番犬はドラゴン
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あの奇妙な連中との護衛任務が終わって、俺とリリーで冒険者として依頼をこなす日々がしばらく続いた、そんなある朝。
「イズハさん、私と旅に出ませんか!」
朝起きて開口一番に告げられた言葉がこれだ、まぁいつか言ってくるだろうとは思っていたからな、ただ朝起きてすぐに言うとは予想外だったな。
あの護衛任務の時にヴェルデから聞いた色んな国のことや冒険談を聞いて触発されたらしく、最近はそのことをずっと考えていたのだ。
きっかけが単純すぎると思う人もいるだろうが俺は良いと思う、きっかけなんてそんなものだろう。
「色んな国を回って、色んな物を見て回るんです! 楽しそうじゃないですか⁉︎」
そう言いながら目を輝かせるリリー、もしNOと答えれば泣きそうなくらいの勢いだ、少し嗜虐心が疼いたがなんとか押しとどめる。
「ヴェルデの影響だな、まぁいいんじゃないか?」
「まあそれもありますけど……。私、昔から冒険するのが夢でしたから」
そういえばいつかそんなことを言っていたな、俺もこの世界で人を助けるという約束があるんだった。
「ブルニオもまだしっかりと見て回れてないですし、ブルニオの港から他の国々にも行ってみたいです!」
「決まりだな、早速旅支度……の前にこの家はどうするんだ?」
ピタリとリリーが硬直する、やっぱり考えてなかったか、まぁ留守番の当てならあるけど。
「えーっと……どうしましょう?」
「番犬なら一応いるぞ、犬じゃないが犬より威圧感はあるだろう」
その時鞄に仕舞っておいた真紅の契約石が激しく輝き、一匹の龍が召喚された。
(だから我をペット扱いするなと!)
「わっ! この子がイズハさんと契約したドラゴンですか?」
「あぁ、確かにそうだが……」
姿は確かにあの時契約したクリムそのものだが……なんか小さくないか? こんな頭に乗りそうなサイズではなかったぞ絶対。
そんな俺の思考を読んだのか、クリムがフフンと自慢げに胸を張った。うわぁリリーみたい。
(主に負けたからと言ってあまり侮ってくれるな、これでも伝説の七龍の一員、我にかかれば変化など容易いことよ)
それは好都合だ、これなら安心して留守番を任せられるな。
そう思って横を見るとリリーが激しく図鑑とクリムを見比べていた、やがて本を閉じ大きく息を吐いて冷静に解説しだす。
「【レッドドラゴン】全ての赤魔法を司る龍、その真紅の鱗はいかなる攻撃も溶かし、吐く息は一瞬で大陸を蒸発させる、伝説の七龍の一匹らしいです……よ、良かったです……ね」
そう言い終えるが早いか目を回して床に勢いよく倒れ伏してしまった、気絶中のリリーの手から本を抜き取り、パラパラとページをめくる。
……あった、どうやらこの伝説の七龍は文字通り伝説上の生き物とされているらしく、クリムこと【レッドドラゴン】も他の六匹も絵が曖昧で、情報もなんだか誇張されているとしか思えないものばかりだ。
(なぁ、ここに書いてあることは全部本当か?)
(いや、流石にそんな火力はない、せいぜいタイラット平原一帯を溶岩にするくらいだ、イズハはできるのか?)
(やったことがないからなんとも言えない、恐らく出来るとは思うけどやる必要がない。まぁそれは置いといて……頼みがある)
(断る! 何故誇り高き七龍の一員である我が、家のお留守番などと!)
チッ、心を読まれるというのはなかなか面倒くさいな、全くペットの癖に生意気な。
(癖にとは失礼な! しかもペットじゃない! あくまで契約を結んだだけで下になった覚えはないぞ!)
(あ? 何言ってんだ、あの日負けたろうが。その時点で上下関係なんざ決まったようなもんだろ)
(なんだと! 確かに自分の実力不足で負けたかも知れんがだからといって伝説の七龍として誇りを失うような真似は……)
やれやれ、あんまり手荒な真似はしたくなかったんだが、ドラゴンの上下関係は力で決まると本にも書いてあったし、仕方ないか。
〜〜〜〜〜
数分後、リリーが気絶から目覚めた。
「ん……? 私は確か……気絶してたんでしたっけ?」
「起きたかリリー、どうやらクリムが留守番引き受けてくれるみたいだぞ、良かったな」
「本当ですか! ありがとうございまっ……何があったんですか⁉︎」
リリーがお礼を言おうと振り返った先にいたのは、真っ赤な鱗がボロボロと剥がれ落ち、飛膜には謎の落書きが施され、目隠しをされ口につっかえ棒が嵌められて、もはや伝説の七龍の面影も無くなったクリムの姿だった。
「何してるんですかイズハさん!」
「ただ力の差を見せつけただけだ、双方合意の上だから問題なかろう」
「だからってこれはやりすぎですよ! ちゃんと謝ってください!」
「謝れと言われても真剣勝負の結果だからな……骨へし折ってないだけ温情だと思ってくれ」
リリーが急いでクリムに駆け寄る。
「大丈夫ですかクリムさん……ちゃん? どっちがいいですかね」
(好きに呼べ……確かにこれは真剣勝負の結果、敗者はその結果を受け入れることしか出来ぬ、留守番は任された)
「と、とりあえず回復だけしておきますね、“ギガ=ヒール”!」
確か【ギガ】は【ラス】の一つ下の威力だったか。 リリーが呪文を唱えると、クリムの体の傷が瞬く間に癒えていった、しかし治してもらった本人(本龍?)は何か腑に落ちないように首を傾げている。
「ど、どうでしょう、一応怪我は治ったと思いますが」
(あぁ、助かったが……。リリーといったかな、主の魔力は何属性なんだ? 白とも赤ともとれん)
「あ、えっと桃色です!」
(桃色? そんな属性があったか……? 虹なら見たことはあるが桃色か……なんと奇妙な)
「へ、変ですよね桃色なんて、ろくに攻撃魔法も覚えらんないし、エヘヘ……」
リリーの自嘲に対しクリムが首を振る。
(いや、主のヒールは大したものだ。我ら七龍はみな魔法の影響を受けにくくなっていてな、半端な攻撃はおろか他者からの回復も受け付けない。しかしその障害があるにも関わらず我の体を一度のヒールで瞬時に完治させるとは、只者の為せる技ではない)
それでさっきあんな顔をしていたのか、リリーが嬉しそうに照れ笑いを浮かべている。
(その桃属性の魔力、何かまだ更なる可能性秘めていそうだな、【覚醒】すれば化けるやも知れぬ)
「覚醒っていうのは肉体的又は精神的な何らかのきっかけで、魔力の出力に変化が起きることです」
聞いたことのない単語はリリーがすかさず説明してくれる。
「旅に出て色々な経験を積めば、覚醒する可能性も上がる、それは楽しみだな」
「そうですね! じゃあ早速支度しに行きましょう! クリムさん、留守中は任せます!」
クリムはいつのまにか赤髪のダンディな男に姿を変えていた。
「任された、我が真紅の鱗に誓おう」
いやちょっと待て、なんか今すぐ出発するみたいな雰囲気になってるぞ。
「今日はまだ支度だけだ、出発は明日の朝くらいでいいだろう」
「そうですね、ファイナさんやアンジュさんにお別れも言いたいですし。ちょっと名残惜しいですけど」
「行きましょう」とリリーが俺の手を引く、その光景に既視感を覚えた。
百合とリリー、二人の姿が重なり何だか妙に嬉しくなった。
◆◆◆
「これはちょっとまずいな……。頼むから思いださないでくれよ」