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旅立ちの朝、いや昼

 テレポートで家に戻り、俺は床に崩れ落ちそのまま泥のように眠った。

 怪我はヒーリングで治しておいたが、精神的な疲れは寝るに限る、しかし布団に戻る気力が持たなかった。





「イズハさん! 朝ですよ! 旅立ちの朝ですよーっ!」

 リリー、テンションが上がっているのは分かるが流石に年頃の男に跨って起こすのはどうかと思う。

 昨日揃えた荷物をまとめて異空間パックにしまい込む。

 異空間パックは中々値が張ったが、これから長旅をするとなれば必需品だろう、家に荷物を置いてテレポートで取りに来てもいいが、それじゃあ旅の雰囲気がぶち壊しだ。


 昨夜の奇妙すぎる出来事が脳裏から離れない、いきなり自分と戦うことになるとは、しかも奴は俺を元の世界に戻したがっていた、一体何が目的なんだろうか、難しく色々考えているとリリーが顔を覗き込んできた。


「どうしたんですか? 浮かない顔して、さては不安なんですか?」

 俺のハッとした表情を見て図星と思ったのか、リリーが思い切り俺の背中を叩く。

「大丈夫ですよ! 分からないことは全部教えてあげますから、いつでも頼ってください!」

 最初出会った時と比べて堂々としたというか、遠慮がなくなったな、多少鬱陶しいが良い事だ。


「ではイズハさん、あてもなく終わりもない旅への第一歩を踏み出す準備はいいですか?」

「……噛まずに言えたな、昨日から考えてた台詞」

「なんで心読むんですか! そーですよ考えてましたよずっと!」


 それにあてはないこともないぞ、色んなものを見て回るという立派なあてがあるだろ、あとついでに悪魔の王を倒したりしないといけないし。


 ……でもやはり昨日のあいつの言葉が異常に引っかかるのは何故だろう、あれはどう考えても俺だ。

 同じ俺なら絶対あの世界に帰れなんて言わない、俺は分身なんてしたことないし、俺の能力をコピーした魔物だとしたらわざわざ会話するなんて不自然すぎる。


「イズハさんってば! 話聞いてくださいよ!」

「すまん、また考え事してた」

「ほらはやく行きましょう!」


 そういってリリーが俺の手を引いて駆け出す、やはりこの光景には既視感がある……いつだったかな。

 リリーが振り向き、とびきりの笑顔を浮かべた。


「いっぱい楽しいを探しに行きましょう!」

 

 その時、俺は激しい頭痛に襲われた、立っていられないほどの激しい痛み、昨日の脳天にかかと落としを受けた時よりも痛い、リリーが慌てて何か声をかけてきているが何を言っているのか判別できない。


 だんだん意識が薄れていく、まるで物語の場面が切り替わるように、いやこの例えだとそのままの意味だな。




◆◆◆




 頭痛が収まり、そっと目を開ける。

 ここは……俺の家だ、元の世界の俺の家だけど若干綺麗というか、昔に戻ったような感じだな。

 玄関のチャイムが鳴り、急いでいたドアを開けるとそこには百合がいた。


「遊ぼう! 出葉くん!」


 やっぱりリリーとよく似ている……目の色なんかは多少違うが顔も声もそっくりだ。

 しかし最後に見た時より小さいな、ここは過去の世界なんだろうか。

「分かった、ちょっと待ってて!」

 過去の幼い俺が今とは比べものにならない程の元気な声で答える、予知夢と同じように俺の視点で話が勝手に進んでいくから、俺自身の姿がよく分からないんだよな、せめて鏡の前にでも行ってくれればいいんだが。

 俺はその辺にある服を引っ掴んで着替えながら外に出る、百合に早く早くと急かされながら。


 なんとかシャツに首を通すと、百合が俺の手を取った。


「それじゃあ行こうか! 今日も楽しいを探しに!」


 そう言って百合がとびきりの笑顔を見せる、なるほど、既視感の正体はこれだったのか、なんで今まで忘れていたんだろう。

 そう思ったのも束の間、まるで記憶から弾き出されるようにブツリと視界が途絶えた。



◆◆◆



「イズハさん! 気がつきましたか!」

 目が覚めると、いつかのマンドラ亭にいた、どうやら気を失っている間に介抱してくれたらしい。

「あ、イズハくん起きたの? 大丈夫そう?」

 店の奥からファイナと親父さんが出てきた、まだ開店前のようだが迷惑をかけてしまったな。


「悪い、ちょっと頭が痛かっただけだ」

「ちょっと痛いくらいで気絶なんかしないでしょ」

「もうビックリしましたよ、急に頭抱えてうずくまったと思ったらそのまま倒れこんじゃうんですもん」

「町の人たちに感謝しなさい、ここまで運んできてくれたんだから」

 外を見やると、町の人たちが窓から心配そうに覗き込んでいるのが見える。

「そんなに体調優れないなら今日はやめときますか? 別に今すぐ出発しないと駄目なわけじゃないですし」


 いや大丈夫……と言いたいところだが、やっぱりもう少し昨日のことやさっきの記憶のことも整理して出発すべきか。


「悪い、昼には出られるはずだ、それまではちょっとそっとしといてくれ」

「じゃあその間にリリーちゃん! 色々料理のコツとか教えてあげる!」

「はい! ぜひお願いします、イズハさんはゆっくり休んでいてくださいね」


 二人が厨房に向かっていくのを見送って、俺は椅子を二つ並べて寝そべった。


 まず昨日の俺は一体なんだったんだろう、奴の目からは意地でも俺を元の世界に送り返すという強い意志を感じた、なぜそうまでして元の世界に戻したがるのかが分からん。

 それに実は何度か戻ろうと試みたこともあったが、百回やって百回手応えすら無しで終わってからもう諦めた、せっかくお気に入りのパーカーを持ってこようと思ったのに。


 そしてさっきの百合との思い出だが、一つ気づいたことがある、何も覚えていないのだ。

 百合の楽しく過ごした記憶がまるで吹き飛んだかのように思い出せない、楽しかったという印象だけは覚えているが、あとはいつかの約束とさっきのアレだけで、他の思い出を思い出そうとすると頭が痛くなる。

 逆になぜあの二つを思い出せたのか、おそらく後者は強烈な既視感が原因だろう、あの日の約束の記憶は多分異世界に来たことそのものがトリガーになった感じか。

 しかし百合以外の記憶は割と普通に思い出せる、ほぼ赤の他人のクラスメイトや動き回るぬいぐるみ……おっとこれは別の主人公の記憶だな。

 とにかくなぜか百合の記憶だけ抜き取られたかのようにポッカリと空白が広がっている状態だ、あの輝かしい日々を忘れるなんて冗談じゃない、なんとしても思い出してみせる。


 えっとまず百合の見た目はリリーのショートボブを伸ばした感じで色は茶から黒、目は青じゃなく黒……それ以外は同じだな、もう完全に一致。

 好きな食べ物は確か……メロンパンだったはず、家族構成は……駄目だ頭が痛い、周囲の机やコップがカタカタと軽く振動していたので一旦考えるのをやめた、これ以上頭を悩ますとマンドラ亭が吹き飛びかねない。

 厨房ではファイナがリリーに様々な包丁さばきのレクチャーをしている、親父さん完全に手持ち無沙汰になってるな、可哀想に。

 これ以上考えても無駄な気がするので、昼になるまで戦闘のイメージトレーニングなどをして時間を潰した。




 日が真上に上るころにようやくモディロニアを出ることになった。大して長居したわけでもないが、モディロニアは実に平和な国だった、道行く人の目は輝き、誰もが活き活きとしている。(例外もいるが)

 しかし他の国や村もそうとは限らない、ひょっとしたら跡形もなく消しとばしたくなるような外道に巡り合うかもしれない。(もう会ったけど)

 下手したらとんでもない悪の親玉と対面するかもしれない。(ほぼ確定だけど)

 三勇者と聖騎士団の出番もないかもしれない。(それは作者が悪い)

 ドラゴンに至っては忘れていた始末。(作者は鳥頭)


 ……後半二つはなんかポロッと出てしまったが、まぁ何が言いたいかというと、この旅は何が起きるか分からないということだ。

 でもだからこそ、今度は楽しい日々を過ごせそうな気がする、刺激的な日々を。

「さて、それじゃあいきますか」

「行きますよイズハさん、せーのっ!」

 俺とリリーは、同時に一歩を踏み出した――




 そしてモディロニアから出て数分後、うっかり忘れていた問題を思い出した。


「イズハさん! お願いします!」

「任せろ」


 草むらをかき分けて迫り来るザコの大群をサイコキネシスで粉々に粉砕する、「雑魚」ではなく【ザコ】という名前のキューブ状の魔物だ、まぁ雑魚と言ってもいいくらいには弱い魔物なんだが。


「すみませんイズハさん、ずっと戦わせっぱなしで……」

「気にするな、適材適所ってやつだ。お前は俺に情報や知識を提供し俺は障害を排除する、まさにWin-Winの関係だろう」


 そう、問題というのはこの圧倒的すぎる戦力差である。

 俺が戦えばどんな敵の群れも瞬きする間に合挽肉かバーベキューか冷凍食品に早変わりしてしまう、完全にぬるゲーすぎて何も面白くない。

 そう思って実は何度かリリーを戦わせてみたのだが……


 ザコがあらわれた!


「おりゃーっ!」空振り

「てやーっ!」空振り

「そこだーっ!」空振り三振、バッターアウト。


 弱すぎる、ステータスだけならゴブリンも一人で対処できるくらいにはなっているのに、運動神経や勘などのステータスに反映されない部分もカスだった。


「いたたた! た、助けてー!」


 道端の小石を蹴るイメージで地面を蹴り上げ、無数の小石の弾丸でザコを文字通り一蹴する。

 俺が戦えば一瞬で終わるがリリーが戦えば日が暮れてしまうという両極端な戦闘力差。

 ただ安全に進むだけなら俺が戦えばいい、しかしこの旅の目的として【リリーの覚醒】も目的の一つなのだ。

 覚醒の機会を増やすためにはリリーに率先して戦わせるべきだが、魔物一体相手に一日使っていては話にならない。

 超能力でリリーの身体能力は上げられるが、彼女の場合は反応速度の鈍さが原因だからどうこうしようもない……いや、ひょっとしたらいけるか?


「リリー、ちょっといいか?」

「はい、なんですか?」


 俺はリリーの額に手を当て、とある超能力を発動させる……がしかし。


「ひぎゃあぁぁぁぁっ!」

 断末魔のような悲鳴をあげてリリーは白目を剥き泡を吹いてグッタリと気を失ってしまった、やはりダメだったか……。

 今使ったのはテレパシーを応用した技、【シンクロニシティ】だ。

 成功すれば俺の感覚がリリーに共有され、反応速度も音速程度には軽く対応できるようになるはずだったが、やはり無茶だったな。

 まぁ俺と常人とでは脳構造に違いがあるのだろう、多分今やったことは三輪車にジェット機のエンジンを搭載するようなもの、失敗して当然か。

 仕方ないのでリリーを背負って歩きだす、さっきまではずっとリリーの速さに合わせて歩いてきたから少しペースを上げてもいいだろう。

 そうだな……バイクくらいの速さなら進みすぎることもないかな。





 まいったな、バイクのスピードなんて大したことないと侮っていたが、バイクとは意外と速い乗り物だったのか、もうブルニオ着いちゃった。

「イズハさん! なんでもう着いちゃってるんですか⁉︎」

「気持ち速めに行こうとしたら速すぎた、すまん」

「いやそれはいいとして……何で私寝ちゃったんでしたっけ? なんか記憶がぼんやりしてて思い出せないんですけど」

「知らない方がいい、俺が悪かった」

「……なんかやったんですね」


 リリーに睨まれながら数日ぶりにブルニオの門をくぐる、相変わらず人の出入りが激しいな。

 金持ちそうな奴らから筋骨隆々な海の男まで人の密集率はモディロニアの三倍はあるんじゃなかろうか。


「モディロニアは人口2万とちょっとの小さな国ですから、ブルニオの約三分の二程度です」


 そういえばよく見ると人種も色々あるようで、獣人やエルフなんかは異世界だと定番だからスルーしていたが、やっぱり結構いるな。


「獣人さんは人より力が強くて生命力も高いから、船乗りなんかの体力仕事についてる人が多いんです」

「となるとエルフは魔法とか頭のいる仕事か」

「お、知ってたんですね」

「いやまぁ常識の範囲内っていうか」

「イズハさんの常識って本当にガバガバですよね」

「ちょいとそこのお二人さん!」


 二人で話していると突然背後から声をかけられた、振り向くとそこには一人の少女が立っていた。

 頭にはキツネのような耳が生えていて可愛らしい無邪気な笑みを浮かべるその少女、年齢は15歳くらいだろうか。

 その無邪気な笑みを見せられれば、大抵の人は初対面でも気を許してしまうだろう。


「その鞄、異空間パックとお見受けしました! 異空間パック所持、すなわちお金に余裕のある旅のお方! よろしければここブルニオの案内などいかがでしょう?」

「案内ですか、確かにこの前来た時はろくに見て回ってませんし、どうします? イズハさん」

「……いいんじゃないか、頼んでみるか」

「ありがとうございます、それでは案内料銀貨1枚! ……と言いたい所ですが、お兄さんの凛々しいお顔に免じて銅貨9枚!」

「わぁ! ありがとうございます、よかったですねイズハさん!」


 あぁ本当によかった、もしこの娘が何か訳ありでなければ跡形もなく消し飛ばす予定だったからな。


「いやはやお兄さんのその表情、眼福ですわ全く!」

(はぁ……申し訳ないけど、これも妹を守るため。悪いけど犠牲になってよね)


 仕方ない、俺が何とかしてやるか。

 

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