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第三話 俺は大好きな人の手料理を食べる


 夕食はそれからすぐに出来上がった。

 ごはんが炊き上がる時間に合わせ、料理を開始した夏希。

 ……さすがに、手慣れているなと思った。


 ごはんが炊き終わってから少しして、料理は出来上がった。

 俺はテーブルをふき、皿を並べ、箸を用意する。


 それらの準備をしていると、夏希が料理を持ってきてくれた。

 野菜炒めと豚肉の生姜焼き。

 ……まるで俺の思考が読まれたかのようなメニューだった。


 滅茶苦茶おいしそうな料理だ。

 ……というか、これから俺は大好きな女性が作った料理を口にすることになるのか。

 とたんに緊張してきてしまった。


 心臓の音が夏希にまで届くんじゃなかろうかと思うほどであり、俺は必死に表情を引き締めた。

 どれだけ体内が騒がしくても、あくまで体内。

 外に漏れないようにすればいいだけだ。


 必死に表情を引き締めていたおかげで、特に夏希に疑われている様子もなかった。

 ……さっきの料理で彼女からの評価は下がっている。

 これ以上夏希に嫌われるわけにはいかない。すでに今は好感度的に見れば0なのかもしれないが、マイナスに行かないようにな。


 ごはんをよそい、俺たちは二人両手を合わせて夕食を食べ始めた。

 ――滅茶苦茶うまかった。

 母の作る料理よりもうまいかもしれない。こんなことを言えば、母に二度と作らんと言われるかもしれないが、そう思えるほどに。


 きっと好きな女性の手料理だからなんだ。

 俺はパクパクと口に料理を運んでいく。

 ……何も言わずに食べるのはいけないだろう。さっき、料理がうまいなといったときは散々に睨まれてしまったが、だからといって怯むわけにはいかない。


 彼女に少しでも好意的にとってもらえるように、俺はできる限りの笑顔で伝えることにした。


「おいしいな」


 ……頬が引きつっていたのが分かる。

 好きな女性の前で笑うということが、これほど大変なことだとは思わなかった。

 ……笑顔が気持ち悪いって言われたらどうしよう。

 「人の顔見て勝手に笑顔になるな」、「こいつ私の顔見てニヤニヤしている」……なんて思われたらどうしよう。

 ちらと夏希を見ると、


「ありがとうございます」


 ……どうやら、失敗のようだ。夏希の表情は険しかった。

 ……あーくそ。

 「うまっ!」とか、母の作った料理に言うのは簡単なのだが、相手が夏希に変わった瞬間にこれだ。


 自分の情けなさに軽く絶望しながら、俺は食事を続けていく。


 ちら、と夏希の様子を伺うと……彼女はため息をついていた。

 ……な、なんだその反応は!? 表情を見る。いつもの険しい無表情気味の表情とたいして変わらない。

 そして、このため息。


 ……俺の褒め方が悪かったのだろうか? そうとしか思えない。

 ……可能性があるとれば、「おいしいな」という言葉。

 確かに、今思うとこれは最悪なんだと思った。


 だって、「おいしいな」ってありきたりすぎるだろう。

 それこそグルメリポーターばりに詳細に念入りに伝えたほうがよかったのだろうか? いや、それはそれで「くどい」と否定される未来も想像できるが……。


 とにかく、「おいしいな」という言葉だけでは足りなかったようだ。

 ……せめて、もう少しくらい掘り下げて伝えるべきだったのかもしれない。

 だからといって、今更訂正するように伝えるのは愚の骨頂だろう。


 夏希は賢い。俺のそんな浅はかな考えなど即座に見破り、さらに俺を嫌うかもしれない。

 目つきは、相変わらず鋭かった。

 俺は彼女の視線にさらされながら、小さく息を吐く。

 

 ……今日はまだ初日だが、ここまでまったくもってうまくいっていない。

 好かれるどころか、さらに嫌われてしまっている気がした。

 本当に、俺はいつから彼女に嫌われてしまったのだろうか。


 ――いや、ダメだな。

 あまり落ち込んでばかりもいられない。

 今、こうして二人で生活できるようになったのは、神様がくれたチャンスなのだ。


 別に恋人同士になりたいとかそんなおこがましいことは考えない。


 いや、もちろん、なれるのならなりたいけどさ。

 ただ……せめて、昔くらいの気軽に話せるような関係までは戻したい。

 ……原因は俺にあるんだろうけどな。


 夏希を意識しすぎてしまって、まともに話せない。

 ついつい、思ったことをそのまま口に出してしまう。良いことも、悪いことも。

 だからきっと、俺は無意識に彼女を傷つけるようなことを言ってしまったんだろうな、と思う。


 クラスのリア充たちは、それはもうユーモアにあふれた愉快な話を繰り広げているというのに、俺はまったくもってそういう話題の振り方ができなかった。

 ……そのあたり、改善しないとなのだろうが、一日二日でできるなら苦労はしない。


 夏希はその点が俺とは真逆だった。彼女は周りの生徒に合わせ、面白い返しができるし、俺が聞いていてつまらないなと思える話にもしっかりと受け答えしていた。

 凄いな、と思えた。


 憧れてばかりではダメだな。

 ……とりあえず、日常的な会話ができるように頑張ろうか。



 



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