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第1話:詐欺師

 昼日中の陽光が差し込む中、どこか懐かしさを感じさせるような、古びた駅。

 スーツを着た男達がせわしなくうろつき、一方で、暇を持て余しているのであろう、駅前から見える喫茶店では老人達が集まり駄弁っている。

 駅前の広い道路には客を待っているタクシーが仕事も無く停車し、運転手は暇潰しにネットで小説を読んでいる。

 そんな都会でもなく、かといって田舎と言うには人も建物も少し多い、地方都市のとあるビルの中。

 白く清潔感の漂う貸し会議室で、40代から60代あたりだろうか、椅子に座った何人かの女性を相手に、男が笑顔で口を開く。


「本日は我が社の商品説明会にお集りいただきありがとうございます!」


 男は笑顔で明るく、快活に、透き通ったよく通る声で話し出す。


「いやいや、しかしこんな昼間に来ていただけるとは……奥様方、ご予定は大丈夫でしたか!?」


「大丈夫よぉ~、昼間に家にいたってやることないんだから」


「またまた、奥様方みたいな美人さんでしたら昼間から誘われてばかりで大変でしょうに!」


「やだもう!上手いんだから!」


 男は談笑交じりに女性たちに語り掛けていき、会議室から笑い声が漏れ出す。

 そういえば昨日ね……などといった女性の言葉にも耳を傾け、親身に話を聞いて応えていく。

 しばらく女性たちの話に付き合い、一通り全員の話を聞くと、女性たちに向き直り、また語り掛ける。


「いやはや、奥様方も大変ですね、掃除に洗濯、家事に子育て、悩みの種は尽きません!」


 うんうん、と頷き、また世間話を始めようと口を開いた女性たちを手で制し、男は続ける。


「しかし、そんな女性の悩みもうちの商品ならすっかり解決……いや、少し軽くはできるんです!」


「そこは解決じゃないのぉ?」


 一人の女性のツッコミで笑いの起きる中、男も笑いながら会議室の脇に置かれた箱の中から何かを取り出す。


「ま、すっかり解決とは言えませんが……例えばこちらの洗剤!これを使うだけでも洗濯が……」


 と、男は様々な物の効果を説明していく。

 曰く、通常の洗剤と違って水に溶けやすく、人体への害が無い。

 曰く、このシャンプーはナチュラル成分配合で自然的。

 曰く、この鍋はコゲつかずに100年使える。

 等々……本当かどうか疑わしいことを、上手い具合に信じたくなるように実践を交えたり、冗談めかしてはぐらかしたりしながら話し続ける。


「さて、なんと今なら初回入会費無料!年間費9800円でこれらの商品が購入できます!」


「9800円ねぇ……」


「そう、一見ちょっと高いですよね?ところがですよ、9000円っていうのは案外安いもので、食費で考えたら精々家族三日分、少し良い外食に行くのと同程度!」


 男は女性たちが渋ると見るや、すぐさま畳みかけるように話し出す。


「外食を年に一回だけ減らすだけで、日常的に使う道具に良いものを揃える、そう考えたらお得では?」


「そうねえ……それくらいなら……」


「お兄さんにはお世話になってるしねえ……」


 と、一人、また一人と契約を決め、男もそれに笑顔で返す。


「ありがとうございます!折角ですから今日は契約の記念に商品を……」


 そして流れるように男は簡単な契約書を女性たちへと配り、記入を確認すると、満足気に帰る女性たちを笑顔で見送っていった。



―――――――――――――――――――



「で、このシャンプーって本当に健康に良かったりするんすか?」


「良いわけないだろ、普通の市販品と変わんねえよ」


 いつの間にか日が沈み、暗くなっていた街道で、先程販促に使った商品を車に詰め込みながら、男が答える。

 声をかけた相手――男の部下はその答えを聞くと、少し驚いたような表情を浮かべ、男にまた話しかける。


「それじゃあ詐欺じゃないっすか!鳥居さん、ヤバくないすか!?」


 鳥居と呼ばれた男は商品説明の時の笑顔とは別の、にやりとした不敵な笑みを浮かべ、話を返す。


「詐欺じゃねえさ、顧客に商品の説明をして、双方納得の上で買ってもらってるだけだ」


 ただし、商品代だけではなく、入会金とカタログ代、それと毎月の会員費を貰った上でな、と続ける鳥居。

 部下が「えげつないなあ」と溜息をつくのを聞きながら、更に話を続ける。


「いやいや、俺はお客様に夢を見させてやってるのさ、むしろ良心的だと思うぜ」


「良心的ねえ……」


 言いながら車の助手席に乗り込むと、部下も運転手に乗り込み、車のエンジンをかける。


「だってそうだろ、俺が言ってるのは確かに嘘かもしれないが……それで客は『これは正しいものだ』と希望を抱いて喜んで帰るわけだ」


 鳥居はゆっくりと走り始めた車の助手席で、ふうと一つ息を吐いた。


「人は自分の見たいものしか見ない……ってのはよく言ったもんでな、結局はみんな騙してほしがってるのさ、自分の選択が良いものだって後押ししてもらいたいんだ」


「そんなもんすかねえ」


「そんなもんだよ、ああ、そういや……!」


 と、鳥居は何かを思い出したように、ハッとした表情で運転する部下に声をかけた。


「お前がこないだ勧めてくれたアニメ見たぜ、あの異世界のやつ!あれめちゃくちゃ面白いな!」


「えっ!?マジっすか!?でしょ?俺最近もうアレにハマりっぱなしで――」


「嘘だよ、あれ俺には合わなかったわ、見るのキツかった」


「えっ」


 鳥居の急な手のひら返しに、部下は鳩が豆鉄砲を食ったように、きょとんとした表情を浮かべた。

 部下のその間抜けな表情を見た鳥居は、くっくっと軽い笑い声を漏らし、また問いかける。


「それ、その感情だよ、俺がお前の意見と違っててガッカリしただろ?」


「まあ、それは……そうっすけど……」


「そのへんの相手の気持ちと上手い具合に言葉を合わせて転ばせるのさ、それが詐欺のコツだ」


「いや、やっぱ詐欺なんじゃないすか!」


 そう驚く部下の声に、鳥居が今度は軽快にハハハと笑うのを見ると、部下は憮然とした表情で話を返す。


「先輩は死んだらきっと地獄行きっすね」


「人聞き悪いな、俺だって別に好きで人騙してるわけじゃねえんだぞ?」


 その言葉に疑いの眼差しを向ける部下に対し、鳥居は先程までの笑顔を崩すと、どこか遠くを見るかのような目で続ける。


「……俺は新卒で会社探した時にどこにも引っかからなくってな、最後に面接して就職できたのがここだったんだが……まあ、会社の実情はお察しだ」


「求人じゃ実際どんな会社か分かんないすもんねえ……」


「詐欺まがいの商売抜きにしても大概ブラックだもんな、俺もう転職先探してるけど」


「ふーん、そうなん……へぇ!?」


 鳥居がさらりと口にした言葉に部下が驚くと、鳥居はまたくっくっと笑う。


「好きで詐欺やってるわけじゃないっつったろ?俺だって別にこの仕事続けたいわけじゃねえよ」


「はあ~、いつの間に……次はどんな仕事にするんすか?」


 さて、どうするかなと肩をすくめながら、鳥居が答える。


「まだ決めちゃいないけど……ま、平和で真っ当な仕事ならなんだっていいさ……田舎でこぢんまりと暮らすのも悪くないかもしれないしな」


「平和で真っ当な仕事かあ……良いっすねぇ、そんなんあったら―――」


 瞬間、突如として響いた衝撃音と共に、激しい衝撃が彼らの乗る車を横から大きく揺らした。

 彼らの車の助手席側、脇道から――居眠り運転だろうか、猛烈な勢いで乗用車が衝突してきたのだ。

 制御を失った車はその衝突の勢いのまま、対抗射線へと飛び出し、そして――


 また一つ、大きな衝撃音が鳴り響き、先程まで快活に、あるいは不敵に笑いを漏らしていた男、鳥居佐助の視界は暗転し、意識は唐突に閉ざされた。

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