17 男装担当プリンス系悪役令嬢
(……ローズマリーお嬢様は、タイミングを図る才能でもお持ちなのかな)
セリに連れられて帰宅したペリーウィンクルは、目に入った光景にそう思わざるを得なかった。
「遅かったわね、ペリー」
にこやかに笑顔で出迎えてくれたローズマリーは、部屋にあるソファへ腰掛けていた。
テーブルを挟んだ向かい、一人掛けのソファへ腰掛けるのは、見覚えのある人物。もちろん、今世ではなく、前世でだ。
その人物は、顔を手で覆い隠しながら、膝に突っ伏していた。
(また? またなんですか、お嬢様⁉︎)
まるでセリの時と同じではないか。
泣いている悪役令嬢を拾うのは、ローズマリーの趣味なんじゃないかとさえ思う。
(悪趣味ですよ、お嬢様!)
既視感を覚えたペリーウィンクルが「もしかして」と言う前に、顔を隠していた人物はガバァと勢いよく顔を上げた。
ペリーウィンクルを認めるなりツカツカと歩み寄ってきたかと思えば、今度はギュッと手を握られる。
(あ、あったかい)
うっかりそんなことを考えたのは、現実逃避だったのかもしれない。
これから起こることに、ペリーウィンクルは嫌な予感しかしなかった。
ローズマリーが以前言っていた、
『セリ様とシナモン様が無事にくっついた今、わたくしが婚約破棄されるのは、ソレルルートだけ。逆ハーレムルートの可能性は潰えたわ。つまり、これからはリコリス様が他のルートへいかないよう、しらみつぶしに悪役令嬢たちの恋を応援しなくてはならなくなったというわけなの』
という言葉が思い起こされる。
(悪役令嬢の恋を応援するなんて、そんなこと可能なのかな。いくらローズマリーお嬢様の第二の人生のためとはいえ、いろいろ障害ありすぎない? だってほら、目の前のこの人。この人の恋を応援するって、とりあえず何をすれば良いわけ? っていう話ですよ)
無表情で見上げてくるペリーウィンクルがそんなことを思っているとも知らず、その人物は鬼気迫る顔で告げてきた。
「キミがペリーウィンクルさんかいっ⁉︎ どうか、どうか助けてもらえないだろうか!」
鬼気迫る顔をしているが、それでも綺麗だと思える顔立ちだ。
幻聴に違いないが、ペリーウィンクルは目の前の人から「キラキラ、シャララ〜」と星が降る音が聞こえてくるような気がした。
雰囲気に飲まれて思わず「はい、喜んで!」と答えそうになりながら、すんでのところで踏み止まる。
(あぶない! これは危なかった。ちゃんと踏み止まれた私、偉い!)
踏み止まったところで、結局はローズマリーに押し通される未来しかない。
だが、流れるままに請け負ってしまうのは、なんだか癪だった。一矢報いるつもりも、はなからないのだが。
金色の長い髪を深紅のリボンで束ね、男性用のジャケットに細身のパンツを合わせた格好。
細身ながら無駄のない体躯は、綺麗系王子様に憧れる女子ならうっとりすること間違いなし。
晴れ渡る空のような青い目がついた顔は、爽やかの一言に尽きた。
彼──いや彼女は間違いなく、ニゲラルートにおける悪役令嬢、サントリナその人だ。
「すまない。自己紹介がまだだったね。ボクの名前はサントリナ。サントリナ・ローエンだ」
「……わ、私は、ペリーウィンクル、です。ローズマリー様の専属庭師をしております」
「どうぞよろしく、ペリーウィンクルさん」
「……よろしくお願いします?」
助けを求められて、自己紹介をされた。
怒涛の展開に置いてけぼりにされたような気持ちになりながら、ペリーウィンクルは困った顔で問いかける。
「あの……それで、助けてくれとは一体……?」
むしろ、助けてもらいたいのは自分の方だ。
現在進行形で、とても困ったことになっている。
(手を、離してくださぁぁい!)
もちろん、そんなことを面と向かっては言えない。
だって、サントリナは美形なのだ。
平々凡々としたペリーウィンクルは美形に手を握られるなんて経験はないに等しく、滅多にない経験を自ら手放すなんてことが出来ないくらいには、面食いなのである。
助けを求めてローズマリーへ視線を投げれば、わざとらしいまでにかわいい顔で微笑み返された。
自分でなんとかしてちょうだいとか、良かったわね、とかそんな声が聞こえてきそうである。
(ハァ〜〜かわいい〜〜)
かわいいが過ぎる。と、いつもの思考に戻ったところで、ペリーウィンクルははたと自分の格好を思い出した。
先程まで庭師の仕事をしていた彼女は、お世辞にも綺麗な格好とは言えない。
白のシャツに黒のパンツ、そして腰にはグリーンのガーデニングエプロン。
手袋をしながら作業をしていたので手は汚れていないが、エプロンのポケットにしまっている道具たちはそれなりに汚れている。
ローズマリーの庭師兼メイドとして、あるまじき失態だ。
ペリーウィンクルは丁寧にサントリナから距離を取ると、「着替えて参りますので失礼します」と自室へ逃げた。