第13話:寝所にて
「と、いうわけだ、イツァストル、頑張ってくれ!」
「頑張ってくれじゃねえんだよなぁ!?」
パトリピリとの謁見を済ませた後、執務室でアカテカトルとイツァストルの兄妹は顔を突き合わせていた。
「結婚とか聞いてなかったんだけど!?いつからそんな話出来てたんだよ!」
「まあ……水祭りの頃あたりかな……あの頃からお前も何かと有名になってたし……」
「マジかよ……せめて最初に知らせてくれるとかさ……」
「いや私も何度か声を掛けようと思ったが……最近はお前いつも護衛の連中の調練していただろう、私のこと避けてたし」
「自業自得ですな」
「ウッ」
ブツブツと文句を言うイツァストルに、アカテカトルの正論とアウェウェテの冷たい視線が突き刺さる。
実際のところ、最近アウィツォトルを使った戦法を開発するのに忙しくしていたのは事実だし、それについての小言だと思ってアカテカトルと顔を合わせるのはなるべく避けていたのだ。
かといって自分の与り知らぬところで婚姻の話が進んでいるのは溜まったものではない、また抗議すべく口を開こうとするイツァストルだったが、言うが早いかアカテカトルが口を開く。
「それにな、イツァストル、どちらにせよいつかは結婚しなければならないのだ。もう15歳だぞ、いつまでもダラダラと引き伸ばしてはおけまい」
「それは……」
同じ王家でも男と女の価値はまるで違う。
王を、国を継ぎ、民を守るのが王子であり、王女の役目は他国へと嫁ぎ国と国との繋がりを作ることだ。
それ故に幼い頃、生まれた時から嫁ぎ先が決まっているというのも少なくはない。
むしろ今まで微塵もそういった話の無かったイツァストルが遅すぎる程だ。
「ましてやシパクカルパンだぞ。あの国は今まさに隆盛を迎えている。今後も更に勢いに乗るだろう、今のうちに繋ぎを作っておけるのならば悪くない。」
「にしたって……あいつだぞ?」
イツァストルが頭を掻きながらじろりと見ると、アカテカトルもはあ、と溜息をつきながら頭を抱える。
「それは……まあ……確かに軽薄……チッ、いやなんだ、ちょっと腹の立つクソガキではあるが……な?」
「だろ~!?なんだアイツ俺様系だし、あの上から目線めちゃくちゃムカつくだろ!?」
「口が悪いですぞ王族兄妹」
露骨に眉間に皺をやり、舌打ちをするアカテカトルと、それに乗っかってパトリピリへの不満を垂らす妹イツァストルを、副王アウェウェテが窘める。
まったく……と、腕を組みながら呆れた表情を浮かべるアウェウェテは、尚も憮然とした表情を浮かべる二人の王族に続けた。
「よろしいですか?シパクカルパンの第一・第二王子は既に婚姻済み、更にあの第三王子パトリピリも既に成人を迎えております。この機を逃せばシパクカルパンと絆を深めるのは難しいでしょう」
重臣の子と婚姻する、あるいは王族の側室、というのも無くはないが、やはり正当な王家の血筋からすると一歩劣る。
万が一のことがあった際に、シパクカルパンからの援軍を求めても拒否されたり、切り捨てられたりということもあるだろう。
ましてやこのまま放置しておけば、アストルコと敵対する国との間に婚姻を結ばれる。ということも十分にあり得る。
現在アストルコは戦をしていないが、周辺には過去に怨恨のある国や、野心に燃える国もある。
ゴンサロ以外にも敵がいない、とは言い切れないのだ。
そうなった時にシパクカルパンと他国が結びつき、アストルコを攻められたらひとたまりもない。
国益を考えた場合、ここでパトリピリとイツァストルが婚姻しないメリットはほぼほぼ無い、どころかデメリットが大きいのだ。
アウェウェテは眼前で頭を抱えて机に突っ伏す兄妹に、その辺りをよくよく言い聞かせると、最後の確認、といった様子で問いかけた。
「さて、姫様、それでも結婚は嫌ですかな?」
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日が落ち、空の夕闇に月と400の星の兄弟達が瞬く頃、宮殿の一室に一人の神官が足を踏み入れた。
「失礼いたします。パトリピリ殿下、準備が整いました」
「うむ、思ったよりも遅かったが……それでは、我が愛しき妻の顔を拝みに行くとするか!」
パトリピリはそう言い放つと、神官の案内について宮殿内部をずんずんと進んでいく。
いくつかの部屋への出入り口が立ち並ぶ中、神官が一つの部屋の前で立ち止まり、頭を下げると、入り口に垂れ下がった飾り布をばさりと掻き分け、パトリピリ一人で部屋へと入る。
松明の灯に煌々と照らされた室内には、美しい模様と、様々な色の糸で織られた布が敷かれ、壁にもまた、豪奢な装飾が施されている。
その部屋の中央に置かれた寝台には今、シンプルながらもきめ細やかな上等な衣服に、金銀の美しい髪飾りを身に着けたイツァストルが腰掛けていた。
部屋に入ってきたパトリピリを確認すると、イツァストルは目を伏せながら、すう、と一つ息を吸って口を開く。
「ようこそ、パトリピリ殿下、お待ちしておりました」
「うむ、イツァストル様、俺としても再び美しい姫にお目にかかれることは至上の喜びというもの!感謝しようではないか!」
「ええ、そんな……私も殿下とお会い出来るのが楽しみで……」
言いながらイツァストルは顔をそむける。
内心微塵もそんなことを考えてはいないのだが、国交の為だ。
とにかく酒で酔わせつつ持ち上げてシパクカルパンの情報を貰いつつ、気持ちいい気分で帰ってもらおう。
「はっはっは!そうかそうか!まあ俺は天よりの才と美貌を与えられし、唯一無二の王子なれば、貴様が惹かれるというのも当然というものであろう!」
「ええ、パトリピリ殿下は確かに素敵なお方ですから、私もこうして正面から話すのも照れてしまって……」
「ははは、憂い奴め!」
上機嫌で笑みを浮かべながら、パトリピリはドカッと寝台に腰を降ろすと、イツァストルの肩へと腕を回す。
そのままイツァストルの顎に指をやると、その美しい顔立ちを堪能するかの如く、じっくりと顔を眺め出した。
「照れずとも良い、夫となるべき男の顔立ち、今のうちに存分に堪能するが良い」
自分の顔を情熱的な視線で見つめるパトリピリに、イツァストルは顔を赤らめながら視線を外すと、足元に置かれていた水瓶と、木製のコップを取り出す。
「そ、それよりも……先にこちらのお酒でも飲みながら互いのことを話しませんか?この酒はアストルコの名産でして――」
「いいや」
「殿下――」
イツァストルが酒を注ごうと瓶を傾けようとしたところで、腕をパトリピリの手が掴む。
そのままパトリピリが腕に力を籠めると、次の瞬間、瓶の割れる衝撃音と共に、イツァストルの体は寝台へと押し付けられていた。
「互いを知るのなら、何よりもまずこうするのが一番だとは思わないか?貴様も期待していたのだろう?」
「で、殿下……でも……」
「なぁに、今更心配することでもあるまい」
パトリピリは、上から覆いかぶさるような体勢でイツァストルの顔を見つめながらそう言うと、
すぐさまイツァストルの肩に手をやり、そこから服と肌の間へと手を伸ばす。
手が肌に触れる感覚に、イツァストルが体をピクリと反応させ、ギュッと目を閉じる様子に、パトリピリは満足気な表情を浮かべながらイツァストルへ顔を近づけ、囁きかける。
「どうした?体が熱いぞ?まだ酒も飲んでおらぬのだろうに……」
「ま……そん……」
「ふふ……ははは……!光栄に思うがいい、この俺に抱かれる、という名誉を得られることに――」
イツァストルの口から熱い吐息が漏れ、パトリピリの手が柔らかな乳房へと指を馳せようかというその時――
「ッダラァァ!!」
「ごふぅ!!?」
豪快な掛け声と共に、パトリピリの腹部へとイツァストルの膝が突き刺さった。
急な打撃に、腹を抑えながら呻くパトリピリを尻目に、イツァストルは寝台から立ち上がると、身を飾る装飾品を外し、床へと落とし始めた。
唖然とした表情で見つめるパトリピリの前で唸りながら髪を掻き揚げると、それまでの淑女然とした態度とはまるで違う男らしい口調で、不満げに叫び始める。
「やめだ!やめやめ!やってられっか!流石に無理だよバカ!何が悲しくてお前なんかに抱かれなきゃいけねぇんだ俺は!!」
「お……お前!?俺はシパクカルパンの第三王子だぞ!?そのことをわかって……」
「わかってるけど嫌だっつってんだ!馬鹿王子!どんだけ自分のこと褒めるんだお前!ナルシストにも程があるだろが!気持ち悪いわ!自分に抱かれる女がみんな幸せだとか頭お花畑か!?なぁ!?」
「な……!!?」
今しがた抱こうとしていたお淑やかな姫の豹変に狼狽えるパトリピリを他所に、イツァストルは怒涛の罵声を浴びせる。
イツァストルからしたら元から乗り気ではなかった上に、当のパトリピリの性格がこれまた絵にかいたような俺様系だ。
いつもは何だかんだで冷静なイツァストルも流石に耐えられなかった。
元男として男に口説かれながら抱かれるとかいざとなったら本気でちょっと嫌だったのだ。こればかりは仕方ない。
「……俺に抱かれる女がみんな幸せなわけではない……だと……ふ、ふふ……」
ふと目をやると、パトリピリはイツァストルの罵倒に身を震わせながら何かを呟いている。
しまった、同盟国の王子に流石に言い過ぎたか、と、今更ながら不安を覚えるイツァストルの前に、パトリピリも寝台から勢い良く飛び起きながら叫び出した。
「ならば、抱いた後で幸せにしてやれば良いだけのこと!ふはははは!良いぞ!王女イツァストル!」
「ああ!?」
「なるほど!要は俺の美しさを認めさせ、貴様を超える逞しさを見せつけ、貴様を組み敷かねば抱けぬというだけのこと!それでこそ一国の誇りある姫だとも!」
堂々と服を脱ぎ、高らかな笑い声を上げながら、腕を伸ばし、脚を伸ばし、と、体をほぐすパトリピリ。
しばらくして準備が整ったのだろう、その端正な顔をイツァストルに向けると、腹に力を入れて両手を構える。
「貴様に勝たねば抱けない……というのならば……俺は戦士として打ち勝って貴様を堂々と抱いて見せよう!行くぞォォ!!」
「よーし!かかってこいや!!ブッ殺したらぁぁ!!!」
かくしてとある雨季の夜、しっとりと湿った空気の中、宮殿の一室からは夜通し激しく体をぶつけ合う音が響いたのだった。
書き溜め分が終わったので今後は週刊更新くらいのペースになるかと思います。




