第一章 5話
宿屋に入り俺は今日の出来事を整理すべく洗面所に向かった。この宿屋が金貨十枚。通貨の価値は大体理解できて来た。ただこの世界でどうやって稼げばいい物かとも悩んだりする。最初に女神ステラから貰ったであろう軍資金は限りがある。ましてこの夢の世界から一人の少女、高田瑞枝を探し出すことが出来るのだろうか。期限は7日間。この期限は俺の寿命でもある。時間の流れは現実世界、俺が病院のベッドで昏睡状態にある肉体がある世界とどれくらい時間の差はあるのだろうか。
何気なく会話をしていたけれど、どうやらこの夢の世界や女神ステラには日本語が通じるらしい。言葉の壁で悩む必要はないのは良かったと言える。まぁ、この夢の世界は高田瑞枝、日本人の見ている夢だからそうなのかも知れない。女神ステラは例外化も知れないけれど。
とりあえず洗面所に立ち、鏡で髪を整える。さっき理髪店で整えてもらったが、このふっさふさの髪はとても気に入っている。チートだか能力だか知らないけれど、髪は切実な願いだったから。この厚さがあってボリューミーの髪。幼少期から憧れたものだ。先ほど整えてもらったが、もうすぐ寝ることだし髪の手入れを始める。やっぱり自分の髪だ。今でも信じられない。指の間から通る髪の感触に酔いしれる。いろんな髪形を試してみて、しっくりくるものを選んでみる。今まで強引に横から髪をもってきて、頭頂部を隠す必要もない。七三分け? いや、頭頂部を隠す必要がないからそんなことをする必要もない。中分け? 頭頂部で分けても全然違和感がない。オールバック? おでこが出舞くなってるので、これもなかなかいい。理髪店で貰った櫛で整えてみる。
「よし!」
「……酔いしれて、本題忘れてませんよね?」
「うぉ!」
俺の背後からそーっと近づいて来た女神ステラが鏡の中に移りこむ。俺はびっくりして変な声を上げてしまう。いつの間にこの宿屋の部屋に入ったのだろうか? いや、女神だしここは高田瑞枝が見る夢の世界だからそう言う事も簡単なのかも知れない。
「心配になって身に来たら、案の定酔いしれてましたね。まぁ、『意識の境界』であれほど熱い議論をした結果ですから、所が無いでしょうけど。それに私もあの時は能力の選択で時間を取られてしまったので、細かいお話が出来なかったので、申し訳ないです。ここで少しお話させていただきますね」
「……どうも」
「まず、ここは高田瑞枝の夢の世界。夢の世界であれ、ここで死ねば魂も死を迎えます。なので、本当の死になることは覚えておいてください。ここまではお話しした内容ですよね?」
「そうだな。そして、この世界で高田瑞枝を見つけて目を覚まさせる。それが使命だと。それで俺に特別な力を託そうとした。って、話だったよな?」
「はい。まぁ、其の特別な力と言うものを貴方は『髪の毛』と言ったので、そうさせていただきましたけどね……」
女神ステラは、ため息交じりの呆れた表情でその話をする。一度話したとは言え、よく見ると美人だと思う。顔だちもよく、瞳と髪色は蒼。白のワンピースに手には杖を持っている。見た目の歳は今の俺と同じ十八歳程度だろうか? こうしてみていると、見惚れてしまう暗いの美人だ。
「……私の顔に何かついてます?」
「いや、見惚れてただけだ」
「!?」
女神ステラは急に顔を赤らめる。なんだか可愛い。とはいえ、私の子供位の姿なので、精神年齢的に五十八歳の私はときめくことは無いけれど。
「お、おだてても、何も出ませんからね!!」
「はいはい、わかったから。続きは?」
「そうでした。明日には仲間を夢の世界に呼べそうです。隣の町に喚起する予定なので、明日はそちらに向かってください。おそらくその仲間と会うことで、高田瑞枝に近づくことが出来ると思います」
「なぜそう言い切れるんだ?」
「これから呼ぶのは、彼女、高田瑞枝の幼馴染二人です。その二人ならきっと高田瑞枝の思考を読むことが出来るでしょう。なのである程度は高田瑞枝がどこにいるかは予測できると思うのです」
「ずいぶんと安直な作戦だな。本当にそれでこの世界から七日で。いやあと六日で見つけ出せるのか?」
「分かりません。私はただ貴方に望みを託したまでです。あとの六日間でどう動くかは貴方次第です。実際問題として六日間という期限は貴方だけにあるのですから」
「……分かった」
「それと、次に送る二人は彼女、高田瑞枝の意識を取り戻すためのキーになるでしょう。これは断言します。会えた時に彼女の意識に語り掛けられるのは、この二人だけでしょうから。それ以外に質問はありますか?」
「そうだな……金銭の調達はどうしたらいいんだ? 今の手持ちでは後の六日間をどうすごすにも足りないんだが」
「それは徘徊する魔物を倒せば、金銭を落とします。彼女、高田瑞枝が作ったこの世界ではそのようなルールになっているようです。討伐報酬のようなもの。そうみたいです。他にはありますか?」
「今のところはないかな。そういえば、女神様と話ができる機会はどれくらいあるんだ? また質問したいことが出来たら聞きたいのだが」
「それは問題ありません。私が必要と感じた時に姿を出しますし、貴方が必要とした時であれば……そうですね、このペンダントを差し上げます。それに私を呼ぶように念じれば、私は貴方の元に駆け付けます」
「分かった。ありがとう」
女神ステラからペンダントを受け取り首に巻いてみる。そのペンダントには赤い意志が組み込まれており、もうすぐ落ちる夕日の光を浴びて静かな輝きを放っている。これは俺にとってはお守りのようなものかも知れない。大事にしよう。それにしても、女神ステラの様子が少々おかしい。黙って何か言いたげにこちらを見ている。
「……」
「ん? まだ何かあるのか?」
「あ、いえ。その髪型……かっこいいです」
「え?」
「い、いえ! それでは失礼します!!」
顔を赤らめながら女神ステラは、杖に次力を籠め光を纏い消えていった。
俺は髪型を褒められて、満足しながらその夜を過ごした。