13 茶会のあとに
「何がどうなったら、ああなるのかしら。確かにわたくしは、セリ様の恋を応援するつもりでしたわ。でも、こんな短期間でどうにかなるものなの? ねぇ、ペリー。あなたは、何か知っている?」
三日月の夜の茶会から数日後のことだった。
一緒に箱庭の手入れをしていたペリーウィンクルに、ローズマリーは心底不思議そうな顔をしてそう言った。
ローズマリーが切り取った贈り物用の白バラのトゲを、手作業でひとつひとつ丁寧に取り除いていたペリーウィンクルは、彼女が目をまん丸にして見ている先へ目を向けた。
ローズマリーとペリーウィンクル、二人の視線の先で、シナモンを見つけたセリが、彼に向かって駆けていく。
着物のような煌びやかな生地のドレスの裾が足を動かすたびにヒラヒラと揺れて、まるで蝶の羽のようだ。
思わず「ほぅ」とため息を吐いてしまうくらいに、セリは綺麗だった。
臆病で弱々しい令嬢は、もうそこにいない。
「シナモン!」
「わぁ、セリ! 走ったら危ないよ?」
「大丈夫よ。シナモンが抱きとめてくれるから!」
軽やかな足取りで走り寄って行ったセリを、シナモンが慣れた手つきで抱きとめる。
テディベアのような愛らしい顔に、今までにはなかった男らしさがほんのり滲んでいるように見えたのは、きっと気のせいではないだろう。
(うまくいったみたいで、良かった)
ホッと息つくペリーウィンクルの隣で、ローズマリーは困惑の表情を浮かべてセリとシナモンを見つめている。
彼女の戸惑いはもっともなことだ。
数日前まではローズマリーやペリーウィンクルの背に隠れて逃げ回っていたセリが、なんの躊躇いもなくシナモンの腕の中に飛び込んでいったのだから。
(妖精魔法、すごすぎでしょ)
ペリーウィンクルも少なからず、ローズマリーとは別の意味で戸惑っていた。
(ヴィアベルはどんな魔法を使ったんだか)
実のところ、ペリーウィンクルは月見の茶会で何があったのか、よく知らなかった。
月見の茶会を開いたあの晩。
ペリーウィンクルがしたことといえば、やって来たセリとシナモンをガゼボへ案内し、セントジョンズワートの茶を振る舞ったことだけ。たった、それだけだ。
それ以降のことはヴィアベルと、当人たちにしかわからない。
どうしてそんなことになっているのかと言えば、ペリーウィンクルが眠ってしまったからである。
庭師であるペリーウィンクルは、早寝早起きが習慣づいている。
もともと夜遅くまで起きているのが苦手な上に、茶会の準備で疲れていたこともあって、茶を振る舞ってやることがなくなったら、眠くなってしまったのだ。
漏れ出る欠伸を必死に噛み殺していたものの、眠気は容赦なく襲いかかってくる。
「仕方がないな。あとは任せておけ」
お子ちゃまめ、と笑ったヴィアベルの大きな手が、ペリーウィンクルの視界を遮る。
「子供じゃない、もん……」
「こんな時間に眠くなるのは子供だろう」
妖精らしいぬるま湯のような体温に、ペリーウィンクルのまぶたはあっさりと眠気に負けた。
「早く大人になっておくれ。もう待ちきれないぞ」
完全に落ちる寸前、切実な響きが聞こえた気がしたが、たぶん気のせいだ。
育ての親のような彼が、そんな声を出すはずがない。
(……寝ちゃうなんて、ありえない)
そのせいで、ヴィアベルがセリとシナモンに何をしたのか、ペリーウィンクルは知らないままだった。
おそらく、ローズマリーのダイエットの時のように、妖精魔法を使ったのだろうということはわかっても、細かいところまではわからない。
翌朝起きたら自分の部屋の狭いシングルベッドで、ヴィアベルに抱き枕にされていた。
目を開けて真っ先に飛び込んできた人外じみた美貌に、思わず息を飲んだのは一生の秘密にしたい。
(育ての親にときめくとか、ないから!)
恥ずかしすぎる。
穴を掘って埋まりたい。
これでは「パパと結婚する」と言っている幼子と同じじゃないかと、ペリーウィンクルは朝から頭を抱える羽目になった。




