護衛任務
回ごとにボリュームにばらつきがあるのは
許してください、何でもしますから。
翌朝、ヴェルデ姫の護衛を務めるメンバーが広間に集められた。
「本日はくれぐれもヴェルデに何事も起こらぬよう全身全霊をかけて護衛を果たして貰うぞ、よいな!」
「ハッ! 我が身をもって命の限りお守り致します!モディロニア聖騎士団の紋章に誓って!」
相変わらずローズは熱いな、しかし他は……
「ががっがっががんががはがっが」
「んぁ……頑張りやす……何をだっけ?」
「ウッス! おなしゃす!」
マジで大丈夫かこの聖騎士団、不安の塊なんだが。
「頑張ろうみんな!」
(ローズか、顔はいいけど暑苦しいのはマイナスだな。ガタガタ震えてるあいつは女か? ヴェルデ姫は割とありだけど、やっぱリリーちゃん一択だな)
「チッ、寝みーなぁクソが」
「今何時だっけ? うわ5時半じゃん、早すぎ」
三勇者もやる気に関しては大差なかった、こんな感じで大丈夫なのかこの国。
今回の護衛任務は敵より味方に翻弄されそうな気がしてならないのは俺の予知なのか、それともただの勘か?
味方に翻弄される……とは言ったが、まさか本当に味方に翻弄されることになるとはな。
俺とシーマとローズは今リリーとヴェルデが乗った馬車を背に、三勇者&シア&カルロスと対峙している。
何故こんなことになったのか、事の発端は20分前に遡る。
◆◆◆
俺たちは早速城を出て港町ブルニオへと向かった。
ちなみに勇者と聖騎士団はそれぞれ馬に乗っているが俺は徒歩、本当は馬に乗るように勧められたが断ったんだ、自力で走った方が速いからな。
道中にはゴブリンや狼がいたが、こいつらも伊達に聖騎士や勇者を名乗っているわけじゃない、俺が何かする前にほとんど退治されていた。
しばらく道なりに進んでいると、馬車が止まった。
「みんないいか! ここから先はエネミーの目撃情報が入ったエリアだ! 警戒を強めろ!」
エネミーか……昨日も一応下見ついでに探してみたが、それっぽいものは見当たらなかったんだよな。どんな姿か詳しく把握していないせいもあるかも知れないけど。
「チッ、出てくるなら出てきやがれ! ぶっ潰したらぁ!」
「うるさ……出てこなくていいよめんどくさいし」
「そうそう、何もないに越した事はないよね」
(かっこいいとこ見せてハーレムへの足がかりを!)
各自警戒を強めて周囲を見渡しながら進んでいく、するとシーマが突然寝ぼけ眼を全開にして言った。
「……右斜め前の平行に高魔力のエネミー反応、属性は黒と青、こっちにきてる、戦闘態勢!」
さっきまで3の字の目をしていたとは思えないほどハキハキと指示を出すシーマ、もはや別人としか思えないな。
「シーマ! 全強化頼む!」
「分かってる!“ラス=オールブースト=オーラ”!」
シーマが呪文を唱えると味方全員に輝くオーラのようなものが付与され、体が軽くなる。
場がしんと静まり三勇者たちも各々の武器を構える、俺も空気を読んで半身に構えた。意味ないけど。
嫌な静けさが続く、痺れを切らして予知を発動しようかと思った時、ハープのような音色が聞こえてきた。
「いやぁ今日は絶好の演奏日和ですね!」
そう言いながら出てきたのは一人の音楽家? だがなんとなく圧を感じる、とてもただの音楽家とは思えない。
「……魔人化した音楽家か、みんな油断はするな!」
「先手必殺! 死ね!“グランドスタンプ”!」
先ほどまで震えていたはずのシアが豹変し、音楽家に向けて全力で杖を振り下ろす、しかし魔人化した音楽家はひらりと身を躱し、空を切った杖の先端が地面に亀裂を走らせた。
「クソが! 逃げんなよカスコラァ!」
いや誰だよ、セリフだけだと不良勇者とほぼ同じじゃないか。
「逃すかコラァ! 死ねや!」
今のは不良勇者の方の声だ、しかし相手は身軽に猛攻を躱し演奏を続けている。
「全く芸術がわからない人達だ、一度僕のメロディーの虜になってもらうよ!」
奴がそう宣言するや否や楽器から奇妙な音の波が広がっていくのが見えた。。
……この音色は、なんて素晴らしい音色だ……まさに芸術としかいいようがない……だからどうした、そもそも音楽なんて興味ないな、一体どうしたんだ俺は。
もしやと思い周囲を見ると、他の奴らもあの謎の音波に魅了されていた、ローズとシーマは俺と同じく正気に戻ったようだ。
「さて、僕のメロディーの熱狂的なファンの諸君! 彼らを僕のステージからあの世につまみ出して!」
「しねこら……ぶっつぶす……」
「はーれむ……はーれむ……」
「ころす……」
◆◆◆
そして現在に至る、三勇者&シア&カルロスが完全に洗脳されてしまい、おまけに魔物まで湧いてくる始末。
必死に応戦しながらローズが呼びかける。
「クソ……お前ら! 正気に戻れ!」
「無駄だな、かなり強力な洗脳だ、相当魔抗か精神が強くないと耐えられん、むしろ俺たち三人残っただけでも奇跡だ」
寝てないシーマが応戦しながら淡々と告げた、それでこの三人か、でもローズってそんなに精神強かったか?
「ローズは魔抗が高いのか?」
「いや精神が強いんだろう、こいつの愛国心は相当だからな、お国の為なら命すら投げ出すような奴だ、泣き虫なのに」
「誰が泣き虫だ!」
「昔っからそうだろう? 毎回俺が慰めるのがお約束だったじゃないか」
「なっ……そんなこと今関係ない! 目の前の敵に集中だ!」
ギャーギャーラブコメしていると、馬車の中のリリーとヴェルデ姫が顔を出した。
「どうしたんですか……って何で仲間割れしてるんですか! 今どうなってんですかこの状況!」
「リリーちゃーん、もっと恋バナしてようよー」
「それどころじゃないですって! ほら周り見て!」
「んー? あちゃー洗脳かー、あたし出た方がいい?」
「いえ大丈夫です姫様、ここは私たちにお任せしてリリー殿とこいばな?を楽しんでいてください!」
「オッケー! じゃあほらリリーちゃん続き続き!」
「えぇ!? えっと頑張ってくださいイズハさん!」
俺も今応戦中だ、指で真剣白刃取りをしてデコピンで剣を弾きながらな。
はっきり言って倒すだけなら1秒もあれば十分だ、でもさすがに洗脳されたからハイさよならというわけにもいくまい。
洗脳元の魔人に関しては心配ない、もう倒した。
サイコキネシスでキュッと締め上げたら黒い靄を吐き出して魔人だった音楽家は貧相な音楽家に姿を変えた、しかし依然として洗脳は解けないままこの状況である。
「洗脳を解くにはどうしたらいいんだ?」
「これは黒魔法の呪いだからな……白魔法の“ディスペル”という解呪魔法が必要だな」
「白魔法使える奴はいないのか?」
「ヴェルデ姫だ」
「……は?」
俺はおもむろに姫の襟首を掴み、勢いよく馬車の窓から引っ張り出した。
「ぎゃー! なにすんの!」
「呪い解けるなら先に言え、ていうか何であの時一旦出てきて引っ込んだ?」
「いやぁーイズハくんなら何とかできるんじゃないかなーって……期待?」
呆れてひっくり返りそうな無責任発言に俺はそっとデコピンを構えた、一発くらいじゃ死にはしないだろう。多分。
「おいイズハ! 姫に何をする気だ!」
「イズハさんのデコピンはダメです! とりあえず襟首掴むのやめて一旦降ろしましょう! 不敬罪もしくは殺人罪で捕まっちゃいますよ!」
「フン、捕まえようもんならモディロニア城をその日のうちにモディロニア城跡地に変えてやる。ほら早く呪いを解け」
「分かったよ〜、全く見かけによらず結構乱暴だな〜」
「面倒ごとが大嫌いなんでね、さっさと済む問題はさっさと済ませたいんだ」
ヴェルデがめんどくさそうに“ディスペル”を唱えると、洗脳されていた奴らの目に光が戻っていく。
「はい、これでいいでしょ?」
「できるなら最初からやれ、お陰でボロボロだ。主にローズとシーマが」
「でも自力で解決できたんじゃないの? イズハなら」
「犠牲者が出にくい方法があるならそっちを選ぶ方がいいだろ」
テレパシーやマインドコントロールで無理矢理洗脳を解くこともできるが、下手したら精神崩壊を起こしかねないからな。リスクは避けるに越したことはない。
ぞろぞろと進むこと数十分後。
「見えたぞ、ブルニオ城下町だ!」
やっと着いたか、昨日一人で走ってきた時は中までまで見られなかったから少し楽しみだな。
門番の人たちが「あれ昨日の高速移動の人じゃね?」って囁いているのが聞こえてなんだか恥ずかしいが、平静を装う。
「イズハはこの国に来たことがあったのか?」
「高速移動って何したの?」
お前らも聞こえてんのかよ、やめろ恥ずかしい。
通り過ぎる人たちの視線も集まってくる、こっちみんな。こんなに人が多いとテレパシーの範囲を極力狭めていてもがんがん聞こえてくるのが嫌だ。
「昨日下見としてこの国に来たんだ、テレポートの範囲を拡大しといた方がいいと思ってな」
「……昨日一旦別れて再開した時間って多分30分くらいでしたよね、まさか30分で往復したんですか?」
「本当ならもっと早く済んだんだけどな」
「30分でここからモディロニアまで往復だと!?」
「くだらねぇ嘘ついてんじゃねぇよ、馬鹿馬鹿しい」
嘘じゃないし、むしろこっちからすればわざわざ30分もかけて走ったんだがな、数秒で済む距離を。なんなら今からモディロニアの井戸水でも注いできてやろうか?
「流石俺の背後を取った男! やっぱイズハっち超クールじゃ〜ん」
「次イズハっちって呼んだら殺すからな」
「ワーォナイス眼力! 目だけで殺せそう!」
ノリが本当にウザい、マジで目で殺してやろうか。
「ところでなんの用事なんですか? こんな厳重な護衛つけるなんて相当な用事なんじゃ?」
「確かに俺たちは何も聞かされてないな」
「がいこー? とかじゃねぇのか」
三勇者は何も知らずに護衛を請け負ったのか、俺も何も聞かされてないがテレパシーで把握済みだ。
「今日はその……ヴェルデ姫が、買いにきたのだ」
「何を? 姫直々に出向くってことはやっぱりそれなりの貴重品かなにかを?」
あーあ、どんどんローズの顔色が悪くなっていく、もうやめて差し上げろ。
ローズがとても言いにくそうに口をモゴモゴと動かす。
「……服だ」
「は? 服?」
見兼ねたリリーが補足説明をしだす。
「ここブルニオは海が近く他国との交易が盛んに行われていて、あらゆる品物が手に入るその様子は【パラレティアの大商店】と呼ばれているほどなんです、だからヴェルデ姫もそれが目当てで来たんだそうで」
しかしリリーが言い終えると同時に三勇者は遠慮なしの大声を上げた。
「はぁぁぁ!? 服!? そんだけ!?」
「そのためにこの護衛!?」
「ふざけてんのかコラァ!」
無気力勇者の絶叫、なかなか貴重だな。
「てかそんなの取り寄せりゃいいだろうが! 姫だろ!?」
まぁそう言ってやるな、こいつらも大変なんだから。
「……姫が行きたいと言ったら行くしかないんだ」
ローズはそう言って薄笑いを浮かべ、全てを諦めたような目で遠くの空をぼんやりと眺めた。
「姫のワガママは絶対だからな……私だって最初の頃は何度も抗議したさ……しかしそこには圧倒的な権力の壁が立ちはだかった……」
おい待て、長話に入ろうとするな、ヴェルデがリリー連れてっちゃったぞおい。
なんで他の奴らも熱心に聞き入ってんだ、全く俺が追いかけなきゃダメなのか?
「あ、やっぱりイズハだけついて来た!」
「勝手に動くな、護衛の意味がないだろ」
「すみませんイズハさん、私も言ったんですけど聞かなくて」
リリーが申し訳なさそうに頭を下げる
「一応護衛として頼まれたんだから、お前も流されないでちゃんと止めろよ」
「まぁまぁリリーちゃんも反省してるみたいだし許してあげなよ」
俺が無言でデコピンを構えると、リリーが慌てて間に入った。
「イズハさん! 姫、一応姫ですから! 不敬ですから!」
「死人に口なしって知ってるか?」
「殺す気ですか!? 駄目ですってば!」
その様子を見てヴェルデがころころと笑う。
「ホント二人って仲良しだね、リリーちゃんずっとイズハの自慢しかしないもん」
「な、なんの話ですか!? 違いますよイズハさん!……イズハさん?」
「ん、そろそろ時間だな」
俺は空に手をかざし、ブルニオ王国を包み込むように巨大なバリアを張る。
その数秒後、巨大なエネルギー弾が上空で炸裂した。
激しい爆音にあちこちから悲鳴が上がり、城下町の誰もが空を見上げている。
「おーおーなんとも派手な……しかし残念ながらバリアを破るには威力が遠く及ばずと」
「な、何が起こったんですか!?」
「ものすごい威力の魔法弾だね、多分魔人化したんだと思う、それもエルフとかの元々すごい魔力の持ち主が」
エルフとかいるのか、すごく見たい。
「よし、ちょっと見てくるか」
俺は地面を蹴って空へ飛び出した。
「……もしくは悪魔か、ってもういないか」
「悪魔! そうだイズハさんに言うの忘れてた! 急いで探さなきゃ!」