イズハの受信
俺は聖騎士団、もとい惑星騎士団から逃げた後リリーに「野暮用がある」と告げ、別れて行動していた。
野暮用というのは明日のルートの下見だ、一応一国の姫の護衛ということなので適当なことはしたくない、意外とマメなんだ。
ここモディロニアから隣国ブルニオまではざっと10キロ程度、常人が歩けば2時間ってところか?
ただ往復するだけなら1分あれば間に合うが、それをすると地面がえらいことになってしまう。
被害が出ないように慎重に、周囲の景色を覚えながら駆け抜けるならどの程度で走れば……あぁもう面倒くさい、難しく考えずに30分ほどかければいいか。
リリーの方はギルドで一人で依頼を受けているらしい、その辺のゴブリン程度なら追い払えるようになったと言っていたし一人でもなんとかなるだろう。
モディロニアの門を出たところで軽く屈伸運動をして、ブルニオに向かって駆け出した――
――モディロニアとブルニオを約30分で往復し終え、薄く滲んだ汗を拭う。
瞬間移動は確かに便利だが、やはり自分で風を切って走るのはなんとも言えない爽快感がある。とはいっても全力疾走じゃなかったから、若干不完全燃焼気味ではあるが。
しかし超能力は隠さない方針でいこうと決めたはいいが、周りの視線が集中するのはやはり慣れないな。走ってる最中行商人や盗賊達が俺を見て『真実の口』のようになっていた、まぁ盗賊はその後一人残らず縛り上げたが。
リリーも多分今頃は自分一人の力で依頼を達成する喜びを噛み締めているんじゃないか? 千里眼で様子を見てみよう。
***
「なんだこいつ! 大人しくしろ!」
「あんただけでも早く逃げて! これ以上辛い思いする前に逃げて! 待ってる人がいるんでしょ⁉︎」
……何がどうしてこうなった。
リリー、お前が受けたのは薬草採取依頼だよな? ドラマのエキストラとかじゃないよな? もしくは命を摘んで来いとでも依頼されたか?
周囲には鎖に繋がれたあられもない姿の女の人たちが男どもに暴行されている姿が見える、これは異世界名物の奴隷とかいうやつか。
走ってきたばかりでちょっと髪が乱れてしまったから直したかったんだが、先に助けに行くか。
テレポート!
「やっと来たんですか? イズハさん!」
何が『来たんですか?』だ。移動してすぐ、まずはリリーの頬をつねる。
「いひゃひゃ! はなひふぇふだふぁい!」
(いたた! 離してください!)
「一体何をどうしたら薬草採取から奴隷調教まで進むことができるんだお前は、ある意味才能だな」
「だ、だってあの人が私に用があるって……」
額に手を当て首をゆっくり振ってため息一つ、今度は脇腹を強めにつねる。
「あいったたたた! ごめんなさいごめんなさい! 次から気をつけますから!」
ここは一つ説教でもと思ったが、先にこっちを見ている周囲の汚たないクズどもを殺すか。
「おいテメェ! いつの間に入ってきやがった! ここは男立ち入り禁止だ!」
「じゃお前ら何? 女なの? 玉ないの? 度胸がないのは見りゃ分かるけど」
「舐めんじゃねぇぞテメェ! おいお前ら! 先にこいつ片付けるぞ!」
お楽しみの邪魔されたクズどもが一斉に殺気立つ、あまりの迫力に思わずあくびが出るな。
「リリーとそこのあんた、女たちの回収手伝え。回収したら俺がこいつらを止めとくから先に外に行け」
「了解です! やっちゃってください!」
「ちょ……本気⁉︎ あんな数相手にどうする気よ!」
「こうする気だよ」
俺は手を前に構えて集中する。こうも狭い空間で人が入り混じっていると、派手に衝撃波なんか放てないからな。
俺に掴みかからんとしていたクズどもがピタリとその場に貼り付けられたように動きを止めた。
そして同時に女たちの全ての拘束具を破壊する。
「が……っ、動け……ねぇ……⁉︎」
「今の内だ、さっさと済ませるぞ」
「はい! いきましょう、えっと……」
「ナズナよ、服探してくるわ」
「お願いします!」
「その必要はない、ちょっと待て」
アポートで何枚もの服を取り寄せて二人に向けて放る、全部ここに隠してあったものだ。
「さっすがイズハさん! 仕事が早い!」
「今度は腿つねるぞ」
「ひぇっ、冗談ですよっ!」
全員回収し終えるのを待ち、早急に二人を退避させる。さて、これでやっとこの施設をまるごとぶっ潰せるな。
「テメェ……何する気だ」
さてどうやって片付けるかな、サイコキネシスで心臓潰すかパイロキネシスで火だるまか……そうだ。
「そういやここは地下だからな、もし手抜きがあれば落盤してもおかしくないな?」
「それがどうした……オイまさか!」
「リリーは俺の大事な大事な仲間なんだ、手を出そうっていう奴には相応の報いを受けてもらう、今回は他の子達の分も含めてな」
ふむ、こんな感情は久々だな、はっきりと殺意が溢れてくるのを感じる。今すぐこいつらを殺したくてたまらない。
「ま、待て! 頼む、二度とこんなことやらねぇ、だから命だけは!」
「やらないもなにも、出来ないよ。なんせお前らに次は無いんだから」
騒ぐクズどもの冥土の土産にとびきりの笑顔を向けて、天井に手をかざした。
「イズハさん遅いですね……お説教でもしてるんでしょうか」
「ねぇ、あのイズハって奴何者? どう見ても普通じゃ無いでしょ」
「そうですね、まぁ普通とは言えませんね、あの人は……
その時、地面が跳ね上がったかのように大きく揺れ、目の前の地面が陥没した。
「な……! ちょっと何したのアイツ! まさか自爆⁉︎」
「まあ大体そんな感じかな」
「うわっ! いつの間に上がってきたの⁉︎」
「おかえりなさいイズハさん、ご苦労様です」
「あぁ、全く苦労したよ、誰かさんのお陰で」
「えへへ……でもお陰様でこうして沢山の人を救いましたよ!」
たまたま、な。
俺がいなかったらどうなってたことやら、まぁ今回はちゃんと反省しているようだから許してやろう。
それにリリー、本当は怖いくせによく耐えたな、そこだけは褒めてやらんでもない。
帰りは奴らの馬車を拝借した、と言っても動力は馬ではなくテレキネシスだが。
瞬間移動は人数が多すぎると使えないし、連続使用するとちょっと面倒なことになる。
馬車の御者台で御者気分を味わっていると、リリーが隣に座った。
「イズハさん、今日は本当にすみませんでした……」
「心配しなくても反省はちゃんと伝わってるぞ、あいつを不安にさせないために強がってたんだろ?」
「……やっぱりイズハさんにはバレちゃいますか」
「お前が分かりやすいんだよ、でも今日は頑張った方じゃないか? 少なくともあいつにはバレてなかったと思うけど」
「そうですか……イズハさん、その……いいですか?」
俺が黙ってうなづくと、リリーが倒れこむように身を預けて、堰を切ったように泣き出した。
出会った日も魔物に囲まれて泣きそうになっていたような奴だ、あんな目にあって耐えられるはずがない。それでもあいつを安心させるために、俺の助けを信じてずっと耐えていたんだろう。
間に合ってよかった、もし間に合わなかったらリリーは、いや俺はどうなっていただろう。
リリーはしばらく泣いていたが、やがて泣き疲れて眠ってしまった。
そのタイミングを狙ったのか、馬車の中に引っ込んでいたナズナが顔を出す。
「バレてたけどね、ずっと」
「言ってやるな、せっかく誤魔化してやったのに」
隣で寝ているリリーに気を使ってか、荷台から顔だけ出したままナズナは会話を続ける。
「だって最初からずっと目が潤んでたんだから、それに声も若干震えてたし」
「普段のこいつにしては上出来だ」
「ねぇ、あんたはなんでこの子を助けにきたの?」
「仲間だから、見捨てないって約束したから」
「ほっとこうとか思わなかったの?」
「全然、一瞬たりとも思わなかったな、相手もどうせ雑魚なんだし」
「もし相手が自分より強かったら見捨ててた?」
「さっきから変なことばっかり聞いてくるな、そんなに人を信用できないのか」
「……あなたは人を信じてるの?」
「俺は俺を信じてくれる人しか信じない。それ以外は全部いつ裏切るか分からん敵だと思ってる、もちろんお前のこともな」
「この子と真逆ね、何もかも」
「そうでもないぞ、似ているところもある、孤独なところとか自分の境遇に嫌気がさしたことがあるとか」
「そう、じゃああたしとも似てる」
「……もうすぐつくから後ろで寝てる奴起こしてくれ」
王様に今回の事件について話したところ、被害者たちは国で一時的に保護してもらえることになった。中には何人か別の国の子もいたらしい。
俺はモディロニア城の部屋に戻りリリーをベッドに寝かせて、彼女が受け取った依頼書を確認した。
目的物を千里眼で探すがなかなか見つからない。仕方ないので直接探しにいこうとすると、リリーが目を覚ました。
「なんだ、まだ寝ていてもよかったんだが」
「……コショウタケは平原にはありません、探すなら洞窟の中です」
「わざわざそれ言うために起きたのか?」
「私は私に出来ることをするんです、だから私が必要な時は遠慮なく言ってください、イズハさん」
焼け石の洞窟の中を視ると確かに依頼されていたコショウタケが生えていた、アポートで取り寄せて依頼完了。
「なぁ、お前はなんで人を信じるんだ?」
「どしたんです? 急に」
「いやな、さっきナズナに散々聞かれたんだよ」
「そうですか、私は信じた方が楽しいからですよ」
なんか何処かで聞いたぞ、そのフレーズ。
「……まぁいいか、信じるのも程々にしとけよ、今日みたいな目にあうぞ」
「はい、気をつけます」
「晩飯の時間になったら呼びにくるらしいから、それまでゆっくりしとくか」
「あ、じゃあお風呂入っていいか聞いてきますね」
「あぁ、頼んだ」
リリーがパタパタと駆け出していった。