


「ええ、そうですとも。ここはぜひ、軟膏の作り方を覚えて帰っていただいて、浸出油から手作りすると尚良いかと思います!」


「そ、そうかな?」


「「そうですとも!」」


 息ぴったりに言い切る二人に、サントリナは一瞬キョトンと目を(しばた)かせて、それから弾けたようにカラカラと笑った。


「そうそう、忘れるところでした。軟膏を塗ったあとは、エキナセアとローズヒップのお茶がおすすめです。エキナセアには感染症の予防と治癒作用がありますから」


「そうなのか。ローズヒップはいろいろ使えるのだね。今度、ボクの箱庭に植えてみようかな」


「でしたら、ロサ・カニーナを植えてみてください。一重に咲いたピンクがかった花は、とてもかわいらしいですよ」


「ピンクか……ボクの箱庭に似合うだろうか」


 それはまるで、彼女自身がピンク色は似合わないと諦めているようで、ペリーウィンクルは寂しく思った。

 どう言えば、彼女は諦めないでくれるのだろう。

 ペリーウィンクルが何も言えずにただ立ったままになっていると、ローズマリーはさっとサントリナの手を握った。


「似合いますわ! ねぇ、サントリナ様。わたくし思っていたのですけれど、本当はかわいいものがお好きなのではありませんか?」


「えっと……」


「見た目が王子様みたいだからと言って、王子様になる必要はございませんわ! サントリナ様は中性的なだけで、男性的ではありませんもの。ドレスもお化粧も、もちろんピンク色だって、似合わないはずがないのです。お一人が心細いなら、わたくしたちがお手伝いいたしますわ。だから、ね? 女の子を楽しみましょう?」


「あ……」


 その時、コロリと。サントリナの目から、雫が落ちた。

 瞬きをするたびに、それは何個も落ちてくる。


 ころり、ころり。

 まるで真珠のようなそれに、ペリーウィンクルは目を離せなくなる。


「ずっと我慢していらしたの? もう、大丈夫ですわ。わたくしたちが全力で、サントリナ様をかわいらしくしてみせますから」


 背伸びをしながら、ローズマリーがよしよしとサントリナの頭を撫でる。

 こくんこくんと頷きながら涙を零すサントリナは、か弱い女の子にしか見えなかった。


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