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第3話:白い人

 アストルコの朝は早い。

 何せまだ電球が発明されていない為、特別な行事でもない限り、人々は日没と共に眠り、夜明けと共に起きるのだ。

 最も、そうではないアストルコ人も少数ながら存在するのだが。


 アストルコの中央部に位置する大神殿、そこからほど近い場所に石造りの宮殿が建っている。

 大きさとしては神殿に及ぶべくもないが、壁面には見事な装飾が施され、そこかしこに置かれた石像は、ここが高貴な人々の住処だということを知らしめている。

 その宮殿の一室、寝台の上に敷かれた布にくるまり、イツァストルは未だ微睡の中にいた。

 既に日は登り、人々は働き始める時間だったが、イツァストルは一向にゆらゆらと漂う心地よい眠気を手放そうとしない。

 と、むにゃむにゃと何やら寝言を呟きながらイツァストルの頭上に、大きな影がゆらりと現れた。


 寝台の上に登り、イツァストルを覗き込むその影は、漆黒の体毛を生え揃えた獣であった。

 全長はイツァストルの倍はあるだろうか、太く逞しい脚に鋭い爪を覗かせ、頭部にはネコ科動物のような獰猛な牙を剥き出しにしている。

 何より特徴的なのは長く伸びた尾であり、尾の先端は紅葉の葉の如く五又に分かれ、五本目の手足であるかのように滑らかに動いている。

 獣はその奇妙な尾でイツァストルの胸を押さえると、獰猛な牙の並んだ口を大きく開き――


「ぬゃぁぁぁぁ~」


「あばっ!?ちょっ、まっ、おばぁっ!」


 次の瞬間、人懐っこい表情でイツァストルの顔を舐め回しはじめた。

 ざらざらと尖った舌で舐められ、顔が涎でべとべとになったイツァストルはたまらず飛び起きると、獣の顔を押しのける。


「ポチ~……お前起こすにしてももうちょさあ……」


「んぬぅん」


 ポチと呼ばれた獣はきょとんとした顔でイツァストルを眺め、特徴的な尾をぱたぱたと振る。

 この獣、ポチは本来の種族をアウィツォトルといい、湖に棲む魔獣である。


 剣と魔法の中世ファンタジー異世界でこそないものの、この世界にも魔獣――あるいは魔物と呼ばれる生物は存在していた。

 曰く、それらの獣は通常の動物と違い、神々の加護を得て特殊な力や姿を得ているのだという。

 このアウィツォトルも、見た目は大きなヤマネコに近いものの、通常の動物とは異なる特徴を要していた。

 なんでも伝承によればこの奇妙な獣は、自身の周辺にある水を操ることができ、その力でもって湖に潜み、手の平の如く広がった尾で人を掴み水底に引きずり込むのだという。

 最も、それはあくまで言うことを聞かない子供に聞かせる御伽噺のようなもので、少なくともこのアストルコ周辺に生息するアウィツォトルはそういった凶暴な個体は少ないのだが。

 魔獣とはいえ好奇心旺盛で知能の高いアウィツォトル達は、いつしか同じ湖岸に棲むアストルコの人々と共生関係を築き上げ、人に慣れる個体が増えたのだという。

 ポチも元々は野生で暮らすアウィツォトルのうちの一体であったが、まだ小さい頃にイツァストルに拾われ、それ以降宮殿で飼われるようになったのだった。


「お前を見るとやっぱ異世界なんだなぁって思うよ」


 ゴロゴロと喉を鳴らしながらすり寄り、またも舌で舐めようとしてくるポチの顔を押さえると、すっかり目の覚めたイツァストルは、気を取り直して涎で汚れた顔を拭き、べとべとになった服を脱ぎ新しい服に――


「おはようございやす姫様!!どうしました!!よもや敵襲」


「入ってくんなシウお前バカ!お前!ブッ殺すぞ!!」


 ――着替えようとしたところで入ってきたシウの頬に鉄拳を叩き込むのだった。



――――――――――――――――――――――――



「シウお前なあ……護衛だからって部屋まで入ってくるのはこう……アレだからな?色々と?」


「ウス!部屋の外から姫様を見張ることにしゃす!!」


「そもそも部屋の中を見んなっつってんだけど、俺の気持ち伝わってる?」


 イツァストルはそんなことを話しながら、シウとポチと連れて宮殿の中を進んでいく。

 目が覚め、朝食を食べた後はいつも通り、広々とした廊下を突き進み、突き当りのアーチを覗き込むと、そこでは何やら作業をしている兄王、アカテカトルがいた。

 傍らには老年の男性が立ち、手には木の皮で作られた原始的な紙を持っていた。

 兄はその紙に描かれた文字――と言っていいのかどうか、簡単に描かれた絵のような、象形文字のような文書に目を通していく。

 イツァストルはそんな兄の姿を見ると、気軽に声を掛けた。


「よっ、おはよう、兄さん」


「ああ、イツァストル、今日は遅かったじゃないか」


 部屋を覗き込んで兄に声を掛けると、それに気付いた兄が挨拶を返す。

 すると、傍らの老人が呆れた顔を浮かべ、大きく溜息をついた。


「今日『も』でしょう、王よ、妹君はいつも寝すぎなのです」


「いいだろ、アウェウェテ、どうせ生贄の祭祀でもないとやることないんだよ俺」


「だからと言って暇つぶしに王の仕事を邪魔するのは遠慮するべきですぞ、姫様、仕事は遊びではないのです」


 と、アウェウェテと呼ばれた老人は渋い顔をしながらイツァストルに苦言を呈する。

 アウェウェテは前王、いや、それ以前の時代から王を補佐する副王であり、イツァストルが子供の頃からのお目付け役でもある。

 昔からこういった小言をしきりに言ってくるので、イツァストルも最早すっかり慣れてしまっていた。

 よって、イツァストルはいつも通りのアウェウェテの小言を聞き流して、アカテカトルが目を通す書類に目を通す。


「なになに……隣国シパクカルパンとの同盟関係……確かに、最近あっちの領土広がってるもんな」


「うむ、今は北の小国、トトチトランとの戦を広げているようだ。まだ我らの方が国力は上だろうが……このまま連中が拡張を続けてはどうなるか分からんな」


「あそことの間には川も広がってるし、まさか攻めてくるってこたないだろうけど……拗らせないうちに一回会談しといた方が良さそうだな」


「そうだな、遣いは出しておこう、だがイツァストル……」


 書類に目を通しながら話を続けるイツァストルに、穏やかに、しかしながら少し何か言いたげにアカテカトルが声をかけようとするものの、イツァストルは気付かず次の書類に目を通す。


「こっちは?川の上流……山間に脱走兵が集落を作ってる……あ~、生贄から逃げちゃった奴ら……ネモンテミか……」


 敬虔に神を信じるアストルコの民とはいえ、誰しもが躊躇なく生贄として命を張れるわけではない。

 中には生贄となるべく身を差し出したものの、直前で恐ろしくなって逃げだす者もいた。

 そういった者達は、自身の抱える後ろめたさもあるのか、逃げ出した後に人里に戻ることは無く、大抵の場合は山に潜み、自身と同じく脛に傷のある者達と組み盗賊に身をやつすものだ。


「う~ん……戦士達から見たら意気地なしかもしれないけど……軍を差し出すほどでもないと思うんだよな~……てかこれ生贄案件だし俺がどうにか」


「イツァストル」


 書類をじっと見つめるイツァストルの頭に、兄王アカテカトルの握った拳がこつんと置かれる。

 見るとアカテカトルは眉間に皺を寄せ、何とも言えず気まずそうな表情で、イツァストルの目を見つめていた。

 怒っている……とは言わないまでも、機嫌が良くは無いようだ。

 イツァストルが兄の様子に気付いたことを確認すると、兄王は、はあ、と大きな溜息と共に話し出す。


「イツァストル、全く……仕事を手伝おうとしてくれるのは有難いが……これは王の仕事――男のやるべきことだ、決してお前のやることではない」


「いや、けどさ、簡単なことくらい……」


「簡単であっても、女のすべきことではない。ましてやお前はもう15なのだぞ」


 アカテカトルはぴしゃりとイツァストルの言うことを遮ると、断固とした口調で言い聞かせる。

 時代が時代なら女性蔑視も甚だしいが、実際のところ、この国では現状、政治はもっぱら男の仕事である。

 イツァストルがもう少し小さい頃は、アカテカトルも子供の遊びの延長として大らかに見ていたのだが、イツァストルが年頃になってきた最近は、事あるごとに政治から遠ざけようとしていた。


「男のやるべきことは国を守ること、女のすべきことは子を成し、家を守ることだ、わかるな?イツァストル?」


「それは……わかるけどさ……」


 有無を言わせぬアカテカトルの言葉に、ばつが悪そうな顔で答えるイツァストル。

 アカテカトルはそれを見ると、また、息を一つ吐き、優しげな口調で続けた。


「悪いな、イツァストル、だが……」


「わかってる、わかってるって、邪魔して悪かったな兄さん」


「うむ……」


 軽い調子で兄の言葉に答え、背を向けて部屋を出ていくイツァストルを見送ると、アカテカトルは、ポツリと呟く。


「……あれが男であれば、言うことはなかったんだがな」


「仕方ありますまい、あれはあくまでも姫です、王は若自身なのだと自覚をお持ちください」


「ああ、私もわかっている……わかっているさ、アウェウェテ」


 そう答えると、アカテカトルは再び書類に目を落とし、作業に戻った。




――――――――――――――――――――――――



「男女共同参画どうこうって大切な概念だったんだなあ……」


「男女共……なんすか?」


「いいや、別に~?」


 頭に?を浮かべるシウをよそに、暇を持て余したイツァストルはだらりとポチの背中に体を預けている。

 政治的なことで特にやることが無いとはいえ、では他にやることがあるのか、と言うと特に無いのだ。

 少し前までは、イツァストルが生贄の儀式を取り扱う都合上、神官からアストルコの歴史や神話、儀式の作法などを教わっていたのだが、それも履修が終わってしまっていた。

 よって、ここしばらく、イツァストルはこの上なく暇に過ごしていた。

 暇すぎてあわよくば仕事を任せてくれないかと、毎朝アカテカトルのところに顔を出してはいるのだが、それもなしのつぶてである。

 折角、異世界に転生したのだから、何か現代知識で使えるものでも作れれば……とも思うのだが……


「そもそも製鉄技術も無いんだもんなあ……」


 このアストルコには製鉄技術が伝わってきておらず、未だに石器文明が存続している。

 最も、金銀などの装飾品を加工する程度の技術はあるし、鉱山はあるといえばある……とは思うのだが、仮に鉄鉱石が取れたとしても、イツァストルには製鉄の方法などわからなかった。

 以前にテレビで何かの炉を作っていた記憶はあったのだが、それを再現できるほどに細かいところまでは覚えていなかったのだ。


 更にこの土地、アストルコは自然環境も日本とはまるごと違い、一年が乾季と雨季に分かれている。

 その為、作物の育て方も全く違い、人々の主食も米や小麦ではなく、トウモロコシやイモのような植物だ。

 イツァストルのうっすら持つ前世の農業知識――殆どは米のことだったが、それが、役に立つようには到底思えなかった。


 よって、異世界の知識があるとはいえ、特に何かが出来るわけでもなく、イツァストルが転生してから開発したものといえば、精々がポチ――アウィツォトル達に乗る為の鞍と、それに引かせるための車輪と荷台くらいである。

 この地域には馬のような家畜もいなかった為、このあたりの技術も未発達だったらしい。

 アウィツォトル達もアストルコの人間とは共生関係にあったが、家畜というよりは狩猟や戦争におけるパートナーといった具合だったようだ。

 生息域が湖の周辺のみに限定されるのも、労働力として活用されなかった原因だろう。

 ここ、アストルコ周辺にこそ、それなりの数がいるものの、湖を離れた荒野や、森林地帯では殆ど生息していないらしい。

 そんなアウィツォトル、もといポチの毛並みをフワフワと撫でながら、イツァストルは特にやることもなく街をうろついていると、それに気付いたようだ。

 仕事をしていた人々や、遊んでいた子供達が声をかけてくる。


「あっ、姫様だ!ねえ、こないだのお話の続き聞かせて!」


「おお、姫様、散歩ですか?」


「姫様!さっきデカい魚が取れたんで持ってってくだせぇ!」


「おーっす、みんな元気で何より……あっ、魚はいらねぇ、いらねぇって!」


 イツァストルは声をかけてくる人々にそれぞれ話を返していく。

 本人が自覚しているかどうかはともかく、神に仕える巫女であり、少なくとも見た目は麗しい姫であり、人々と気軽に話しかけてくれるイツァストルは民からの人気がそれなりに高かった。


「そうだ姫様、このところ湖の水かさが減っております、神々はなんと……」


「ああ、来月には降ると思うぞ、水祭りもあるだろ?」


 アストルコは現在、乾季の終わる少し手前くらいの時期だ。

 来月には神々に生贄を捧げ、雨の到来を願う水祭りも始まる。


「……その生贄の儀式やんのも俺なんだよなあ」


「姫様、どうかなさいましたか?」


「ああいや、別になんでも、それよか他に何かあったか?」


 生贄の話が出たことで、少し先日のことがフラッシュバックし、憂鬱になりかけるイツァストルだったが、それを隠すかのように別のことを問いかける。

 すると人々は、そういえば、と、すぐさま次の言葉を発した。


「ああ、そういや姫様、つい最近ここに変わった旅人がやってきたんですよ」


「そうそう、なんていうかこう……変わった服装の華奢な男で……なんといっても肌が――」


「おや……それは私のことでしょうか?」


 イツァストルの周りに集まった民が言いかけたところで、人々の輪の外からどこか美しく、繊細な印象を与える声が響き渡る。

 声の主の男は、確かに周りの民と比べて異質であった。


 アストルコの国民は基本的に浅黒い肌に黒の頭髪を要している者が多い。

 勿論、稀にイツァストルのように色素の抜けた髪色を持つ者や、色素の薄い肌を持って生まれてくる者もいないわけではないが、決して数は多くない。

 だというのに、目の前に立つ男は――白かった。

 白く透き通るような肌を持ち、長く伸びた髪の毛は強い日差しに照らされ、金色に輝いている。

 着ているものもそうだ、アストルコの民がほぼ半裸か、あるいは簡素な貫頭衣程度の布を纏っているのに対し、男は――旅で汚れたのだろう、ところどころ薄汚れたり、破けたりはしているものの、白いシャツと、ベスト、その上から外套を羽織っている。

 腰に巻いた革製のベルトからは、護身用だろうか、装飾の施されたナイフがぶら下げられ、足元には革製のしっかりとしたブーツを履いている。

 アストルコの民からは奇妙としか映らない男の出で立ちだが、しかし、イツァストルは男の姿に驚くと同時に、前世の懐かしい記憶を思い出す。

 この男の姿は――


「……外国人?」


 つい頓狂な声を上げてしまったイツァストルだったが、そうだ。

 漫画やドラマ、というよりはハリウッドの映画に出てくるような、そんな文明的な白人男性。

 それが今、イツァストルの目の前に立っていた。

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