11 妖精の気まぐれ
【注意】
作中に『生理ネタ』があります。
セクハラ妖精を書きたかっただけなのですが、苦手な方はご注意ください。
ソレルが好む大輪の白バラに、ローズマリーを彷彿とさせる八重咲きの淡い紫色のミニバラ。
二種類のバラの株元では、アルケミラ・モリスの明るい黄緑色の花が、ライトアップするようにバラの美しさを引き立てる。
後方にあるウッドフェンスでは、ハニーサックルが甘い匂いを放ちながら蔓を絡め、匂いにつられてやってきた妖精たちが、花の蜜で茶会を開く。
もちろん、田舎風の庭の定番であるジギタリスも欠かせない。
バラは茎がかたいから、風にそよぎながら咲くポピーを合わせて、優しい空間に仕上げる。
ローズマリーの箱庭は、予想より早く完成しそうだ。
四季の国の中でも春の国は特にガーデニングがしやすい国だが、中央の国は比較にならないくらい生育が早い。
ゲームだからあんなに早く花々が収穫できるのだと思っていたのだが、現実でも同じくらいのペースで収穫できそうである。
今日の分の手入れを早々に済ませてしまったペリーウィンクルは、空いてしまった時間でワイヤークラフトをすることにした。
花の蜜で茶会を開く妖精たちに、テーブルとベンチを用意したら喜ぶんじゃないかと思ったからだ。
箱庭エリアの隅にある、妖精が経営しているガーデニングストアにはなんでもそろっている。
種や苗はもちろん、飾り用のフェイクスイーツや季節商材と、なんでもござれなのだ。
カウンターでフヨフヨ飛んでいた妖精に声をかけると、目当てのものはあっという間に用意される。
針金とペンチとニッパー。これさえあれば、ワイヤークラフトができるのだ。
持つべきものは前世の記憶だと、ペリーウィンクルは満足げに店を後にした。
帰宅したペリーウィンクルは、買ってきた材料をテーブルに広げ、黙々と作業を始めた。
だが、単純な作業というのはついつい考え事をしてしまうものだ。
彼女の頭の中は次第に、茶会をする妖精たちの喜ぶ顔から、無理難題を押し付けてきたローズマリーのことへ移っていく。
「ぐむむむむ……妙案……妙案が思いつかない……というか、妙案ってなんなのさ⁉︎」
針金をニッパーでパチンと切りながら、ペリーウィンクルはうなるように呟く。
完成したばかりのブランコ型ベンチに腰掛けていた妖精姿のヴィアベルは、そんな彼女にドヤ顔で答えた。
「妙案とは、たいそう良い思いつき、という意味だろう」
「わかってるよ、もう!」
苛立たしげなペリーウィンクルの周りを、ヴィアベルは「おやおや」と言いながらちっとも困っていないそぶりで、フヨフヨと飛び回った。
「今日はやけに苛ついているな。月のものが近いのか?」
「違うよ。というか、年頃の女の子にそんなこと聞かないでよ、恥ずかしいなぁ」
「恥ずかしい? 大切なことではないか」
言うなり、ヴィアベルはポンと人の姿へ変化すると、立てた人差し指でペリーウィンクルの腹を横からつついた。
へその下、子宮がある辺りをつつかれて、ペリーウィンクルの顔が真っ赤に染まる。
「あ」とか「う」とか声にならないうめき声を漏らしながら、おなかを庇うように体を曲げた。
「それがなければ、子を作れないだろう」
対するヴィアベルはちっとも気にしていないようだ。
むしろ、そんな反応をするペリーウィンクルのことを不思議そうに見ている。
そういえば初潮を迎えた時も同じような反応だったなと思い出して、ペリーウィンクルはさらなる羞恥心にもだえる羽目になった。
「……妖精に人間の羞恥心を分かれっていうのが間違っていたよ」
「む。失礼な。妖精にだって羞恥心くらいある」
おなかを隠したまま机に顎を乗せて見上げてくるペリーウィンクルに、ヴィアベルは「心外な」と眉をひそめた。
そんな彼に、ペリーウィンクルは「え」と意外そうに声を漏らす。
「あるの?」
「ある」
簡潔な答えは思わせぶりで、ペリーウィンクルの好奇心が疼く。
キラキラとした視線を向けてくる彼女に、ヴィアベルは恥ずかしげにフイッと視線をそらした。
「例えば、どんな?」
「聞いてどうする」
ヴィアベルの白い頰が、うっすらと赤らんでいる。
彼のそんな様子は珍しく、ペリーウィンクルはなんとも言えないムズムズとした気分になった。
「ヴィアベルも私が恥ずかしいと思うこと言ってきたんだから、言うべきだと思う」
「……おまえに裸を見られるのは恥ずかしいと思う」
渋っていた割に、ヴィアベルはあっさりと白状した。
だが、その答えはペリーウィンクルにはつまらないものだったらしい。
不満そうに唇を尖らせた彼女は、再びペンチを手に取りながらワイヤークラフトに戻る。
「妖精の姿の時は素っ裸じゃない」
「素っ裸? 違うな。あれはあれで、服を着ているようなものなのだ」
「ふぅん」
「……おまえは私に裸を見られたら、恥ずかしいと思うか?」
ヴィアベルの問いに、ペリーウィンクルは「もちろん」と答えた。
そんな彼女の手の中では、次々と針金製の小さな家具が仕上がっていく。
俯く彼女の耳やうなじの色がうっすらと変化していることに気付いたヴィアベルは、妙に嬉しそうな顔をして「そうか、そうか」と頷いた。
「ところで、妙案というのはシナモンとセリのことか?」
「ん? ああ、そうだよ」
一周回って戻された問題に、ペリーウィンクルは憂鬱そうにため息を吐いた。
ギュッとしかめられた眉間にシワが寄る。
不意打ちのように伸ばした指先でシワを伸ばしても、ペリーウィンクルは嫌がるそぶりも見せない。
いかに自分が彼女に許されているのか確認して、ヴィアベルは小さく「ふふ」と笑みを零した。
「今の私は気分が良い。少しばかり、手を貸してやろう」
「手を貸すって……何をしてくれるの?」
親離れを決意しながら、打開策が見つからないせいでついつい甘えてしまう。
そんな自分に呆れながらも、ペリーウィンクルは藁にもすがる思いで顔を上げた。
ワイヤークラフトから顔を上げたペリーウィンクルの、ブラックオパールのような目と目が合う。
真っ黒のようでいて何色か混ざっているような不思議な色をした目だ。
純真無垢な色をしたそれに、腹が立つこともあるのだが、何も知らないからこそ教えがいがあるものだとヴィアベルは思った。
「半月後の三日月の夜、学校の南にあるガゼボへセリを連れておいで。月見と洒落込もうではないか」
「月見ぃ? そんなことをしている場合じゃないんだけど」
「そんなこととは失敬な。セリの初恋を実らせたいのだろう? 私の言うことを聞いておけ」
生意気な口め、と戯れるようにヴィアベルの親指がペリーウィンクルの唇を割る。
つ、と歯に当たる彼の指先に、ペリーウィンクルはふるりと体を震わせた。
「そうだ。月見にはセントジョンズワートの茶を出してくれ。わかったな?」
「ん」
頷く代わりに短く返事をしたペリーウィンクルに、ヴィアベルは「いい子だ」と満足げに微笑む。
ペリーウィンクルはぷうっと頬を膨らませて「また子供扱いして」なんて言っていたが、とんでもない。
くつくつと笑うふりをして、その実、彼女に触れたばかりの親指を自身の唇に触れさせていたのだから。




