15 筋肉担当ガテン系令息
「サントリナ様……わたし、あなたが好きなんです。付き合ってください!」
緊張と恥ずかしさでいっぱいなのか、真っ赤な顔をして告白してきた少女を、サントリナは頭のてっぺんから足の先まで眺めた後、
「うーん、困ったな……」
と言いながら、苦笑いを浮かべつつ自身の首を触った。
「……っ!」
張り詰めていた気持ちがプツンと切れてしまったのか、サントリナの言葉を聞いた少女の目に涙が浮かぶ。
咄嗟にハンカチを手渡そうとポケットへ手をやったサントリナに、契約している海月の姿をした妖精が「だめだめ」と首を振りながら制止した。
妖精使い養成学校、スルスへ入学して早四カ月。
こうして人気のない場所へ呼び出され、顔を朱に染めた少女に告白されるのは何度目だろうか。
一、二、三……と数えたところで、目の前の少女の懇願するような視線に、サントリナの思考が停止する。
ああ、ボクはなんて罪作りなのだろうか。
と、そう思えたらどんなに良かったか。
父譲りの清涼感のある好青年めいた顔。
母譲りの金の髪にコバルトブルーの目。
スッと伸びた背は美しく、磨き抜かれた細身の剣を彷彿とさせる。
毎朝鏡を見るたびに「美男子だな」と思うが、自画自賛しているわけではない。どちらかといえば、自己嫌悪である。
サントリナはどこをどう見ても美男子だが、性別は女だ。
脱がないとわからないレベルだ、というには語弊があるが、言い過ぎとも言いきれないから困る。
彼女は、冬の国の騎士の家に生まれ、良く言えば大らか、悪く言えばガサツな両親の教育方針に則り、三人いる兄たちと同じに、分け隔てなく育てられた。
これでも七歳までは、“はじめての女孫”として、祖母には蝶よ花よと扱われていたのだが、亡くなってからは、誰も女の子扱いしなくなった。
なぜなら。
サントリナは、強かった。
七歳にして、兄たちと互角に戦えるほどに。
体格差もなんのその、細く身軽な体を使い、彼女は舞を踊るかのように剣を振るう。
その美しさは、妖精をも惚れさせる。
彼女と契約したのは、剣の妖精だ。
フヤンフヨンと波間に漂う海月の姿をした妖精は、彼女の剣技に惚れて契約した。
妖精をも陥落させる剣技は、冬の国の姫までも籠絡する。
祭りの催しで剣舞を披露したサントリナに、冬の国の姫は恋をした。
「わたくし、サントリナ様が女性でもかまいませんわ!」
そう豪語した姫に、国王は本気で危機感を持ったようで、宰相に命じてサントリナの婚約者を見つけてきたのが三年前のことである。
相手は、夏の国の王宮の軍をまとめる総督の息子。
サントリナの身分からして、申し分ないどころか、玉の輿だった。
総督の息子の名前は、ニゲラ。
赤茶色の髪に、榛色の目。精悍な顔立ち。なにより目を引くのは、その体である。
いわゆる細マッチョが主流の冬の国とは違い、夏の国はムキムキマッチョが主流だった。
初めてニゲラと会った時、サントリナが抱いた感想は「あの筋肉に包まれたい」である。
付き添いの母がうっかり「暑いわ」と言ってしまうほどに暑苦しいその体に、彼女は恋をした。
ポツポツと交流を続けていくうちに、筋肉だけでなく、人となりも好きになっていった。
ちょっとおバカなところも、かわいいと思う。
いつか彼の隣へ立っても恥ずかしくないように。
そう思って、より一層剣の腕に磨きをかけたし、夏の国についてたくさん勉強したし、キスをしやすい身長差が十二センチだと聞けば、長身な彼に合わせて、苦手なヒールだって克服した。
それなのに。
それなのに、だ。
サントリナという婚約者がいるにもかかわらず、それも国同士のやりとりで決めた婚約だというのに、ニゲラは浮気をしているらしい。
暇さえあれば筋肉トレーニングに余念がなかった彼が、一人の少女を連れ立ってデートばかりしている。
相手は、とびきり力が強いひだまりの妖精と契約している、リコリスという名の少女だ。
虹色の髪に、桃色の目を持つ、かわいらしい女の子。
思わず守ってあげたいと、同性であるサントリナでさえ思ってしまうような可憐な子だった。
あんな子だったら、相手にしてもらえたのだろうか。
騎士の家に生まれ、騎士として育った男まさりなサントリナなど、女として見れないのかもしれない。
目の前の、好意を告げてきた少女を改めて見る。
艶々の金の髪に、コバルトブルーの目。ほっそりとした手足にキュッとした腰。特徴だけあげれば自分と同じなのに、どうしてこうも違うのだろうかと、サントリナは心底不思議でならない。
告白されたサントリナの頭の中は、少女への羨望でいっぱいになった。
「いやですわ、ニゲラ様ったら」
「リコリスはよく転ぶからな。もうけがをしないように、俺がそばにいてやろう」
不意に聞こえてきた、今一番聞きたくなかった会話に、サントリナの肩が震える。
見上げれば、二階の渡り廊下をニゲラとリコリスが腕を組んで歩いていくのが見えた。
「どうして……」
震える喉が、絞り出すように声を出す。
悲痛な叫びの代わりに吐き出された声はか細く、すぐそばにいた少女ですら聞き取れない。
「サントリナ様? 今、なんと……?」
告白の返事だと思った少女が、おずおずと尋ねてくる。
サントリナはそこでハッと我に返った。慌てて少女へ視線を戻す。
取り繕ったように爽やかな笑みを浮かべ、繰り返してきた文言を口にした。
「あなたの好意は嬉しいけれど、ボクには婚約者がいる。だから、ごめんなさい。あなたの気持ちには応えられない」
「そう、ですか。そう、ですよね。わかっていました。あなたに、婚約者がいることは。でも、それでも私は、あなたに想いを告げたかったのです。困らせてしまって、申し訳ございません。聞いてくださり、ありがとうございました。それでは、失礼いたします!」
溢れる涙に耐えながら、鼻声でそれだけ言うと、少女は踵を返して走っていった。
小さな背中を見送りながら、サントリナは重々しいため息を吐く。
「彼女はすごいな。ボクができないでいることができるのだから」
このままだと、おそらくニゲラから婚約破棄されるのも時間の問題だ。
その前に、告白の一つでもしてみようか。
そんな勇気なんてないくせに、とサントリナは顔を覆い、ずるずるとその場へ座り込んだ。




