21 黄色いウサギの夢
【注意】
作中に出てくるウサギには肉球があります。
一般的にはないとされていますが、ある種類もいるそうです。
そもそもウサギでもないのですが、あたたかい目で読んでいただけると幸いです。
その晩のことである。
ペリーウィンクルは、夢を見た。
黄色いうさぎがペリーウィンクルを訪ねてくる、おかしな夢だ。
──コン、コココンッ。
独特なノックの音に目を覚ましたペリーウィンクルは、ローズマリーが訪ねてきたのだと思って確認もせずにドアを開けた。
「お嬢様、何かありましたか──ってあれ? ウサギ?」
ウサギは、蜂蜜色のくりくりとした目でペリーウィンクルを見上げていた。
かわいらしいウサギだ。黄色の体毛に、胡桃色のチョッキを合わせている。
「夜分遅くに申し訳ございません。見ての通り、わたしはウサギでございます」
しかも、ウサギなのに言葉を話すらしい。
ペリーウィンクルは「お伽話みたいだなぁ」とぼんやり思った。
(ウサギの恩返し? ウサギなんて助けたっけ?)
箱庭でネコに襲われそうになっていたモグラを助けたことはあったけど、とペリーウィンクルが寝ぼけた頭で考えていると、ウサギはモフモフの前脚をそろえて、お祈りをするようなしぐさをしてきた。
「ペリーウィンクル様に、お願いがあるのです」
黄色のウサギが、モフモフのおててを合わせてお願いとは。
かわいいもの好きなペリーウィンクルからしてみれば、垂涎ものである。
「おねがい?」
ウサギの愛らしさにニヘラとしまりのない顔で見下ろしてくるペリーウィンクルに、ウサギは「そうです、そうです、そうなのです!」と力強く頷く。
頷くたびに長い耳がゆらゆらと揺れて、ペリーウィンクルは触りたくて仕方がない。
思わず伸ばしかけた手を、ウサギがガシリと掴んだ。
「どうか、あの特別な栄養剤を分けていただけないでしょうか!」
モフモフのおててが、ペリーウィンクルの手を握っている。
(も、もふぅぅぅ!)
ふわふわの毛とぷにぷにの肉球のマリアージュである。
たまらず、ペリーウィンクルは言葉を失った。
このままでは鼻血を出してしまいそうで、耐えるために顔を背ける。
「……特別な栄養剤って、なんでしょう?」
「昼間に箱庭で使っていらっしゃったではありませんか。あれがあれば、わたしの大事な花を悲しませずに済むのです。ですからどうか、どうか分けていただけませんか?」
「ああ、昼間の……」
「ええ、そうです。思い出して頂けて良かった!」
キャッキャとはしゃぐウサギはかわいい。
かわいい、が。
ちょっとだけ冷静になったペリーウィンクルは思う。
(なぁんか……スヴェートに似てない?)
スヴェートは、コイバナにおけるサポート役の妖精だ。
つまり、ヒロインが契約したひだまりの妖精。
黄色の果実にウサギ耳が生えたような頭をしていて、まさにペリーウィンクルの目の前にいるウサギをデフォルメしたような姿なのである。
「……」
黙って観察しているペリーウィンクルに、はしゃいでいたウサギがはたと我に返る。
それからおててをふっくらとした頰に当てながら、「このようにはしゃいでお恥ずかしい……」と長い耳を垂れさせた。
(ぐぬぅぅ! かわいすぎやしませんか! ねぇ⁉︎)
誰に聞かせるでもなく、ペリーウィンクルは胸中で叫んだ。
「それで……あの……その特別な栄養剤は譲ってもらえるのでしょうか?」
おずおずと問いかけてくるウサギに、ペリーウィンクルの興奮も少し落ち着ついたようだ。
どこか探るような目で見てくるペリーウィンクルに、ウサギは息をひそめて答えを待つ。
(このウサギがヒロインと契約した妖精なら。わたしの大事な花っていうのは、ヒロインのことか、ヒロインの箱庭の花ってことよね、たぶん。うーん……駄目元で言ってみようか? 言うだけなら、タダだし)
かわいいウサギを騙すようで忍びない。
だけど、もしもこのウサギがスヴェートならば、絶好の機会だ。
ペリーウィンクルはウサギの視線に目を合わせるようにしゃがみ込むと、ヒクヒクしている鼻を見つめながら言った。
「ねぇ、ウサギさん」
「はいっ! なんでしょうか、ペリーウィンクル様!」
「栄養剤を譲ったら、あなたは代わりに何かくれるの? 譲るのは構わないけれど、見ず知らずのウサギさんに優しくする謂れはないから、対価がほしいわ」
まるで悪徳商人のようだ。
我ながらひどいことを言っていると思いながらペリーウィンクルが待っていると、ウサギはプルプル震えながら「もちろんですっ」と答えた。
「対価に何をご用意すればよろしいですか?」
「なんでもいいの?」
「わたしに叶えられることならば、なんなりと!」
まるでランプの魔人のようなことを言う。
こんなことを迂闊に言うから、妖精を魔法の道具のように思う人間が後を絶たないのではないだろうか。
(スヴェートのおばかさん)
それが、かわいくもあるのだが。
ペリーウィンクルにとっては好都合である。
「じゃあさ──」
ペリーウィンクルの提示した対価。
それを聞いたウサギは、なんの躊躇いもなく、
「承りました。必ずや、導きましょう。前払いになってしまいますが、物置に置いてある栄養剤を全て頂いてもよろしいでしょうか?」
と言った。
ペリーウィンクルが「それでいいよ」と言うと、ウサギは前脚を合わせて祈るように彼女へ感謝を述べる。
律義なウサギだ。ペリーウィンクルに利用されたとも知らないで。
去りながら何度も振り返っては礼を言うものだから、ペリーウィンクルの方が罪悪感でいっぱいになりそうである。
翌朝目覚めたペリーウィンクルは、もちろん夢のことなんて何も覚えていなかった。
物置にあった栄養剤が全て無くなっているのを見ても、「ヴィアベルが使ったのかなぁ」と呟くだけだった。




