20 ヒロインの箱庭
おおせのままに──なんてかしこまって言ってみたが、結果はお粗末なものだった。
肩透かし。
まさに、それである。
ヴィアベルがリコリスを見張っている間に、ペリーウィンクルが彼女の箱庭を見たところ、ローズマリーの箱庭にあったものと同種のハニーサックルが咲いていたのだ。
リコリスの箱庭を一目見たペリーウィンクルは、
「うわっ。逆ハーレムルート狙い撃ちじゃん」
と、呆れてしまうような光景だった。
秘密任務中だというのに、思わず大声を出してしまうほどである。
「いや、でも……いくらなんでも、ひどすぎやしない?」
リコリスの箱庭には、攻略キャラクターたちがそれぞれ好む花だけが植えられている。
どれもこれも、ペリーウィンクルが丹精込めて世話をしたものより、はるかに品質が劣るものばかり。
(こんなものを贈ったら、悪役令嬢の好感度が上がりそうだけど……)
それなのにどうして、ニゲラやシナモンは彼女の手に落ちたのか。
(いや、こうだったからシナモン様はセリ様のものになったのかな?)
だとすれば、雨降って地固まるといった風に、ニゲラとサントリナもどうにかなるのではないか。
心底、不思議である。
だがしかし、それ以上にペリーウィンクルには気になることがあった。
目の前の花たちだ。
リコリスの箱庭にある花は、いつ枯れてもおかしくない状態だった。
満足に水やりもされていない。
雑草もポツポツと生えているし、明らかに手を抜かれている。
「毎日の水やりは、義務でしょうに」
逆ハーレムだかなんだか知らないが、男を追いかけるより前に、箱庭を整えるべきだ。
本来、スルスは男を籠絡する場ではなく、学びの場なのだから。
「男を追いかけるので忙しいなら、対価を払って妖精たちに頼めば良いのに」
スルスには、対価を払えば水やりや草取りをしてくれる妖精がいる。
お金だったりお菓子だったりミルクだったりと対価はさまざまだが、ケチらなければ十分働いてくれるのだ。
「それさえもしないなんて……ヒロインはやる気あるの?」
恋愛にしか興味がないのだろうか。
確かにこの世界は乙女ゲームの世界だが、そればっかりで大丈夫なのかと心配になってくる。
もちろん、リコリスのことを心配しているわけではない。
春の国の未来の王妃が、恋愛至上主義のポンコツだったらどうしようという心配だ。
「やめてよね。愛憎渦巻く王宮とか、考えたくもないわ」
不意に、某王妃が言ったとか言わなかったとか言われているセリフにそっくりな、出会う前のローズマリーが言った、
『クッキーがなければケーキを食べれば良いわ! さぁ早く、持ってきなさい!』
というセリフが蘇ったが、ペリーウィンクルはそっとなかったことにした。
文句を言いつつ踵を返したペリーウィンクルは、借りている物置から自作の栄養剤を取って戻ってくる。
敵に塩を送るようで癪だが、目の前で枯れそうになっている花々を放っておくことができなかった。
そもそも、リコリスは敵ではない。
うまく利用してソレルエンドへ持ち込むためだと自身に言い聞かせ、ペリーウィンクルは液状の栄養剤を花にかけて回る。
ペリーウィンクルお手製のこの栄養剤は、ヴィアベルと共同開発した特別なものだ。
市場には一切出回っておらず、作り方もヴィアベルとペリーウィンクルしか知らない。
精神疲労と肉体疲労に効くマテと、滋養強壮にはもってこいのダンディライオンを主に、いくつかのハーブを配合したそれは、もとは人間のための強壮にと作っていたものだ。
手違いで枯れかけの花も蘇らせる素晴らしい栄養剤になったわけだが、庭師であるペリーウィンクルにとっては、ホクホクな結果となった──という経緯がある。
栄養剤をかけてやると、花たちはほんの少し元気になったようだった。
クタっとしていた茎が少しだけ張りを取り戻すのを見て、ペリーウィンクルは自分のことのように「よかったぁ」と喜ぶ。
だけど、彼女にできたのはここまで。
一度にたくさんかけると花の負担になってしまうので、これ以上なんとかしてあげることはできなかった。
庭師としてやるせなく、ペリーウィンクルは悔やむことしかできない。
「ヒロインはどうして、箱庭を大事にしないんだろう」
シナリオパートよりも箱庭パートに力を入れていたペリーウィンクルだからこそ、リコリスの箱庭は許し難いものだった。
同時に、前世で同じような箱庭を見た時を思い出して、嫌悪感を覚える。
何を隠そう、前世のペリーウィンクルは逆ハーレム反対派だった。
重課金勢だったペリーウィンクルは、逆ハーレムルートをクリアできる条件を満たしていた。
それをしなかったのは、一対一で愛し愛される関係に憧れていたからだ。
転生して、新しい人生を送っていても、それは変わらない。
たった一人だけを愛し抜く。
それがペリーウィンクルが求める恋であり、愛である。
逆ハーレムルートでは、それは決して完成しない。
好む人がいるということは理解しているが、したいとも思わなかった。
前世の記憶から芋づる式でアンチ逆ハーレムの気持ちを思い出したペリーウィンクルは、湧き上がるリコリスへの嫌悪感に顔を歪める。
ごちゃ混ぜの箱庭は、とても居心地が悪い。
ペリーウィンクルは置いていくことしかできない花たちへ「ごめんね」とつぶやいて、箱庭を後にした。