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リリーのスープ

「すみませんイズハさん、こんな粗末なもので」

「いや、別にいい。空腹が満たせればなんでも」


 俺は今リリーの家でパンとスープをご馳走になっている。本当は彼女のオススメのお店に行く予定だったのだが、どうやら財布事情が厳しかったようだ。

 テレパシーを使わなくても財布を覗き混んだ彼女の顔だけで把握できた辺り、本当に追い詰められているのだろう。

 異世界とはいえやはりパンはパンで、特別美味しいわけでも不味いわけでもない。少し茶色っぽいのが気になるが、恐らく質が低いかこれが普通なんだろう。

 半面スープはなかなか美味い。ニンジンや玉ねぎなど野菜だけが入ったシンプルものだが、これで美味いということはそれだけ味付けが上手いということだ。

「今度お金が入ったらご馳走しますから……。今はこれで勘弁してください」

「ご馳走なんて無理するな、それにこのスープの味付けは結構好きだな」

「本当ですか! 気にいってもらえて何よりです! まぁ確かにその野菜スープの味付けには少々こだわりがあってですね、まず……」


 リリーの中で何か変なスイッチが入ったのか、熱のこもった声でスープについて語りだした。

 スープだけに“熱い”講話を聞き流しながら、部屋の中を見渡す。決して広くはないが、年齢的には俺と大して変わらない少女が一軒家とはなかなか贅沢だな。

 それなのにお金がないのか? なんだか矛盾というか違和感というか、まぁ気にするだけ無駄か。


「……それで煮込む時間の研究も重ねてですね、1分単位で変えてみたりして……」


 いやスープ語り長っ。これは放っておいたら一人で延々と話し続けそうだな、いい加減ストップをかけておくか、聞きたいこともあるし。

「そういえばお前はあんなところで何をしてたんだ?」

「え? あぁ平原ですか? ギルドの依頼を受けて、薬草を取りに行ってました」


 ギルド……まぁ異世界だもんな、あって当然か。むしろ今時ギルドのない異世界の方が珍しいだろう、それでギルドで冒険者でチートでハーレムだろ? 見飽きてる。

「薬草か、聞いたことはあるけど実際に見たことはないな。どういう物なんだ?」

「そうですね……今回依頼されたのは“マシュマシュ草”っていう白くて柔らかい実をつけた薬草で、平原の特に開けた何もないところにたまに生えてるんです。薬にすると筋肉の緊張をほぐして疲労を回復する効果がありますし、そのまま食べても甘くて美味しいので携帯食料なんかにも重宝されています。他にも茹でた後に絞った汁を蒸発させれば、少量ですが砂糖が採れたりします」


 おや、先ほどのまでのポンコツがどうしたことか、打って変わってスラスラと辞書を引くように情報が出てきた。誰だお前、今の間に誰と入れ替わった。


「なんだかやけに詳しいな、それともこの世界では常識なのか?」

「いえ、自慢じゃありませんが、知識量だけなら自信がありますので!」


 自慢げに踏ん反り返るリリー、ドヤ顔が微妙に腹立つな。目を逸らしつつ部屋をもう一度見渡してみると、知識量への自信を裏付けるように部屋のあちこちに本が積み重なっている。

 手近にあった本を一冊手に取りページをめくると、一つ一つのページに折り目が付いていた。

「ここにある本の内容は大体把握してますから、何だったら問題を出してもらっても……」

「いやいい、もうドヤ顔を見るのはごめんだ」

「そんなぁ、せっかくの自慢の種が……」

 そう言ってしょんぼり項垂れるリリー、いちいち考えてることが分かりやすいな。


「ただ草取りするだけであんなピンチになるものか? 普通」

「まぁ普通ならなりませんが、なにせ反撃手段がないもので」

 手段がない? あんな立派な木の棒もとい杖を持ちながら魔法とか使えないのか? ゴブリンだって魔法を使っていたのに。

「攻撃魔法とか使えないのか?」


 疑問をそのままぶつけると、リリーが痛いところを突かれたように表情を強張らせた。


「私、攻撃魔法の適性が全く無いんです」


 聞いてみるとこの世界の魔法には『赤・青・黄・茶・緑・白・黒』の7つの属性があり、またそれぞれの属性に適応しない魔法は使うことができないらしい。


「しかし教会で調べてもらった結果、私はどれにも当てはまらなかったんです」

「何色だったんだ?」

「桃色でした。最初は赤か白と見間違えたんじゃないかという話になって何度も調べてみたのですが、結局桃色のまま変わらなかったんです」


 最初のうちは、もしかすると赤と白の両方が使える希少な魔力なのかもしれない、と張り切っていた。しかし成長して魔法を覚えられるようになり、そこで初めて気づいたらしい。


「私は赤の攻撃魔法も白の攻撃魔法も覚えられない、回復魔法しか使えなかったんです」

「回復魔法が使えるというのはわりと優秀なんじゃないのか?」

 どんなゲームだって必ず一人は回復要員がいるだろう、いるといないとではかなり違ってくるはずだ。

 しかしリリーは首を振った。

「回復魔法は属性関係なく誰でも使えるんです。攻撃ができない以上、一人で冒険なんてできたものじゃありません。パーティを組んでもらおうにも自分を守る術がなにもないとなれば、戦闘時はまずお荷物扱いされます」

「武器かなんかを使えばいいんじゃないか? 盾を持つとか、体鍛えたりして」

 盾や弓を扱えれば、回復魔法だけでもそれなりに戦力にはなるだろう。しかしリリーの沈痛な表情から察するに、それすらも許されなかったようだ。

「イズハさんの世界は分かりませんが、この世界には身体能力にも伸びやすさがあるんです。見た目が華奢なのに怪力の人もいれば、どれだけ鍛えても既にそこが限界値の人もいます」

 確かにゲームやアニメなんかでは体格は平均的か華奢なのに、恐ろしい怪力の持ち主とかいるよな。まぁ俺もその口だけど。


「そういうのは神殿なんかで天職の素質を見てもらうときに分かるんですが、私は“魔術師タイプ”。魔法は強いけど、筋力は伸びにくいタイプなんです」

 そう言いながら彼女はローブの袖をまくって、華奢な腕に精一杯力を込める。そして自身の貧弱な力こぶを見て、深く溜息をついた。

 筋トレの他にも試してみたことはあるらしい。剣術に弓術、棒術に体術……しかし全て実戦に使えるレベルに至らなかった。


 できることは回復のみ。となれば賢い魔物からは狙われやすくなり、囮として避ける瞬発力も無ければ耐える防御力もない。

 これがゲームならまだしも、現実なら切り捨てられても無理はない。生きるか死ぬかの戦いにわざわざ的を持っていく物好きはいないだろう。


「なるほど、しかしじゃあ何で一人で?」

「あの薬草取りも本当は仲間を集めるはずだったんです。でもギルドの人や他の冒険者さんから、そのぐらい一人で行けって言われちゃって……」

 まぁそうだよな。そんなお使い程度の仕事に食いつく奴なんて、そうそういないだろう。

「いっそのこと冒険者をやめて、他の仕事をすればいいんじゃないか?」

「確かにそれを言われればそうなんですが、子供の頃から色んなところを冒険するのに憧れてて。誰かに頼られたり、旅の途中で人と触れ合ったりするのがするのが夢だったんです」

 夢を語る彼女はとても明るい顔をしていて、どれほど憧れていたのか手に取るようにわかる。

「だからなんだか諦めきれなくて。お医者さんとかになると、自由に冒険なんてできなくなっちゃうから……」


 テヘヘと照れたように頭を掻いているが、蓋をした強い感情がテレパシーで伝わってくる。顔は朗らかに笑っているが、内心では酷く落ち込んでいる。

 誰も自分の思いに応えてくれないこと、自分が誰かの期待に応えられないことを。

「まぁ草取りもロクにできない私がなにを言ってんだって話ですけどね!」

 そう言い放ち、愚痴みたいになっちゃってすみません、とスープのお代わりを注いでくれた。


 俺のこの世界での目標は、百合との約束を果たすこと。これも立派な人助け、だよな?

「よし、じゃあ今から行くか」

「え、どこにですか?」

「ギルドだよ。そこで俺のカード作ってもらって、ついでに依頼されてる薬草の採集に行こう。それで解決、そうだろ?」

「それはそうですけど……いいんですか? 私なんか足手まといになるだけですよ?」

「俺からすれば大抵の人間は足手まといだ、なんなら一人で行った方が手っ取り早いだろうな」


 彼女は俺の意図がつかめないらしく首を傾げている、察しの悪い奴だな全く。

「でも俺は薬草の種類なんか知らないし、誰か知識だけなら自信があるって奴が案内でもしてくれればいいなって思っただけだ」

 やっと俺の意図を理解したのか、リリーの顔に血の気が戻り表情がぱっと明るくなる。

「はい、お供します! 知識ならお任せを!」

「決まりだな、さっさと食べて支度するか」

 元気にはい! と返事をした直後に、思い出したようにリリーが尋ねてきた。

「イズハさん、最初会ったときからずっと聞きそびれてたんですけど、イズハさんは魔術師とかじゃないんですか?」

「あぁ、そういえば細かく説明してなかったな」


 俺はスープを飲みほし、自分の超能力について基本的なものを一通り説明した。サイコキネシスにテレパシー、透視にテレポートにパイロキネシスetc……。


「なるほど、最初の魔物たちを吹っ飛ばしたのがサイコキネシスで、それからテレパシーに透視に4テレポートに……あとなんでしたっけ?」

「いっぺんに覚えられる訳ないだろ、それだけでもまだ俺の力のほんの一部だ」

「まだ一部ですか!? 結構ありましたけど。魔法とはやっぱり違うんですかね?」

「門のところで強制解除されなかったあたり別物だろう。そんなことより早く食べて支度するぞ」

「ついでにイズハさんのその珍しすぎて浮きまくってる服も着替えましょうか、知り合いの店が服の在庫を処分したいと言っていたので貰えるかもしれません」


 む、うっかりしていた。そういえばブレザーのまんまだったな、というかなんであの日ブレザーで寝たんだっけ?

 思い出したいところだが、リリーが昼食を食べ終わってしまったし今は保留にしておくか。

ここまで読んでくださりありがとうございます。

ちょくちょくサイキック要素が消えるのはご容赦ください!

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