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22 カモミールのお茶

 結局、犯人は見つからないまま、花泥棒事件は迷宮入りである。


 リコリスの箱庭に、状態は悪いもののハニーサックルがあったこと。

 そして、サントリナが見たハニーサックルが、リコリスの箱庭にあったものなのか、それとも盗んだものなのか定かでない以上、疑わしきは罰せずという結論に至った。


 ローズマリーの箱庭からハニーサックルが盗まれたことについては、学校側に報告したので何とか取り計らってくれるだろう。

 セリが言うには、シナモンは今度こそ名誉挽回とばかりに、


『セリの大切な友人の箱庭を荒らす不届き者を、野放しにはしない!』


 と奮起しているらしい。

 今度こそ、しっかり調査してもらいたいものである。


 それよりも今は、サントリナの恋をどうやって応援するかを考えたいと、ペリーウィンクルは思っている。


 午後のお茶にと選んだカモミールティーを淹れつつ、ペリーウィンクルは悩ましげに息を吐いた。

 そんな彼女のそばでは、ローズマリーが頰に手を添えながら残念そうに、


「ああ、なんてつまらないのかしら。わたくし、探偵の衣装を着て“犯人はあなたね”ってやってみたかったのですわ」


 と言っていた。


(ここは乙女ゲームの世界であって、推理小説の世界ではないのですよ、お嬢様)


 ペリーウィンクルは言いかけたが、思うだけに留めて言葉を飲み込んだ。


 探偵の格好をしたローズマリーは、さぞかわいいだろう。

 鹿撃ち帽にインバネスコートを合わせた彼女に「犯人はあなたね」と指差されたら、たとえ冤罪(えんざい)でも「はいそうです、私が犯人です」と言ってしまいそうだ。


庭師(ガーデナー)ではなくお針子だったのなら、今すぐ衣装を作れたのに)


 ペリーウィンクルは、少しだけ後悔した。

 とはいえ、彼女が本当にお針子だったら、ローズマリーの専属庭師にはなれなかっただろう。だから、これで良かったのだ。と、ペリーウィンクルは思い直す。


「つまらないなんて言っては駄目よね。これで良かったと思わないといけないわ。ねぇ、ペリー。だって、リコリス様が花泥棒だった場合、彼女は退学処分になってしまうもの。そうなれば、わたくしの婚約破棄の夢が泡と消えますわ。それを回避できただけでも、上々としましょう」


 ローズマリーの言葉に、ペリーウィンクルは何か引っかかるような気がした。

 だが、考え事をしていた彼女は、その違和感を深く考えることなく聞き流す。


(ニゲラ様がヒロインになびくのは、サントリナ様と違って彼女が女性らしかったから。つまり、サントリナ様の女性らしい一面を見せたら、案外コロッといくのでは?)


 そもそも、ニゲラとサントリナは仲が悪いわけではない。

 時間さえあれば剣の稽古に乗馬にと、友人らしい交流はあったのだ。

 リコリスが、しゃしゃり出てくるまでは。


「ふむ」


「あら、ペリー。何か名案でも?」


「そうですね……私は庭師ですから。庭師は庭師らしく、ハーブを使ってサントリナ様の恋を応援できないかな、と思いまして」


「惚れ薬とか?」


「それ、本気で言っています?」


「まさか。冗談よ」


 ひょいと肩を竦めてクスクス笑うローズマリーに、カモミールティーを差し出す。

 ローズマリーはそれを洗練されたしぐさで持ち、立ち上るリンゴのような香りに頰を緩めた。


「わたくしがダイエットした時のような……そうね、ニゲラ様なら、トレーニングに効果があるハーブティーを差し入れるというのはどうかしら? ペリー、そういうのはないの?」


「そうですねぇ……」


 ローズマリーの質問に、ペリーウィンクルはしばし考える。

 それから何かを思いついたようにポンと手を打って、スタスタとハーブを保存している棚へ向かい、いくつかの瓶を持って戻ってきた。

 瓶は丁寧にラベリングされていて、目の前に並べられたそれらをローズマリーが読み上げる。


「ハイビスカス、ローズヒップ、マテ。セントジョンズワートに、エキナセア? これを全部ブレンドしたら、どんな効果が出るのかしら?」


「ハイビスカスとローズヒップのお茶には代謝を良くする効果がありますし、マテ茶はカフェインが多く含まれるので集中力アップが期待できます。ニゲラ様は剣術の練習もするそうなので、切り傷にセントジョンズワートの軟膏、さらに治癒力を高めるエキナセアとローズヒップのお茶が──」


 ツラツラと話すペリーウィンクルに、ローズマリーは珍しくポカンと呆けた顔をする。

 これは止めるまで延々と説明しそうだと思った彼女は、慌ててペリーウィンクルを止めた。


「待って。待ちなさい、ペリー。言いたいことはなんとなく分かるけれど、そう一気に言われてもわからないわ。順番に、ゆっくり教えてちょうだい」


「あ、すみません……」


「仕事熱心なのは良いことよ。そうだ! どうせなら、サントリナ様も呼んで実演してみてはどうかしら?」


「ああ、それは良いですね!」


 思い立ったら吉日とばかりに、ローズマリーが席を立つ。

 サントリナを迎えに行くローズマリーを見送った後、ペリーウィンクルはお茶の用意と軟膏を作るための道具をそろえる仕事に取り掛かった。


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