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第一章 3話

 ステラが作ったゲートと言うものを潜ると、俺の体は光に吸い込まれた。そして俺の体も輝きだした。そして、意識は遠のいていく。本当に、ふっさふさの髪の毛を手にすることが出来るのだろうか。そんな期待と不安を抱きながら、俺の意識は消えた。

 そして。俺は意識を取り戻して目を見開くと、青い空と白い雲が見えた。穏やかな風が俺の頬を撫でる。川の傍なのか水の音と匂いがする。心地良く温かな風に暫し体を委ねていると、妙な違和感が頭にある。風……髪……。俺はハッとして起き上がり、手を頭に恐る恐る差し伸べる。髪の毛……ある!? さっきの違和感は今まで俺が感じたことが無かった『髪が風になびく』感覚だろう。髪が沢山、ふっさふさとある感触に浸る。そうだ。近くに川があるはず。俺は立ち上がると辺りを見渡した。

 俺が横たわっていたのは川そばの草原らしく、少し歩けばその川まで行ける距離にあった。俺の頭、どうなっているんだろう? 興味はそこにしかなくなっていた。恐る恐る川に近づき、川のそばで立ち止まる。目を閉じ深呼吸して川にかがみこむ。

 すると、川の水面に映し出された姿は、ふっさふさの髪の毛を持った青年だった。映し出された姿をみて、俺はもう一度そっと頭に手を持って行く。水面に映ったその姿も同調して動く。当たり前と思われるかも知れないが、その映った姿が本当に自分なのかをにわかに信じられなかったから。手の感触もふっさふさしてる。切望した願い……叶ったことを実感した瞬間だった。

「ひゃっほう!!」

 俺は大声で奇声を上げる。嬉しかった。本当に嬉しかった。奇声を上げて飛び跳ねる。俺は髪の毛があることに狂喜乱舞した。念願の髪の毛。幼少期から弄られまくった毛髪。生まれて初めて感じた感触に暫く酔いしれた。

「お、おれの髪の毛~!! ふっさふさ~!!」

 今度は水を掬い、顔を洗う。そして髪も濡らす。水気を帯びた髪の毛の重みも心地よい。首を振ると髪から水が滴る。この感触! 今まで経験したことが無い感触! 手櫛でわしわしと髪を洗ってみる。ふわっとした感触。とっても嬉しい!

 ……ふと、我に返り、状況整理をしていないことに気が付く。ここは高田瑞枝の夢の世界。そこに投げ出されたのだから今後の方針などを考えなければならない。俺はもう一度川の水面で自身の姿を確認する。やっぱり立派な髪の毛。暫し見惚れる。いやいや、そうじゃなくて。

「よく見ると若いころの自分だな」

 顔の形を確認する。そう髪の毛に集中してしまったので、自身の顔がどうなってるか確認をしてなかったのだ。女神ステラが言うには十八歳にしてると言っていた気がする。その時も薄毛だったので、水面に映る姿がにわかに若返った自分自身であることに気が付かないでいた。本当なら五十八歳の私だ。若返ったほうが喜ぶはずだが、本当に薄毛に悩まされていたので、そっちは後回しになっていた。身体もとても軽く感じる。やっぱり若いって良いな。に、しても。髪があれば俺って結構かっこよかったんだな。そんな想いに耽る。っと、耽ってる場合ではない。

 次に身の回りを見てみる。服は中世風の姿でズボンは薄い緑、上は薄い茶色。胸を守るためのプレートを身に着けていた。腰には鞘に収まった剣が付けられている。俺はその剣を鞘から取り出し、眺めてみる。もしかしたら業物なのだろうか? その剣の光沢はとても奇麗で磨き上げられている。鋭さもあるようなので、なまくらではなくしっかりと戦闘になっても使えるものだと思う。あとポーチの中には瓶に入れられた薬と思われるものが三つと、通貨と思わしき硬貨が数十枚入っていた。

 多分、ゲームみたいな世界なんだと思われるが、残念ながら私はゲームをほとんどやらない。世代的にもやっている人は少ないだろう。かといってゲーム知識が皆無というわけではない。子供と一緒にゲームをやったり遊んだりしたことはある。何本かRPGというジャンルのゲームだってやった事もある。だからこの薬もきっと「ポーション」と言うもので合っていると思う。

 それと現在の状況。それも知識皆無というわけではない。異世界転生と言う言葉だけは聞いたことがある。きっと私の子供世代ならこの状況を楽しんだに違いない。いや、私も十分楽しい。なんといっても、髪の毛があるのだから。髪の毛さえあれば負ける気がしない。俺はそう思った。

「それと……」

 とりあえず、一人でこのあたりに留まっているわけにはいかないだろう。もしかすると魔物に襲われるかもしれない。いるとするならの話しではあるけれど。俺は辺りをもう一度見渡す。よくよく辺りを見ると、川には橋が架かっており、そこには道が通っていた。俺は濡れ髪のまま橋の上まで歩みを進めた。道なりに目を送ると、太陽のある方角に集落が見えた。村だろうか? ちょっと距離がありそうだけど、日が落ちる前にはたどり着くだろう。

 そう思案を巡らせながら橋を渡っていると、大きな足音らしき音と引きずるような音が後ろから聞こえてきた。恐らく馬車なのだろうか? 振り向いてみるとやはり馬車だった。その馬車は俺の前で止まり男性が降りてきた。そして俺を見て驚いた様子で話しかけてくる。

「大丈夫ですか? 川に落ちた……わけではなさそうですね? 服は濡れてませんし」

 俺の濡れ髪を見て川に落ちたのと勘違いをしたらしい。なんか、髪が濡れているのがしっかり分かってもらえるというのは嬉しいと感じる。やっぱり髪をお願いして正解だったんじゃないかと今は思う。いや、それよりも現状打破のため、馬車にのせてもらえると助かる。挨拶と交えて交渉をする。

「ありがとうございます。いえ、ちょっと水を浴びただけですので大丈夫です。それで……差し支えなければなんですが、あの村に行こうと思ってたのですが、一緒にのせてもらえると助かるのですが」

 ダメもとで話をしてみる。普通だったらこんな不審者を馬車に同行させることは無いだろう。言ってしまってから若干後悔をする。しかし、男性の反応は意外だった。

「ええ、私もあの村に行くところですから。大丈夫ですよ、困ったときはお互い様ですから。荷台でも大丈夫ですか? 客人用の馬車では無いので」

 嬉しい反応だった。荷台でも歩くよりはマシ。男性に感謝をして荷台に乗せてもらうことにした。そして村まで馬車の荷台で揺られながら、のんびりとした時間を過ごした。

 温かな風が濡れた髪を撫でる。そして濡れた髪は徐々に乾いていき、心地よい風を受けてなびく。

 この感触に幸せを感じた。


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