第一章 4話
荷馬車に揺られること半刻。村に到着し荷馬車の男性にお礼をして、村に繰り出す。俺にはまずやることがある。そう、あれだ。村人に目的の場所を聞くのに近くを通りかかった女性を呼び止めた。
「あのぉ、すみません」
「あら、見かけない顔ね。旅人ですか?」
「まぁ、そんなところです。ところでここには理髪店はありますか?」
「ええ、ありますよ」
丁寧に道を教えてもらい、俺の目的地に行く。そう……夢にまで見た理髪店。今までは理髪店に行っても、どこまで切れば良いのか理容師を迷わせたものだった。切った後、申し訳なさそうに鏡を見せてくることもあった。そんな屈辱。歳も過ぎていった頃にはもう理髪店でのやり取りも鬱陶しく感じるようになって、妻にそろえてもらうようになっていた。
そうだ、俺の本当の体は瀕死の状態になっているはずだ。妻や子供はさぞ心配しているのではなかろうか。でももう俺には残された命は七日しかないのだから。本当であれば家族に別れを言いたかった。それは今でも悔やまれる。
でも、それ以上に興味があるのは理髪店の反応に傾いてしまっており、少しだけ自身の冷たさを感じてしまう。
そして理髪店の前に行き、深呼吸してから扉を開ける。村ではあるが過去に行っていた理髪店とさほど変わりはしなかった。
「いらっしゃいませ!」
理容師からの応対に俺は少したじろぐ。いや、今の状態ではたじろぐ必要はない。だって今では女神ステラから貰った、ふっさふさの髪の毛があるのだから。私は胸を張って理容師に注文をする。
「整えてください」
「分かりました!」
理容師の反応は良い。今まで受けてきた屈辱的な対応とは違う。俺は心から喜んだ。今まで入り辛かった理髪店に入れたのだから。心が弾む。案内されて椅子に座り、前掛けを付けられる。そういえば、過去に理髪店に行った時には、こんなのかけてもらわずにちょっとだけかっとしてもらったっけ。そんなネガティブな事を思い出す。
「そんなに伸びてないようなので、ちょっとだけ切りますね。よろしいでしょうか?」
「はい、お願いします!」
胸をときめかせながら、鏡を目をらんらんとしながらガン見する。その様子を理容師は不思議そうに見つめながら、俺の髪にハサミを入れる。ジャリ、ジャリと軽快な音で俺の髪は切り落とされていく。細かく切り落とされる俺の髪の毛。新鮮な感触だった。今まで経験をしたことが無い感触。それに酔いしれていた。こんなに髪を切ってもらえる感触が気持ちいいものとは知らないでいた。その心地よさに私はうとうとしていると、カットが終わる。理容師は鏡を取り出して俺に見せる。
「いかがでしょうか?」
合わせ鏡で出来栄えを見せてくれる理容師。後ろから見せられても、髪の毛はふっさふさだった。気分が良かった。
「はい、ありがとうございます!」
「あ、追加料金になりますが、髪の毛も洗いますか?」
「はい! 是非!」
さらに俺の心が躍る。誰かに髪を洗ってくれるなんて経験したことが無かったから。洗面台に顔を近づけるように促されて、体を倒す。そして水の感触と泡の感触、髪を洗ってもらう感触を堪能する。今まで経験したことが無い感触。幸せだった。そして髪も洗い終わり体を起こすと、タオルでわしわしと髪の毛から水気を抜いていく。たまらなかった。そして整髪剤を付けてもらう。頭皮にさわやかな感触が残る。至福の時だった。
「はい、終わりました!」
「ありがとうございます! すごくいい経験をさせていただきました!」
その言葉に理容師の頭の中ではてなマークが大量生産されただろう。でも俺は本当に満足しているのだから。その気持ちだけは伝わってほしい。
「では、全部で銀貨十枚になります」
貨幣価値は分からないけど、手持ちに持たされた中身からすると、少々お高かったようだ。俺は銀貨を取り出し理髪師に手渡した。
さわやかな気持ちで理髪店を後にする。なんてすがすがしいんだろう。髪があると言う事は。温かな風に俺の髪がなびいた。とりあえず今日の所は宿屋を探し、今日の拠点にすることにした。