訳あり少女はキツネ耳②
一個一個短いのでタイトル統一しようと思います
リズは少し離れた路地に身を潜めていた。
「はぁ……はぁ……うまく撒けたかな」
(あの男の方はかなり切れ者そうな雰囲気だったけど、女の方が大したことなくて助かったわ全く。これからどうしよう、まず妹の所へ行かないと……でもこんなお金じゃ足りないし……)
「まぁ銀貨2枚じゃ足りるわけもないな、屋台のものは買えても乗船料には程遠いだろ」
「な、い、いつの間に⁉︎ 何でここが⁉︎」
「残念だが俺に一度認識されたら最後、どこに逃げようが隠れようが時間稼ぎにもならん。千里眼とテレポートを使えば追跡なんてお茶の子さいさいだ」
言葉の意味は分かっていないようだが、俺の口振りから逃げられないのを察したらしい。
悔しそうに唇を噛んでいたがすぐに項垂れ、力なく地面を蹴った。
「私たちはあなたの味方ですよ、一緒に妹さんを助けに行きましょう!」
リリーが優しく手を差し伸べる。しかしリズはその手を払い、忌々しげに睨みつけた。
「冗談よしてよ。あんたたちがどれだけの実力者か知らないけど、あいつらを倒すなんて考えは早々に捨てた方が身のためよ」
「……確か新しい頭領が曲者だと聞いたんですが、それは本当ですか?」
「多分ね、少なくとも周りの連中は至って普通の盗賊。でもあいつはなんというか……異質だった」
***
リズの天職は【商人】でスキル【鑑定】を使って他者の能力を見ることができるらしい。俺たちをターゲットにしたのも、村人と治癒師という非戦闘向けコンビだったからだそうだ。
「最初に連れ去られてあいつと対面した時に鑑定したの、そしたら……奴のスキルは今まで見たことのないものだった」
「なんてスキルだったんですか?」
「【ソウルイーター】っていうスキルだったはず、記憶が正しければ」
ソウルイーター……聞いたことがある気がする。「魂を喰らうもの」とかいう意味だったか?
「あいつがスキルを発動させると次々と人が倒れていくの、まるで魂が抜かれたみたいに」
「魂を抜き取るスキルですか……イズハさん、対抗できそうですか?」
魂か……アストラルコントロール、すなわち幽体離脱を使えば一時的に霊体になることも可能だが、霊体と魂は別物なのか?
「多分な。ただ確証はないから一度行ってみないとなんとも言えん」
「だそうですよ。よかったら案内してくれませんか? リズちゃん」
「確証がないんでしょ? それにあんたたちも信用したわけじゃないし」
「まぁまるっと全部信頼しろとは言わないが……このまま妹が囚われたままじゃマズイだろ。支部が壊されたと情報が入れば、奴らがどう動くか分からんぞ」
俺たちの同行を渋っていたリズだが、それを聞いて少し考えこんだ後、溜息交じりに同行を承諾した。
「……絶対に妹を助けてよね、失敗したら許さないから」
「任せてください、イズハさんに不可能はありませんから!」
気軽にそういうことを言うな、俺にだって不可能なことくらいある……多分な。
***
妹助けにいざ行かんと意気込んでブルニオの港まで来たものの、船員から返ってきた答えは予想外のものだった。
「えぇーっ! 船に乗れない⁉︎ なんでですか!」
「なんでって言われても……つい最近【クラーケン】の出没が確認されたばっかりなんだ。悪いが退治されるまでは船には乗れないね」
やれやれ、せっかく勢い付いたところなのに出鼻を挫かれたな全く。
海を眺めて待っていても仕方がないので俺たちは港近くの飲食店に場所を移った。魚介スープ美味い。
「イズハだっけ……? あんたならクラーケンくらいなんとかできるんじゃないの?」
「まぁ、できないことはないが」
今からか……もう日も傾きかけてるし、正直面倒だ。
「イズハさん、お願いします」
そう言ってリリーが俺を拝む。全く、まぁ先に倒しておいた方が面倒が少なくていいか。
「その魔物、見た目の特徴とか分かるか?」
「えー……でっかいイカです」
「……なるほど、でっかいイカか、それじゃ行ってくる」
そして俺はでっかいイカを退治すべく、海上へと飛び出した。
***
勢いよく飛び出していったイズハさんを見送って、残された私たち。
「……なんか普通に見送っちゃったけど、大丈夫なの? クラーケンといえばかなり手強いってきくけど」
【クラーケン】……巨大なイカの姿の魔物。生息地は海、亜種として砂地に潜む【デザーケン】マグマに潜む【メラーケン】魔術を使う【ウィザーケン】などが存在。
厚い皮膚はその弾力により打撃はおろか、時に斬撃すらも吸収してしまうほど。常に水を纏っているため、炎系統の魔法は効き目が薄い。
二本の巨大な触腕は見た目以上に素早く動き、掠るだけでも致命傷になりうる威力を誇る。
ちなみに食用には向いておらず……
「ちょっとリリー! 聞いてるの⁉︎」
あ、クラーケンのこと考えてて話聞いてなかった。
「ごめんね、クラーケンのこと考えてた」
「やっぱ強いんでしょ? クラーケン」
「えぇ、クラーケンは普通ならAランクの冒険者たちが十人がかりで倒すような危険生物。あくまで普通なら、ね?」
まぁ十人がかりでも死闘の末って感じらしいですけどね、所謂最低ラインってやつです。
「あいつなら勝てるってこと?」
「もちろん! イズハさんはすっごく強いんだから!」
根拠はないけど、それでもイズハさんならやってくれる気がする。
「えらい信頼。……そんなに好きなんだ」
まぁイズハさんは少しぶっきらぼうなところはありますが良い人で……いや今なんて⁉︎
「いっ……やなんで、す、そうなるんですか⁉︎ あの人はあくまでわたっ、私の仲間であって……」
べべ弁解弁解弁解しなくちゃあわわ口じゃなくて舌が回らな顔が顔が熱い……
「いや分かりやすっ。焦りすぎでしょ恋する乙女じゃあるまいし、いや恋する乙女か」
「ちげぇますよ! なんでそんな……」
「じゃあ嫌いなの?」
「いやそうじゃなくて好き寄りの普通といいますか男と女の友情的な友情って素敵じゃなくてえっとなんだっけ……」
「ちょっといったん落ち着こうか、うるさいし」
***
先ほどの飲食店に戻り冷たい水を一杯、なんとか落ち着きを取り戻した私を薄ら笑いで見守るリズちゃん。
「で、好きなの?」
またそうやって爆弾を落とす! なんかこういうとこあの人に似てるなぁ本当に!
噴き出しそうになった水を口輪筋フルパワーで抑えて、なんとか飲み込む。
「……分からないけど。多分、そう」
「ふーん、言わないの?」
「……多分、きっと、いつか、恐らくは」
「へー、悠長だねー。誰に盗られるかも分からないのに」
悪戯な笑みを浮かべてピコピコと耳を動かすリズちゃん、なにこの貫禄。見た目完全に私より年下の少女なのに、やっぱりあの人みたい。
「とら……っ、いやそんなこと」
「あると思うけどね。実力もあって金もあって顔も割と整ってて、完全に良物件のそれじゃない」
……言われてみれば! おまけに性格も優しくて頼り甲斐があって、どうしようモテそう!
「いや顔! 血の気引きすぎて真っ白なってる!」
「ど、どうしよう……イズハさんがモテる……」
「だ〜か〜ら〜、行動を起こさないとそうなるって」
「……何をすればいいんでしょう」
「言えば? 好きですって」
「いきなり⁉︎」
「でもうまくいくと思うよ? 両想いだし」
まぁ確かにイズハさん相手なら下手に小細工するよりストレートに言った方が……今なんて⁉︎
「両想い⁉︎ いやいやいやそれはないって絶対ない!」
「いやある、というかむしろあいつはリリー以外には興味ないね」
「そ、そうなのかな……」
「だって私がお願いしたら渋ってたのに、リリーがお願いしたら手のひら返してクラーケン退治しに行ったし」
確かにイズハさんは私のお願いは結構聞いてくれるけど、でもだからって両想いだなんて……いやでもひょっとして……。
「まぁ戻ってきたらちょっと探り入れてもいいんじゃない?」
「そうしてみる……ところでリズちゃん、さっきからずっと気になってたんだけど」
「何?」
「本当は二十歳だったりしない?」
「なわけ、見ての通り十三歳よ。文句ある?」
「いや別に…… 。イズハさん遅いね」
***
……教訓、千里眼はむやみに女子に向けて使わない。もし恋バナをしていてしかもその対象が自分だった時、とても戻りづらくなる。