恋とはそんなもの
初投稿作品の上、ゆるふわ設定となりますので、温かい目で見ていただけると幸いです。
「リル、君に言っておかなければならないことがある」
初夏の爽やかな風が吹き抜ける庭園で、神妙な面持ちでそう切り出したのは、私、リーデル・ロットワイヤー伯爵令嬢の一つ年上の婚約者であるログウェスト・ハンブルク子爵子息。
ログウェストは、いつもなら傍に控えているメイドや執事を下がらせ、額に一筋の汗を光らせながら覚悟を決めた目で私を見る。
「私は、君を女性として愛することはできない。
それは、これからどれだけ君と時間を重ねても変わらないだろう」
「…え、」
「私は、」
そこで言葉を切るとログウェストは、見てわかるほどゴクリと喉仏を上下させ生唾を飲み込み、私から視線を逸らした。
「…男が好きなんだ」
リーデル、齢10歳の夏だった。
私には前世の記憶がある。かといってこの世界を知っているというわけでもないので、その記憶が何かに特別役立つということもなく、普通の子より少し大人びた子どもといった程度の私は両親や祖父母に愛され育ってきた。
そんな私がログウェストと婚約したのは、7歳の頃だった。
プラチナブロンドの少し癖のある柔らかな髪にきめ細かな肌、少しタレ目な新緑の瞳は優しい光をたたえているのに、どこか全てを諦めたような雰囲気のある儚い美少年。彼が私の婚約者と知ったときは、喜びよりも先に女子としての焦りを感じたほどだ。
それから、優しく穏やかなログウェストとは段々と打ち解けていき、彼はよく笑顔を見せてくれるようになった。私たちの間に燃えるような恋や愛などの感情ははないかもしれないが、これから彼と二人でお互いを支え合っていくんだという穏やかな幸福に私は何の不満を感じることなく、婚約して三年が過ぎた。
そして起こったのが、冒頭の出来事。
久しぶりに会えた彼に会えなかった間のことをどう話そうか、そんなことばかり考えていた私には、あまりに突然な出来事だった。
ショックだった。
そして、これほどまでにショックを受けている自分に驚き、自覚した。
私は、彼が好きなのだ。
それからのことはよく覚えていない。
だけど、動揺を悟られないように握りしめていた手の痛みが、これが現実だということを私に思い知らせていた。
あの時、私は笑えていただろうか。
部屋に戻った私は、声を押し殺して泣いた。
気が付くのが遅すぎた恋の終わりに、泣き続けた。
あまりに緩やかな恋に私は自分の気持ちに名前を付けずに、その関係に甘えていたのだ。
何も知らずに隣で笑う私を見て、彼はどれほど苦しんだろう。
決して愛することはない婚約者に彼はどのような気持ちで接していたのだろう。
いくら考えても答えが出るはずもない。
あれから四年。私は今日、入学式を迎える。
貴族の子息令嬢は14歳になると交流の場という意味も含め、男女共学で学園に通うことになる。
私も例外ではなく、学園に入学するまでに徹底的にマナーを教え込まれ、先生のお墨付きをもらえるほどになった私はお茶会で出来た友達と一緒に学園での生活を楽しみにしていた。
ただ一つ、気にかかることと言えば、私より一年早く学園に入学したログウェストのことだ。
彼とはあの四年前の出来事以来、疎遠になっている。
あの時散々泣いた私はその後気持ちを切り替えて彼の良き心のパートナーとしてやっていこうと、決意を新たに彼に接触を図ったのだが、彼の方が私を見る度に美しい顔を悲しげに歪ませ、避けるようになってしまったのだ。
婚約解消を考えなかったわけではない。
たけど、どうあがいても私は彼が好きなのだ。
そんな中、入学式でばったり会ってしまったら…と考えていた私に後ろから声が掛かる。
「リーデル様、ご機嫌よう」
「…マリアンヌ様、ご機嫌よう。入学おめでとうございます」
「ありがとうございます。リーデル様も入学おめでとうございますわ」
お互い淑女の笑みを浮かべ、お祝いの言葉を交わし、見つめ合う。
「「・・・・っぷ、うふふ」」
しかし、それも長くは続かず、私たちは笑ってしまう。
彼女、マリアンヌ・オルデット伯爵令嬢は11歳の頃、お茶会で知り合い、そのまま意気投合し友達となった今では親友とも呼べる相手だ。普段は気安い言葉遣いでお喋りをするせいか、お互い相手に対し畏まった話し方をするとつい、おかしくなって笑ってしまうのだ。
「ふふふ、本当によかったわ!リルと同じクラスになれて」
「私こそマリーと同じクラスになれなかったらどうしようって、ずっと考えていたのよ?」
「でもまさか寮の部屋まで隣同士なんて、これからお喋りし放題で私、学園生活が楽しみでしょうがないわ」
桃色の頬を緩めて本当に嬉しそうに笑うマリーは、女の私から見ても本当にかわいい。
緩やかにウェーブした金色の柔らかい髪に、零れ落ちそうな青い目、本人はコンプレックスに思っている丸い輪郭は彼女をより一層お人形のように見せ、しかし見た目に反して少しお転婆なところがあるマリーに私は苦笑しながら、ついつい可愛くて許してしまうのだ。
「ジェリーも来年入学だけど、一緒に入学したかった!って騒いでいたわ」
「その時は先輩らしくいられるよう、私たちも頑張らないとね」
ジェリーこと、ジェリーナ・ヨハンソン子爵令嬢は、私とマリーが友達になって2回目のお茶会の際に出会った、この国では珍しい綺麗な黒髪に緑色の猫目、すらりと伸びた手足が美しい一つ年下の少女だ。
とても頭が良く、回転が速いので、よく男の子を言い負かしているせいか周りからは少し浮いていて、黒髪に懐かしさを覚えた私が声を掛けたことがきっかけで仲良くなったのだ。
私?私はと言えば、栗色の癖のない真っ直ぐな髪に、おばあ様譲りの菫色の目、お父様もお母さま美しい人だから私もそこそこ顔立ちは整っていると思うが、二人ほど特出した美しさがあるというわけでもなく言ってしまえばきれいなモブというレベルだろう。
三人とも性格も見た目もバラバラだが、私たちはお互いの家を行き来し、時にはお泊りをして夜更けまでお喋りで盛り上がり、美容やメイク、可愛い洋服に美味しいお菓子、素敵な男性との恋に夢見る普通の女の子で、大切な友人だ。
彼女たちがいれば、きっと学園生活も楽しくなる。
私は前を見て大きく一歩を踏み出し、学園の門をくぐった。
薄暗い部屋のカーテンの隙間から、入学式に臨む生徒たちを見下ろす。
その中で凛と前を向き歩く一人の令嬢を見つける。
リル、私の大切な婚約者。
久しぶりに見た彼女は、昔の愛らしい面影を残しながらも、美しい女性に成長しつつある。
彼女を見る度に愛おしさと苦しさが胸に込み上げてきて、今にでも彼女のもとへ駆けつけて、全てを打ち明けて許しを請い、許されるならばその細い身体を抱きしめて、二度と離さない。
そんな叶わぬ想いに目を逸らし、思い出すのは、もう戻ることのない温かな日々。
初めて会った日、少し緊張した面持ちで精一杯の笑顔を浮かべて自己紹介をするリル。
少し打ち解けてきて、会えなかった間の出来事を一生懸命頬を染めて話すリル。
手作りのマフィンを食べる私を心配そうに見つめ、美味しいと言えば嬉しそうに笑うリル。
体調の不調を隠す私をすぐに見抜いて、顔を真っ赤にしながら膝枕をしてくれたリル。
しばらく会えない日が続き、久しぶりに訪れた私に少し拗ねながらも会いたかったと言ってくれたリル。
あの日、最低な嘘をついた私を、責めもせず、それを受け入れた上でパートナーでいようと言ってくれたリル。
あの時の、彼女の顔が忘れられない。
最低だと、不潔だと、責めてくれれば良かったのに。
全て私のせいにして婚約を解消すると望んでくれれば良かったのに。
私の手の届かないところで、私のことなど忘れて笑っていてくれれば良かったのに。
どうして、どうして、笑ったんだ。
あんなに泣きそうな顔で。
こんな汚れた身体じゃ、君を抱きしめることもできないのに。
胸が張り裂けそうになる。
これが私に対する罰というのならば、
あまりに、辛すぎる。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
続きがあるようか終わり方ですが、思い付きで書かせていただいたので今のところ続きはございません。少しでも面白いと思っていただければ幸いです。