イズハとイズハ②
ブクマ100目指す
イズハさんの安眠を妨げぬよう部屋を後にした私は、リズちゃんピコちゃんを呼びもどしに市場まで歩く。
確か二人で市場で色々見てくるって言っていたから、多分そのあたりにいるはずだよね。
「おーいリリー!」
呼び声に振り向くとその先には妙にはつらつとした笑顔で一目散に駆けてくるリズちゃんとその背中で楽しそうに手を振るピコちゃん、そしてその背後には怒りの形相を浮かべてリズちゃんを追う屈強な男の人たち……なんで⁉︎
「ちょっとやらかした! 逃げよう!」
すれ違いざまにそう告げて走り去るリズちゃんをなんとか追いかけて、並走しながら問い詰める。
「ねぇなにあの人たち! なにがどうなったらこうなるの!?」
「いやー盗賊の使いやってた時の手癖がつい……」
いいながらリズちゃんがボロのズボンのポケットから取り出したのは財布が1、2、3……6個!?
「スリ!? ねぇスッたの!?」
「ついうっかり」
「うっかりスリって何!?」
「おねえちゃんすごーい!」
「凄くない! なんでよりによってこんな……」
後ろをちらりと振り返ると鬼のような形相の男の人たちが人混みをかき分けて、というより人混みごと巻き込みながら迫ってくる。そのせいかこっちに追いつくことはなさそうだけど。
「まぁあたしは逃げ足には自信あるし、最悪イズハに頼めばなんとかなるんじゃない?」
「イズハさんは今気絶に近い睡眠中だから期待はしないほうがいいと思うよ」
「え、そうなの? じゃあこれ」
リズちゃんがポケットから財布を三つ取り出して私の手元に放り投げ、反射的に受け取ってしまう。
「ここからは二手に分かれるってことで! 半分よろしく!」
そう言い残して、リズちゃんはピコちゃんを背負ったまま人混みに紛れて消えてしまった……あれ? 今ひょっとしてかなりピンチ?
恐る恐る後ろを振り向くと、男の人たちはまちがいなく標的をリズちゃんから私に変えていた。
「おい、あの女が財布受け取ってたぞ!」
「財布持ってるのはあいつだ! 追えー!」
いや二手もへったくれもない、完全にただの囮だコレ! 私はすでに限界近い足にさらに力を込めて市場を駆け抜けた。
「リズちゃんのバカーッ!」
***
目を開けると俺は真っ暗な空間に浮いていた。どうにも感覚的に夢の中のような、それにしては意識がしっかりしている、明晰夢という奴だろうか。
『気分はどうだ? 俺』
この声は、あいつか。俺がこの世界で会いたいない第一、いや二号のお出ましとはな。
「久しぶりだな、俺はもうすっかり脳天かかと落としの傷も癒えたが、お前の傷だらけの体もちょっとはマシになったか?」
『傷だらけ? 何をバカな、お前につけられた傷なんか唾つけて擦っておけば秒で消える』
互いに傷ついたことを隠さないのは相手への多少の敬意というかそんな感じだ。自分に敬意を示すなんていうのも変な話だが、今まで一度たりとも傷を負ったことのない俺からすればかすり傷一つでも勲章ものだ。
「で、何の用だ? わざわざ強がりを言いに来たわけじゃないだろ」
『別に強がりなんて言った覚えはないが? まぁいい、今回はお前に帰ってほしい理由を言いに来たんだ、以前は少しいうのをためらってしまったからな』
帰ってほしい? あぁ、以前確かそんなことを言っていたな、言われてみれば気になる。
「ちゃんと納得できる理由なんだろうな、適当なこと言ったら今度こそ消し飛ばすぞ」
『やれるもんなら……と言いたいところだが、残念なことに今のお前にはそれができてしまうんだよな。全く厄介だ』
そう言いながら奴がため息をつく、いったいどういうことだ?
「どういう意味だ? 以前は俺とお前、力の差はほとんどなかっただろ。まさか俺がパワーアップしたとでも?」
俺の問いに奴は微妙な顔をして答える。
『まぁそんな感じだ。だがもっと言えば同時に俺も弱体化していっている、お前のせいでな』
「俺のせい? おれなんかしちゃいました?」
『そのいかにもなわざとらしい言い方やめろ。お前のせいっていうのはマジだ、お前がこの世界にいるから俺がどんどん力を消耗しないといけないんだ』
なんだそれ、まるで俺がこいつの力を吸い取っているみたいな言い方だな。
「つまり俺がお前から力を吸い取っている……そう言いたいのか? 悪いがそんなことした覚えはないぞ」
『自覚はなくてもしているんだよ。正確に言うならお前がこの世界から力を吸い取り、俺がその力を補うために常に力を放出している』
そういう奴の体を覆う力の膜を見てみると、確かに俺と比べると少し薄いような気もする。というか見比べてみて気づいたが、俺の力の膜も今までよりわずかに濃くなっていた。
「力の増幅はクリムと出会った日の朝の運動で気づいてはいたが、レベルアップに応じたものじゃなかったのか?」
『お前最近レベルアップとかしてないだろ。それでも力が強くなっているっていうのに気づかないとは、我ながら間抜けだな』
うるさい、でも確かにここ数日はあの二人の相手をしていたから冒険はしていないんだよな、金なら前の護衛の時の褒美がまだ少し残ってたし。
レベルとかもほとんど確認していなかったな、だって1上がるたびに1万上がるんだもの、見る気失せるわ。確かリリーが『もう30超えましたよ!』とか嬉しそうに言っていた気がする、じゃあ多分俺もそのくらいなんだろう。
『とにかくお前がこの世界にいると、周囲のあらゆるエネルギーが吸い取られていくんだ。今は俺が片っ端から補充しているからいいが、いつか限界が来る。そうなればこの世界は終わりだ、どんどんお前にエネルギーを吸い取られてやがて跡形もなく消滅する』
おいおいマジか……表情を見る限り嘘はついていないようだ、となると本当に消滅してしまうのか? 俺のせいで?
「なぁ、そこまで知っているなら対処法とかは知らないのか? 俺だって世界を滅ぼす魔王になんかなりたくない」
すると奴はしばらく難しい顔をしてしばらく唸り、口を開いた。
『対処法はある、お前が元の世界に帰ること、それだけだ』
「嘘つけ、もう一つくらいあるんだろう、目を見ればわかるぞ」
『……もう一つはお前が思い出すことだ、百合のことを。そうすればエネルギーの吸収は収まる……危険な賭けだが』
危険? どういうことだ? 思い出したら何かあるのか?
どういうことか聞こうとすると、突如世界が揺れた。まぁ世界というより俺が今いるこの真っ暗な空間の中に限っての話だが。
『外から起こそうとしているな、たぶんリリーの身に何かあったんじゃないか?』
「あいつまた何かやらかしたのか! やっぱり前回の最後のあれはフラグだったのか……」
『待て、目を覚ます前に俺から一つだけいいか?』
「なんだ? もったいぶらずに早く言えよ」
『……超能力は確かに万能だが、それでも揺らがないものはある。これだけは覚えておけ』
奴のわけのわからない言葉に呆気にとられながら、歪んで崩れる真っ暗な空間からはじき出される。
空間が消える瞬間の奴の顔は、どこか少し寂しそうに見えた。
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