イズハの約束
シリアスな感じを意識してみました、
出来てるかどうか感想いただけると幸いです。
約20体分のゴブリンミンチをパイロキネシスで灰にしながら、ぼんやりと考え事をする。
さっきまでの魔物達からしてもやはりここは異世界とみて間違いはなさそうだ、魔法みたいなのも使っていたし。
“魔法”、その言葉がなんだか無性に引っ掛かる。あと少し、もうちょっとで記憶の奥底から何かが目覚めそうな気がする。
『出葉くんって魔法使いみたい!』
記憶が目覚めた、俺の友達の言葉だ。
俺のことを“化け物”ではなく“魔法使い”と呼んで心から慕ってくれた、たった一人のかけがえのない“友達”の言葉。
***
僕の超能力は周りの人から見たら“異常”なもの、すなわち“恐怖”そのものだった。
テレパシーは四六時中勝手に発動し、人々の歪んだ醜い心の声が頭の中に鳴り響く。ストレスが溜まると、サイコキネシスで周囲のものを見境なしに吹き飛ばす。
突如体が燃えだしたり放電したり、欠伸をすれば周囲の人間が強烈な睡魔に襲われる。
今でこそ制御可能な超能力も、幼少の頃は予測不能な爆弾と変わりなかった。
こんな化け物と友達になりたがる奴なんているはずもなかった。
中には親しげにすり寄ってくる奴もいた。しかしそういう奴は大抵僕の超能力の恩恵を受けようとするもの、もしくは僕の機嫌を損ねないようヘラヘラとゴマをするものばかり。
そんな奴らも僕の力の恐ろしさに気づいてからは少しも近づいてこなくなった。
僕は学校に居づらくなって小学三年生の頃に転校し、超能力のことも隠すことにした。
超能力のことを隠すために周囲の人となるべく距離を取り、近づいてくる人は追い払うように。嫌われたって構わない、それで誰かを傷つけずに済むのなら。
その努力の甲斐あって、僕はひとりぼっちになった。誰にも気にかけられず誰も傷つかない、良くも悪くも平穏な日々が訪れたのだ。
苦しみもなければ感動もない、ただひたすらに色のない日々。
そんな日々を過ごしていた小学四年生の春、始業式の日に転校生がやってきた。「百合」という名の、一人の少女だ。
彼女は少し変わった少女だった。小学5年生になってもサンタクロースの存在を信じていたり、いつか魔法使いになりたいと堂々公言していた。
今考えると少しなんてレベルじゃないな、かなり夢見がちな少女だ。
その豊かすぎる想像力とふわふわした性格ゆえ周囲の人とはあまり話が噛み合わないらしく、クラスで僕と同じように孤立していた。
同じように孤立していた僕に親近感でも抱いたのか、彼女は僕によく絡んでくるようになった。
僕は今まで周りの人たちにやったようにあの手この手で彼女を引き離そうとしたが、それでも彼女は何故か僕にしつこく付きまとってきた。
無視しても平気で話し続け、嫌味を褒め言葉と勘違いし、勝手に距離を詰めてくる。
流石の僕もこれには困惑して、普段はなるべく抑えているテレパシーを使って彼女の本音を探り出すことにした。
「それでね出葉くん! その芸人さんがね?」
(うーん、これでも反応なしか、でも今日こそ出葉くんと友達になりたいな!)
彼女の能天気な心の声に僕は呆れて脱力した。こいつは本気で僕と仲良くなるつもりだ、そこに嘘も建前も何もなく。それに気づいた瞬間、少しだけ世界に色が戻った気がした。
彼女はいろんなことを話してくれた。好きな食べ物はメロンパンであること、最近異世界モノの本にハマっていること、近所の猫が懐いてくれないこと。
最初は雑にあしらっていた僕も、彼女の本心を知ってからは返事くらいは返すようにしていた。だんだんと会話は一言二言と、増えていくようになっていた。
それと同時に、彼女を傷つけるかもしれない恐怖が僕の中で芽生えた。それはどこの誰が傷つくよりも恐ろしく、重く感じた。
苦悩の末ついに僕は決心した。彼女に僕の超能力のことを教え、彼女が傷つかないうちに離れてもらおうと。
僕は彼女を放課後の誰もいない空き教室に呼び出した。初めて僕から声をかけたせいか、彼女は妙に嬉しそうにやってきた。
「珍しいねぇ出葉君からのお誘いなんて! 話って何? まさか愛の告白!?」
キャッ、なんて顔を隠しておどける彼女を見ると少し心が痛んだが、覚悟を決めて僕は深く息を吸った。
「もう僕に近づくのはやめてほしい、はっきり言って迷惑だ」
彼女は一瞬目を丸くしたが、何が可笑しいのか僕の目を見てにっこりと笑う。
「断る! 私はこれからも迷惑をかけに出葉君の机に押し掛ける!」
周囲の机がガタリと揺れた。
「だって出葉くん、いつも寂しそうな顔してるから」
「そんな顔してない」
机や椅子がガタガタと小刻みに揺れている。
僕の心の揺らぎが周囲に影響を与え出している、しかし彼女は気にせずに続ける。
「してるよぉ、いつも下向いて暗い顔してる!」
「してないっていってるだろ!」
叫ぶように言った瞬間、彼女の後ろの棚にある花瓶がけたたましい音を立てて割れた。
彼女が驚いた顔をして振り返り、すぐにこちらに向き直る。
「……今の、出葉くんがやったの?」
「あぁ、僕の力で粉々にしてやった、次はお前かもな」
彼女は何度も花瓶と僕を交互に見て、なぜか親指を立てる。
「出葉君、オペラ歌手になれるよ。素晴らしい声だ」
「いや声で割れたんじゃないから、大体僕の声そんなに高くもないだろ」
「あ、そっか? でもオペラなら低い声でも行けると思う!」
「いや別にオペラ歌手になりたいわけじゃ……いや違う違う」
つい彼女のペースに飲まれて普段の会話のテンションに戻ってしまった、そうじゃなくて超能力の話だ。
「違う。僕の超能力だよ、サイコキネシスで花瓶を割ったんだ」
「ちょうのうりょく? ……スプーン曲げみたいなアレ?」
「あぁ、他にも色々あるぞ、テレパシーとか透視とかな」
透視と聞いてピンときたのかみるみる顔が赤くなる。
「キャー! 出葉さんのエッチ!」
「どこのお風呂大好き少女だお前は、隠しても見えるけど」
「そっか、透視だからそうなっちゃうか。じゃあ別にいいや」
まさか開き直るとは、やはり手強い。
「嫌じゃないのか? 丸見えだぞ?」
「どうせ何しても見えるんでしょ? ひょっとして見たいの?」
「別に見たくはない」
「私は見られたくないけど見られてて、出葉くんは見たくないけど見えてる……つまりこれはおあいこ!?」
「なんだそれ、どういう理屈だ」
あまりに間の抜けた理屈に思わず吹き出しそうになってしまう。
「あ、今笑った! 笑ったよね?」
「いや、全然笑ってない」
「嘘だぁ、絶対ニヤってしたよ! こんな感じで!」
彼女はどこかの犯罪者のような薄気味悪いニヤけ顔をしてみせる、誰がそんな顔するか。
「笑っ……てない、全然笑ってない」
「今笑ったよ! すごく笑ってた!」
しょうもない押し問答が小一時間ほど続いて、幼い僕は当初の目的をすっかり忘れていた。
「じゃあこの顔ならどうだ!」
「余裕だ、全然余裕」
「それなら次は……ってあれ、もう夕方だ、帰らなきゃ」
そこでやっと僕は本来の目的を思い出した。
百合に嫌われないといけない、傷つけてしまう前に。
特に彼女だけは、絶対に傷つける訳にはいかない。
でも彼女にはきっと何を言っても通じない、どうする……?
一つだけ閃いた、というより最初から考えていた、一番取りたく無い手段だが
彼女を守るために。
「あれ、ドアが開かない? 出葉くん何か……」
僕は彼女を掠めるように勢いよく机を飛ばした。
机はけたたましい音を立てて壁に激突し、彼女は驚いて尻餅をついた。
「な、何するの出葉くん! 危ないよ!」
「君といるのが不愉快だから、ここで消してしまおうと思ってね」
僕は教室中の机や椅子を浮かべて、彼女を掠めるように叩きつける。
少しでもズレれば大惨事になる為、大袈裟かつ正確に。
教室のドアはもう開けてある、後は彼女が逃げるように誘導するだけだ。
しかし何故か彼女はその場を動こうとしない、攻撃が激しすぎるのか? 恐怖で腰が抜けたか?
一旦攻撃をやめて彼女にゆっくりと近づき言った。
「まぁ僕も人を殺すのは気持ちのいいものでもないし、今後僕に近づかないなら見逃してやるよ」
しかし彼女はゆっくりと立ち上がって目にいっぱいの涙を浮かべたまま言った。
「嫌だよ、私は出葉くんの友達だもん」
訳がわからん、何故ここまでしても友達と言い張るのか。
「なんでだよ、僕は本気だぞ。泣くぐらいならさっさと逃げろよ!」
脅すつもりで周囲のものを持ち上げる
「やだ、絶対逃げないよ、だって……」
百合が涙を拭いながらゆっくりと呼吸を整える。
不意に予知が見えた、彼女のとある一言に僕が激しく動揺している予知だ。
とっさに耳を塞ごうとするが、なぜか体が動かなかった。
耳を塞いでも彼女の心の声は、どこまでも澄んだ優しい声は頭の中に届くからだろうか。それとも僕自身が聞きたかった言葉、無意識のうちに求めていた言葉だからだろうか。
僕の体は動かなかった。
「(出葉くんのほうが泣きそうなのに、逃げるわけないでしょ!)」
彼女の言葉が胸の奥に、色のない心に響いた。
この力のせいでみんな僕の側から離れていく。
気味悪がられて、煙たがられて、一人でいるのは寂しくて、でも誰かを傷つけるのも嫌で、自分で自分が嫌になって……。
「出葉くんも本当はこんなことしたくないから、そんな顔してるんでしょ?」
わかっているんだ、本当は誰かを傷つけるのが嫌なんじゃなくて、自分が傷つけられるのが嫌なんだ。
「出葉くんに何があったのかはよく分かんないけど、私は出葉くんの友達でいたいよ」
でも彼女だけは僕の側にいてくれる、僕の友達になってくれる。
「私は逃げないよ。泣いてる友達を放っておくなんて、なんかやだ」
その思いがただ嬉しくて、辛かったのと怖かったので涙が止まらなくなって、気づけば二人で泣いていた。
その日、僕に初めて友達ができた。
「ほんとにごめん、殺すつもりとかほんとに全く無くて……」
「やっぱりね、私がジッとしてるのに一つも掠りもしないもん。ねね、私思ったんだけど、出葉くんのその超能力ってさ、なんだか魔法みたいだね」
「魔法ねぇ、どう違うのか分からないけど」
実際魔法と超能力の定義なんて曖昧だ、まず魔法を見たことがないからなんとも言えないし。
「もし魔法が普通の世界があったら、出葉くんもそこでは普通の人になれるのかな?」
「なるほど……まぁそんな世界、ありえないけど」
「でも超能力があるなら魔法だってあるかも知れないし、魔法の世界だってどこかにあるかもしれない」
「それもそうだ、無いと決まった訳じゃ無い」
「無いものは無いって決めつけちゃつまんないよ、あるって信じた方が楽しいに決まってるよ」
何故だか彼女の言葉には不思議と説得力があったのを今でも覚えている。
「もし超能力が人目を気にせず自由に使えたら、出葉君は何がしたい?」
「んー、人助けとか、金儲けとか?」
「……お金儲けはともかく、人助けはなんか意外」
「意外とは失礼な、僕をなんだと思ってるんだ。僕にだって誰かの役に立ったり、ありがとうが欲しくなることもあるよ」
「冗談だよ。じゃあもし魔法の世界に行ったら、超能力でいっぱい人助けして! 私と約束ね」
彼女が出した小指に小指を組ませ、指切りげんまん。
「任せろ、僕が本気出したら世界救うなんて楽勝だからね」
「いいねぇ、スーパーヒーローだ! それじゃ、そろそろ帰ろっか?」
「ちょっと待って、教室直さなきゃ」
僕は教室の床に手をついて、元に戻るよう強く念じる。
すると瞬く間に散乱した机や椅子、傷だらけの壁と床、割れた花瓶が元どおりになった。
「すご~い元通りだ! やっぱり出葉くんって魔法使いみたい!」
「家どこ? 瞬間移動で送っていくよ」
「嬉しいけどそれじゃつまんないよ。歩いて帰ろう、二人で!」
◆◆◆
そこまで思い出して我に返る、なんだかとても懐かしい記憶だった。
そういえばここは魔法の世界という認識でいいんだろうか。もしそうなら彼女との約束通り、超能力で人助けでもしよう。いくら俺でも針千本は飲みたくないからな。
……なんか焦げ臭い、というか空気が熱い。周りを見ると、完全に火の海と化していた。そういえばゴブリンの焼却作業中だった、それも森の中で。
僕は焼き焦げた地面に手をついて念じた。
元に戻れ!
シリアスっぽいの書けてたでしょうか。
感想、ブクマよろしくお願いします。