10 悪役令嬢の悪だくみ
「──というわけで、わたくしたちはお友達になりましたの!」
なにが、“というわけ”だ。
ペリーウィンクルはその言葉を飲み込んだ。
かわいさ余って憎さ百倍とはこのことを言うのではないだろうか。
(まぁ、そこまで憎く思っているわけじゃないけど)
ペリーウィンクルの目の前で、ローズマリーがセリと頰をくっつけて無邪気に「ねぇ〜」と笑っている。
ローズマリーに引っ付かれて戸惑いつつも、同じように「ね、ね〜?」と返すセリは、奥ゆかしくてかわいい。
例えるなら、ビスクドールと日本人形のコラボだろうか。
(綺麗が過ぎる! もはや暴力!)
かわいいものが大好きなペリーウィンクルは、うっかり絆されそうになった。
しかし、しかし、だ。
(なにが、“ね〜”だ。かわいこぶったって、今は……だ、騙されませんからね!)
どう考えたって、いや、考えなくたって、嫌な予感しかしない。
嫌な予感というものは、得てして当たりやすいものだ。
ゲンナリとした気持ちを隠すことなく向けてくるペリーウィンクルに、ローズマリーは構うことなく言ってのける。
「さぁペリー、出番よ。セリ様を泣かせた不届き者を、こらしめてやりなさい!」
ペリーウィンクルの脳裏に、二人のイケメン護衛を連れた高貴な身分の老人の姿が蘇る。
決め台詞は「──さん、──さん、こらしめてやりなさい」だったか。
どうせだったらイケメン護衛じゃなくてうっかり何ちゃらの役が良かったと、ペリーウィンクルは思った。
「出番って……あのねぇ、お嬢様。私はお嬢様の婚約破棄には協力しますけど、セリ様のことまでやってやる義理なんてないんですよ? そこのところ、わかってます?」
ローズマリーのことは、前世社畜仲間で放っておけなかっただけだ。
セリには悪いが、協力するメリットを感じられない。
ローズマリーだけでも手詰まりな気がしているのに、さらになんて──、
(無理だよ)
「今、メリットがないって思っているでしょう?」
「ええ、そうですけど」
「メリット、ありますのよ? セリ様は大商人の娘。そんな彼女がお友達だったら、ソレル様に婚約破棄され、国外追放された時に協力してもらえるじゃないの」
「はぁ……」
確かに、セリは大商人の娘だ。
国を跨いで商いをする家だから、協力を得られたら心強い。
だが、ルジャは男尊女卑の国。
セリがローズマリーを助けてと願ったところで、確実に助けてもらえる保証はないだろう。
(お嬢様が言うメリットは、確かなものではない)
そんなことは大したメリットじゃない。
そう言いたげな顔をしているペリーウィンクルに、ローズマリーは「それにね」と言った。
「今現在、ゲームのシナリオ通りになっていないことが、わたくしは気になって仕方がないの。シナモンルートにせよ逆ハーレムルートにせよ、どちらにしたってセリ様が振られるのはもっとずっと先のはずよ? なのにどうして、こんな序盤で彼女は捨てられなければならないの?」
それは、ペリーウィンクルも思ったことだった。
だけど、仕方がないではないか、とも思う。
「お嬢様。ここはゲームの世界ですけど、今の私たちにとっては現実の世界なんですよ? なんでもかんでもシナリオ通りにいくわけがない。それが当たり前じゃないですか」
「それでも! やっぱり何かがおかしいわ。わたくしは絶対に、ソレル様に婚約破棄して頂かないといけないの。今世こそ、まったりしたいのよ。だからね、ペリーウィンクル。わたくしは決めたの。セリ様の恋を応援するって。打倒、リコリス。取り戻せ、シナモン!」
「はぁぁぁぁぁぁ⁈」
たっぷり息を使って、十秒はかけたと思う。
信じられない気持ちを込めに込めた「はぁぁ」だったが、ローズマリーは「譲れないもん」とそっぽを向いてしまった。
かわいい。
すごくかわいいが、ムカつく。
いくらなんでも、無理すぎる。
ペリーウィンクルはランプの魔人でもなければ、全知全能の神でもない。
ちょっとこの世界の未来を知っているだけの、しがないモブ子。ただそれだけなのである。
(そもそも、ちょっと未来を知っているっていうのはお嬢様だって同じじゃないですか。それをまぁ、簡単にホイホイ投げてきて……!)
ときめいている場合でないのは重々承知しているが、ローズマリーはペリーウィンクルの好みすぎた。
(そうですよね、譲れないんですもんね。じゃあ、仕方がないですよねぇぇぇぇ!)
ガクッとその場で座り込んでしまったペリーウィンクルに、ローズマリーは勝者の笑みを浮かべる。
小悪魔のような微笑に、ペリーウィンクルはたまらず「うぐぅ」と声を漏らした。
「さぁ、ペリー? セリ様の初恋を応援する手立てを考えましょう?」
差し出された手は穢れなき天使のような手なのに、地獄への招待状のように感じてしまうのは気のせいではあるまい。
ペリーウィンクルは諦めにも似た気持ちでフゥと息を吐き、それからローズマリーの手を取った。