第一章 1話
現在の俺は58歳。もう少ししたら定年を迎える時期に差し掛かってきている。子供たちはもう社会人となり、孫まで見せてもらった。
「そろそろ思い残すことは無いかな」
そう一人でつぶやく。実際に今の職場を離れてしまったら、やる事なんてない。仕事一筋だったから、家族の事も顧みれなかったのが少し悔やまれる。
それでも子供たちや妻は、俺の事を見捨てたりはしなく、むしろ支えてくれた。
今振り返ればとても充実した人生だったと思う。
「……なんでこんなこと考えるんだろうな」
ちょっとほくそ笑む。
自分が死ぬなんてまだ先の事。定年だってまだ先なのだから。
でも、幸せのまま死ぬのは憧れる。
今日も鏡とにらめっこしながら朝の準備をしている。
まぁ……しいて言えばコンプレックスのあるところは、薄毛。いや禿と言っていいのかも知れない。鏡を見るたびに切なくなる。育毛剤のセットで、しみこませるためにトントンと付属のブラシで毛根を刺激する。でも最近思うのはこの行為で、毛根が死んでいるような感じも受けてしまう。
俺は幼い時から薄毛を気にしていた。
小学校からもそれがもとでイジメられたものだった。
社会人になっても、その髪の毛のせいか、ずっと年上にみられるようになった。
そして、今でも席を電車で譲られるという、その好意を受けてしまう。
本当はそんな歳ではないのに。
髪の毛のセットも終わり、妻に挨拶をしてから出勤する。
いつもの日常。そんな日であることに疑いは持たなかった。
でも、その日は違った。
横断歩道で赤信号で止まって居る時。よそ見かわき見かわからないが、トラックが歩道めがけて走ってきたのだった。
俺は慌てて逃げようとしたが、一人高校の制服を着た女の子が気が付いていない。
俺の体は自然と動き、咄嗟にその女の子をかばった。
そして……無情にもトラックは俺たちの方に突っ込んできて、俺は大きな衝撃を感じた。
そこで俺の意識は途絶えてしまった。