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ストーカーとサイキッカー

ストーカーでも見た目は優男です、ストーカーでも。

 その日の全ての依頼を終えて再度ギルドまで戻る頃には、もうすっかり日が暮れていた。


「いやー頑張りましたねイズハさん!」

「あぁ、明日も頼りにしてる」

「任せてください!」

 リリーがどんと胸を叩き、ふんぞり返る。

 昨日出会ったばかりなのにもうこいつが褒められて嬉しいポイントが把握できたのは、俺が鋭いのかリリーが単純なのか。恐らく後者だな。


「今日はどこで晩ご飯にします? せっかくなんで酒場でパーっと飲みますか!」

 お、異世界名物『酒場イベント』か? しかし飲酒というのはなかなかリスキーだ。常人ですらタガが外れて人生終わることがあるもの。超能力者の俺が酔ったら、最悪世界が終わりかねない。

「俺が元居た世界だと酒は20にならないと飲めないんだが、この世界では酒は何歳から飲んでいいんだ?」

「15歳からですよ、イズハさんはひょっとして初めてですか? お酒」

「まぁな、少し興味はあるが」

「じゃあ行きましょうよ! 私こう見えても結構強い方ですから、介抱もお任せです!」

「そうだな、酔って力が暴走したらお前に止めてもらうか」

「うぇ!?︎ それはえっと……善処します!」

「善処ってどうする気だよ、全く」

 色々と複雑な感情が混ざった笑顔を浮かべるリリーに、思わず小さく吹き出してしまった。リリーも続くように笑いだす。元いた世界ではあり得なかった『他愛もない話をして笑い合う』という行為。常人からすれば何てことの無いものかもしれないが、俺みたいな異常者にとって普通の会話は奇跡に等しいものだ。


「見つけたぞ! このチート野郎!」

 しかし異世界に来てやっと得た俺のそんな小さな幸せも、元の世界と同じように第三者の介入によってぶち壊される運命らしい。

 そう、コイツみたいなやつには特に人の幸せをぶち壊す才能に秀でている。こういう人の話を聞かず、一方的に自分の理屈を押し付けるようなやつ。元の世界でも大体の組織のトップはこんなやつだった。

「逃げても無駄だって……ハァ……さっさと学習……しろよ……ヒィ」

 そういうハレクズ野郎は両膝に手をついて息をしている。途中うっかり心配してしまいそうな咳も交えながら。

 うん、少なくとも無駄ではなさそうだな。分かりやすく疲労困憊じゃないか。

 実はコイツ、さっきまでの依頼進行中にも何度も遭遇したのだ。どうやらサーチとかいう魔法は非常に便利なものらしい、ストーカーで訴えられないかな。

「リリーちゃんを懸けて俺と決闘しろ! イズハ!」

 やっと呼吸が整ったらしく、またもこちらに指を突き付けて決めポーズをとる。いい加減こっちの異議も認めてほしいもんだ。

「あのお気持ちはすごく嬉しいんですけど、何度も言うように私はイズハさんとパーティ組んでますから……」

「だから正々堂々勝負して、俺が勝ったらこっちに来てくれ!」

 リリーがやんわりとした口調で拒絶するが、奴は引きそうもない。こうなったらリリーの体を操って平手打ちでもさせようか。そこまでされて引かなかったらもう仕方ない、消そう。

「その決闘、俺が勝って何のメリットがあるんだよ」

「勝ったら? その時は仕方ない、潔く諦める!(万が一にもあり得んけどな!)」

 嘘つけ、絶対諦める気ないだろ。で、やっぱりメリット無いし。もういっそのことこいつを消した方がメリットになるまであるぞ。そう思い手をかざそうとしたら、リリーにさりげなく制止された。


 そうした不毛なやり取りをしているうちにだんだん周囲に人が集まってきてしまう。

「おー! なんだ兄ちゃんたち、喧嘩か?」

「何でも一人の女を取り合ってるらしいぜ!」

「熱いねぇ兄ちゃんたち! いいぞいいぞ!」

「やれやれー! 思いっきり暴れろー!」

 チッ、夜の酒場の近くでこんなことやってたらそりゃギャラリーも集まってくるか……。

 逃げてもいいが、どうせまた付きまとわれるのが目に見えている。かといって勇者を殺すと面倒なことになりそうだ、特にリリーが。

「よし分かった。俺が勝ったら、リリーを諦めるんだな?」

「もし勝てたらな、でも俺が勝てばリリーちゃんは俺のパーティにきてもらう!」

「言質とったぞ。あとからあーだこーだ言っても遅いからな」

 とは言ったものの、ここじゃ場所が悪いな。とりあえず平原にでも移動するか。



 星空の見事な夜の平原のど真ん中、俺とハレクズ野郎のリリーを懸けた決闘が行われることとなった。

 どうやらモディロニアの人々はこういう男のプライドを懸けた戦いのようなお祭りごとが大好きらしい。ぶっちゃけ兵士が止めでもしてくれないかと期待していたのだが、まさかの酔っ払いどもと一緒になってヤジを飛ばす始末。

 真っ暗だった平原は光や炎の魔法で照らされ、周囲への被害を防ぐために魔術の心得のある者たちによって張られた結界。これがリングの代わりといったところか。いつのまにやら屋台式の出張酒場みたいなものも出ている。しかもご丁寧に審判を名乗り出る輩も現れ、何もなかった平原は瞬く間に即席の闘技場に変わってしまった。本当に小規模のお祭りみたいだな。


 ルールはいたってシンプル。相手が降参するか戦闘続行不可の状態まで追い込めば勝ち、それ以外は相手を殺さなければいい。サクッと殺しちゃダメなのか、残念。

 両者離れて向かい合い、いよいよ戦いが始まろうとしていた。不安げな表情を浮かべるリリーに向けて俺は余裕のアピールとして親指を立ててみせる。それだけでリリーの表情が少し緩んだ。

 そしてそのやり取りを忌々しげにハーレムクズ野郎、もとい「真鹿 纏(マジカ マトイ)」が睨んでいる。


 審判を勤める男がメガホンのような道具を持って、声を張り上げた。

「これより! 男と男のプライド、いや愛を懸けた戦いを開始する!」

 そんな大層なもんじゃないんだけどな、この決闘。愛を懸けているつもりもないし。

「まずは向かって左のこの男。異世界から召喚されし驚異の力を持つ勇者、マトイ・マジカ!」

 周囲のギャラリーから歓声が巻き起こった、よく見ると不良勇者も混じっているのが見える。その隣にはいつか盗賊たちに殺されかけていた無気力勇者も。どうやら元気そうだ。

 沸き立つギャラリーの歓声に応えるようにとびきりの優男スマイルで手を振っている纏、勝利のビジョンしか見えないって感じだな。

「相対するはこの男。昨日冒険者になったばかりにもかかわらず、既にBランクまでのし上がっている謎の男、イズハ・フカシギ!」

 そういえばそうだったな、ランクなんて気にしてなかったからすっかり忘れていた。観客からまたも歓声が巻き起こる。場の空気を読んでとりあえず手を振っておいた。

「この二人が取り合うは、一人の可憐な女性の愛! その女性の名は、リリー・ナオセル!」

 だからなんでそんなメロドラマ的な感じにしたがるのか。愛なんぞ賭けた覚えはねぇ。

「では、両者互いに一礼!」

 互いの距離は大体15メートルほど。纏はよほど自分のスキルに自信があるようで、テレパシーを使ってもリリーと一緒にイチャつく妄想ばかり頭に入ってくる。ウザい。


「いいか? では始め!」

 審判の合図とともに俺も奴もバックステップで距離を取る。正直いきなり接近してデコピンでワンパン、いやワンピンKOしてもいいが、少しあいつの持っているスキルには興味があるのだ。

「お前に本物の魔法ってやつを見せてやる!」

 どうやら作戦的なものは何もなく、チートスキルを利用した強力な魔法で早々に決着を付ける気らしい。しかしよく考えてみると、俺が見たことある攻撃系の魔法って何気に最初に出会ったゴブリンの火の玉だけだな。とりあえず薄めにバリアだけでも張っておくか。


「必殺! “ラス=サンダー=カノン=ホーミング”!」


 奴が魔法を詠唱すると魔法陣が出現し、そこから極太の電気ビームが放たれた。地面を抉りながら一直線に飛んでくるビームを、俺は微動だにせず直立したまま全身に受ける。


「フン、結局ろくに反応もできてない。勝負あったな!」


 勝利を確信した奴の嘲るような高笑いがかすかに聞こえる。

 なるほど、“ラス”が最上級の魔法となるとこれが一番高火力なんだろう。残念ながら俺には傷一つついてないけど。

 結局奴のビームが俺の体に展開されているバリアの強度を上回ることはなく、バリアの周りを流れていった。

 煙が晴れて視界がクリアになり、魔法を撃った本人と目が合ったのでとりあえず手を振っておく。奴はしばらく唖然としていたがすぐに次の詠唱を始め、矢継ぎ早に魔法を撃ち込んできた。炎のビームに氷のビーム、光のビーム闇のビーム……。


 テレパシーで探ったところ奴の能力は【無限大魔法】といって、全属性の魔法が使用可能でしかも魔力消費が0になるというまさにチートな能力らしい。

 そんな素敵な能力なら常人が調子に乗るのも無理はないかもしれない、しかし残念ながら相手が悪かったな。

 俺は奴に向けてゆっくりと歩みを進める。恐らく驚異的な威力であろうカラフルなビームが次々と放たれ、俺の無意識のバリアを水が流れるように素通りしていく。

「クソ! なんで効かないんだ!?︎」

 奴が焦って詠唱に失敗しても、構わず一歩一歩ゆっくりと近づいていく。その度に奴の焦りが加速しているのが表情から丸分かりなのがなんとも滑稽だ。


「えーっと“ラス=……えーっと……」

「次はなんだ、ラス=ドゲザか? ラス=エスケープはできないぞ?」

「クソがっ! “ラス=アタックブースト=オーラ”!」


 追い詰められた奴はヤケになって最大の強化魔法らしきものをかけ、全力で殴りかかってきた。俺は拳の軌道を目で追いながら、いい感じに左頬で受け止めるように顔の位置を微調整してやる。そして奴の渾身の一撃は俺の左頬に綺麗に収まった。

「なるほど、虫をつぶさない様に叩くにはうってつけのいいパンチだ」

「う、嘘だ、こんなの、あり得ない……」


 自身の全力が簡単に受け止められたショックからか、パンチを打った姿勢のまま歯を鳴らして絶望的な表情を浮かべるマトイ。俺は奴の拳を左頬に置いたまま、バスが吹っ飛ぶ程度の衝撃波を放った。


「ドゥッ!」


 奴は錐揉み回転しながら大きく吹っ飛び、地面に叩きつけられて気を失った。


「約束は守れよ、ってもう聞いてないか」

「し、勝者、イズハ・フカシギ! この男がリリー・ナオセルの愛を勝ち取ったぁ!」


 いや愛は勝ち取ってない。会場が惜しみない拍手に包まれ、こうして俺からすれば何の張り合いもない決闘は幕を閉じた。これでしばらくは奴も寄ってこないだろう。多分。


 リリーを迎えに行こうとした時、広げっぱなしのテレパシーが気になる会話もとい心の声をキャッチした。

(あの人すごいわね。ぜひうちの部隊に欲しい逸材だわ)

(あぁ……また目の色が変わってる、こうなったらなに言っても無駄だからなぁ)

(そうだ、明日の任務に一緒について来させるよう父上に頼んでみよう!)

(どうせまたなんかわがまま言うんだろうな。止めなきゃダメだよな、あぁ胃が痛い)


 ***


「……というテレパシーが聞こえたんだが」

 家に戻った後、リリーに謎のテレパシーの内容を伝えると、彼女はしばらく考え込んで言った。


「部隊……ですか、ひょっとしたら【聖騎士団】の人かも知れませんよ?」

「聖騎士団、確か対エネミー用の部隊だったか? まだエネミーすら会ったことないんだが」

「まだ分かりませんけど、この国で有名な部隊といったら【モディロニア聖騎士団】しかないですよ」

「一般人から引き抜きなんてあるのか?」

「はい、聖騎士団は少数精鋭を基本としているので、国に強さが認められれば、声がかかるのは自然なことかと」

「……もしなったら、俺とリリーはどうなる?」


 リリーの表情が曇った、その表情だけで答えが分かるくらいに。


「多分お別れですね、聖騎士団の一員となれば、貴族と同レベルの扱いを受けることになりますから」

「そうか、じゃあ俺は絶対に聖騎士にはならないな」


 リリーは一瞬嬉しそうな顔をして、また曇らせた。

「なんでですか、勿体無いですよ? この先一生の安定が約束されるようなものですよ?」

「俺はお前の仲間だ、裏切らないし見捨てない。今朝言ったばかりなの忘れたか?」

「そうですけど、でも……」

 リリーの心の声を聞く、自分のせいで俺の足を引っ張っているんじゃないかと気に病んでいるようだ。

「俺はあくまでこの世界で自由に生きることが目標なんだ、別に安定なんて求めてない。俺が求めているのは美味しい物と新鮮な毎日、それから信頼できるパートナー。それくらいだ」

「また心の中読みました?」

「お前があんまり暗い顔してるから、少しだけな」

「もうイズハさんったら……」

 リリーが呆れたような顔をした後、クスリと笑う。

「でもありがとうございます、ちょっとだけ楽になりました」

「そうか、ならいいけど。そろそろ休むか?」

「そうしましょう。明日も頑張りましょうね、イズハさん」

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