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19 バラジャムの紅茶

 アッサムの紅茶にバラのジャムを添えて。

 紅茶にジャムを入れて飲むのは、冬の国では定番だ。


 ティースプーン一杯のバラジャムをティーカップに入れ、そこへアッサムティーを注ぐ。

 スプーンでかき混ぜると、バラの香りと紅茶の香り、ジャムの甘みと酸味、紅茶のコクがバランス良く溶け合う。

 バラの花びらがゆらゆらと漂う、優しい香りのするこのお茶は、令嬢たちの茶会にこそふさわしい。


(ああ、良い匂い)


 室内を満たす優雅な香りに、ペリーウィンクルは頰を緩ませた。

 ローズマリーにサントリナ、そしてセリの三人がカップに口をつけたのを見届けてから、ご相伴に預かる。

 鼻に抜けるバラの香りにうっとりと吐息を漏らしていると、何か言いたげにうずうずしているローズマリーと目が合った。


 どうせ、「さぁペリー、出番よ。サントリナ様を泣かせる不届き者を、こらしめてやりなさい!」とか言うつもりなのだろう。セリの時のように。

 そう思ったからこそ、ペリーウィンクルは先手必勝とばかりに、「ところでお嬢様」と話しかけた。


「何かしら?」


 わくわく! と顔に書いてあるようだ。

 好奇心のかたまりのような顔をして、「さぁ早く、例の話題を振って」とローズマリーはペリーウィンクルを見つめてくる。


 ローズマリーには悪いが、ペリーウィンクルの言いたいことは、サントリナのことではない。

 巡り巡ってサントリナと関係しているかもしれないが、現段階では無関係である。

 確かめるようにセリを見ると、先を促すようにコクンと頷いた。


「箱庭のハニーサックルですが……さすがにもう、見逃すことはできません」


 言われた内容が求めているものではなかったせいか、ローズマリーはがっくりと肩を落とした。


「そんなに?」


 小首をかしげるローズマリーは、べらぼうにかわいらしい。

 思わず胸を押さえたペリーウィンクルの代わりに答えたのは、セリだった。


「ええ。ウッドフェンスの一角が、すっかり見えるほどなのです。あれはもう、見逃せるものではありません。だから私、いてもたってもいられなくなって。お仕事中のペリーウィンクルさんを連れて、こうして参りましたの」


「そうでしたか……ハニーサックルはソレル様へ贈るものではないから、構わないと思ったのだけれど。箱庭の景観を損ねるほど盗られてしまうのは、問題ですわね」


「花を盗むことは、校則でも禁止されています。たとえソレル様への贈り物でないとしても、報告しなくてはいけませんわ」


 いつもならばやんわりと言ってくるセリだが、校則違反ともなれば違うようだ。

 彼女にしてはやや強い物言いに、ローズマリーは驚いたようにほんの少し目を見開いて、それから満足そうに微笑んだ。


 おおかた、ペリーウィンクルと同じで、セリの成長を目の当たりにして喜んでいるのだろう。

 ペリーウィンクルは、そんなローズマリーに同意するように、頷いた。


「そうですわね。ごめんなさい、セリ様。わたくし、大ごとにしたくなかったものだから……これ以上は見過ごせませんし、学校へ報告することにします」


「ええ、そうしてください」


 セリははんなりと微笑んで頷いた。

 彼女にとって、ローズマリーは初めての女友達である。

 短い付き合いながらも、彼女が頑固であることはよくわかっていた。


 もしかしたら、ローズマリーはこの件を秘するのではないか。

 そう思っていたからこそ、素直に話を聞き入れてくれた彼女に、セリは安心したのだった。


「それで、ペリー。あなた、花泥棒に心当たりはありますの?」


 ローズマリーの箱庭は、彼女自身よりも専属庭師であるペリーウィンクルの方がくわしい。

 そう思ったからこその質問だったのだが、問われたペリーウィンクルは、どう答えるべきかと考えあぐねているようだった。


 ローズマリーに言いたくないことがあるのか、それともセリやサントリナに聞かせたくないことなのか。

 わりとなんでもあけすけに物を言う彼女がこんな風になることは珍しく、何があったのかしらとローズマリーは興味津々である。


 まさか花泥棒に恋をしたのでは、とローズマリーが年頃の女の子らしい発想に至ったところで、ペリーウィンクルは言いづらそうに「その……」と口を開いた。


「私が直接現場を見たわけではないので定かではありませんが……妖精たちのうわさによれば、最近、ニゲラ様から甘い香りがするのだとか。その香りのせいでニゲラ様と契約している妖精が、ほとほと困っていると聞きました」


 ペリーウィンクルの話を聞いて、ローズマリーとセリは「あらまぁ」と感嘆の声を漏らした。

 どうして彼女たちがそんな声を出したのかわからず、ペリーウィンクルはきょとんとした顔をしてから、困ったように視線を泳がせる。


(ここは‘’あらまぁ”じゃなくて‘’まさか、そんな”とかじゃない? なんで二人は感心したように私を見ているんだろう?)


 ペリーウィンクルは知らない。

 彼女は幼い頃からヴィアベルの庇護下にあったので当たり前になっているが、妖精のうわさ話を聞ける庭師は、ごくわずかしか存在しないのだ。


 妖精のうわさ話を聞けるということは、それだけ妖精たちに信頼されているということ。

 すなわち、難関と言われている庭師の資格を持つ者の中でも、さらにエリートだということである。


 ローズマリーとセリは、その稀な庭師がペリーウィンクルだったことに驚いたのだ。

 どこにでもいそうな平々凡々とした少女。ただのモブだと思ったが、とんだチートである。

 妖精王の茶会の準備を任されたのも、そういう背景があったからに違いない。


 素知らぬ顔で紅茶のカップに口をつけながら、ローズマリーは思う。

 ペリーウィンクルはただのモブなのだろうか、と。


 思案するローズマリーに、憧れの存在を見たような顔をしているセリ、そして困惑するペリーウィンクル。

 そんな彼女たちを前にして、それまで沈黙を貫いていたサントリナが、ようやく口を開いた。


「ペリーウィンクルさん。無知で申し訳ないのだが、ハニーサックルというのは、何色の花なんだい?」


 サントリナの質問は、ペリーウィンクルにとって助け舟にも思えた。

 セリのキラキラした視線に、訳もわからず引き気味になりながら、ペリーウィンクルは答える。


「橙色をした花です。長さは五センチくらいで、細長い筒状。輪を描くように花が咲きます。とても強いフローラルな香りが特徴ですね。葉は、卵形をしています」


「橙色……ニゲラが好む色だな。それに、細長い筒状の花に、卵形の葉……間違いない。ボクは、リコリス嬢がその花をニゲラに贈っているのを見たことがある」


 慎重に、一つ一つ言葉を噛みしめるように、サントリナは言った。

 そうでなければ良い。そんな気持ちなのだろう。

 人の良いことだ。婚約者が奪われそうだというのに。


「まぁ! では、リコリス様が花泥棒なのですか⁉︎」


「いや、それはまだわからない。もしかしたら、リコリス嬢が自分の箱庭で育てているものかもしれないからね」


「そうですわね。ハニーサックルはそう珍しい花ではありません」


 紅茶のおかわりを準備するていで、ペリーウィンクルは話し合う三人からそっと離れた。

 ワゴンに乗せたティーポットの影で、隠密活動をしている過保護な妖精を見つける。

 ペリーウィンクルがまるまるとしたおなかを指でつつくと、妖精は多肉植物のようなぷっくりとした手で抗議するようにペチペチしてきた。


「ねぇ、ヴィアベル。リコリス様がどこにいるか、探してきてくれない?」


 妖精は、くりくりとしたまん丸の目でペリーウィンクルを見つめ、それから溶けるようにシュワリと消えた。


(サントリナ様はそうでなければ良いと思ってる。でも、そう思うということは、ヒロインがやったと思っているという証のような気もする……)


 ペリーウィンクルは考える。


 シナモンを攻略したと確信したヒロインは、彼がすっかり自分に夢中なのを良いことに、放置した。

 そんな彼女が次にしたことは、次のターゲット──ニゲラの攻略である。


(おそらくヒロインは、逆ハーレムルートを狙ってる)


 そしてどうやらヒロインは、待てができないらしい。

 この短期間で二人目を攻略しようとしているあたり、彼女はせっかちさんのようだ。


(放置されたシナモン様が恋人に捨てられたと思い悩んだ挙句、幼なじみで初恋の相手でもあるセリ様と恋人同士になったことを、ヒロインは知らないのかしら……?)


 知っていたら、なんとかしようと躍起になりそうなものである。

 セリを見ている限り、邪魔だてはなさそうだが。


「では、確かめないといけませんわね」


 話がひと段落したらしい。


「ペリー」


 ローズマリーの声に、「はい、お嬢様」とペリーウィンクルは答える。


「やってくれるわね?」


 有無を言わさぬ堂々たる姿。

 女王のような風格を醸すローズマリーに、ペリーウィンクルはかしこまって「おおせのままに」と頭を下げた。


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― 新着の感想 ―
[一言] 花泥棒に見当がつきましたね。過保護妖精はシナモンの父の例があるから狙ってますね。
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