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ハーレムクズ野郎

 無事に無気力勇者を助けて洞窟に戻ると、またリリーがいない。あいつは首輪で繋いでおかないとじっとしていられないのか? 犬でも待てぐらいできるぞ。


 洞窟内を見渡すも姿は見えない。まさか本当に地平線の向こうにでも行ってしまったのか? 仕方ないのでもう一度千里眼を使おう、と思ったがやめておく。少し離れた岩の上にリリーのローブが畳んで置いてあったからな。

 テレパシーの範囲を広げてみると案の定リリーの声が引っかかった。どうやらその岩のすぐそばに水が湧き出ているところがあるらしく、水浴びの真っ最中らしい。一人じゃ戦えないといいながら無防備な姿を晒すとは、なかなか肝が据わっているんだか抜けているんだか。

「おい、あとどれくらいで終わりそうだ?」

「あ、戻ってたんですか? すぐ終わります」

 ま、いきなり置いていった俺にも非はあるし、終わるまで急かさず待ってやるか。

「水、冷たくないのか?」

「冷たいですけど、汗で濡れるよりはいいかと。……あれ、温かい? イズハさん何かしました?」

 パイロキネシスを使い湧き水をぬるま湯に変えた。地下水脈というだけで冷え込むのにこれ以上冷やして風邪でも引かれたら困るからな。ちょっとしたサービス精神ってやつだ。


「少し温めただけだ、加減はどうだ?」

「あ、えっとちょうどいい感じです。ありがとうございます!」


 それにしても、あれだな。今岩一つ隔ててリリーが一糸纏わぬ姿で水浴びをしているのか。

 ……なんだか妙な感じだ。正直俺は異性だとか恋愛だとかに興味はない。それでも、なぜかリリーのことになると気になるというか心がざわつく。今もなんとなく心拍数が上がっている気がする。

「あ、あの……イズハさん。ちょっとだけこの場を離れてくれたりしませんかねぇ……(どーしよう! 服全部上に置いといたのに、パンツだけ向こうに落としちゃった!)」

 ……いや、考えすぎだろう。俺は雑念を振り払って、リリーの下着を気持ち強めにサイコキネシスで投げ渡した。


 水脈に沿って進むこと10分。

「見えました、あれが地底湖です!」

 辿り着いた地底湖は意外と小さく、湖というより池に近いものだった。地面を覆いそうなほど生えている石や苔でひっくり返らないようにしないとな。

 しかし肝心のビッグスライムらしき姿はどこにも見当たらない。水辺周辺ぐるりとを隈なく探したがそれらしき影もない。テレパシーを使ってみても全く反応なしなのは、いないからなのかそもそも思考を行わない生き物なのか。もしそうならばなかなか厄介だな。千里眼で見るには一度その対象を記憶しないと見れないし、アポートも同じだ。どうしたものかな。

「あれ? ここにいるはずなんですけど……ひょっとして私の記憶違いだったかな?」

「リリー、スライムの見た目をもう一度教えてくれるか?」

「はい、液体状でプルプルしてて色は薄い青だったり赤だったり――っ!」


 キョロキョロと歩き回りながら説明していたリリーが、石につまずき「ふぎゃ!」と盛大に転んだ。そそっかしい奴だ。

 リリーを起こそうと近づいた時、ふと違和感に気づいた。転んだ衝撃で砕け散った小石が水に浮いている。いや、正確にいうと『載っている』というべきか。

 俺は地底湖の水に向け、サイコキネシスによる衝撃波を放つ。すると明らかに手応えが水とは違うゼリー状のものにヒットした。水だと思っていたものが不気味に流動して伸び上がる。どうやらこの地底湖の水だと思っていたものは全部スライムだったらしい。

「えぇ! ここの水、丸ごとスライムだったんですか!?︎」

「みたいだな、しかしこれは予想外のデカさだ」

 真ん中に半透明の核が見える。予想ではあれを破壊すれば倒せるんだろうが、依頼は核の採取。破壊しないようにするのは普通の手段じゃ難しいだろう。なら普通じゃない俺はどうするか? そんなの簡単だ。

 まずはテレポートでスライムの中に入る。透明で流体だから水の中にテレポートするのと大して変わりない。次に核を抜き取りテレポートで脱出。これで核の採取依頼は終了だ。

「イズハさん! 核を抜いてもスライムは動けます! 気を付けてください!」

 なんともタフだなスライム。HPが一桁のあのスライムと大違いだ。

 大出力のサイコキネシスで消し飛ばしてもいいが、余波で洞窟が崩れたりしたら困るからな。少しだけ工夫して倒すとしよう。

 まずはクリオキネシスで液体状の体をカッチカチに凍らせる。そしてサイコキネシスで砕く、消し飛ばすよりも力がかからなくて済むからな。最後にパイロキネシスで欠片をすべて蒸発させれば攻略完了だ。

「終わっちゃいましたね、10秒足らずで」

「地上まで歩いてもいいけど、流石に面倒か?」

「面倒ではないですけど、早くギルドに戻って別の依頼も受けたいです」

「そうか、じゃあギルドまでテレポートするぞ」

 テレポート!



 ギルドに戻り、窓口にいたナターシャに受け付けてもらうことにした。

「はい、ビッグスライムの核、確かにお受け取りしました。報酬の金貨12枚です。ギルドポイントも付与してありますので……ところでイズハさん、少しよろしいでしょうか」

「ローラじゃなくシンシアからとは珍しいな、どうした?」

 ナターシャが周囲の様子をちらりと確認し、俺に耳を貸すように指示して小声で話す。

「さっきの勇者さんのことなんですけどね、なんだかリリーさんのことを気に入っているようで……」

 聞くところによると、どうやらあの『ハーレムクズ野郎』がリリーを引き抜く気満々らしい。

「『あの子が来たら僕に教えてください』って言ってたんですけど、気をつけた方がいいと思います」

「分かった、用心するほどでもないとは思うけど、一応気をつける」

 忠告はありがたいが、正直あの程度あしらうなんざ造作もない。まぁ纏わりつかれるのは迷惑だし、遭遇した時に何かしらアクションを起こすってことでいいか。

 なんてことを考えながらリリーの元へ戻ると、リリーとハーレムクズ野郎が何やら話し合っていた。いやなんでいるんだお前。


「だから私はイズハさんと一緒にパーティを組んでいますから、できれば他の人を当たってくれるとありがたいんですけど……」

「じゃあイズハくんを説得してくれないかな? やっぱ一人だと心細いし、回復役がいると頼りになるし……勇者としての使命を果たすためなんだ」

 その使命とやらにハーレム形成も含まれてるのか?

「じゃあ他の回復要員を探せ、こいつ以外の」

 ハーレムクズ野郎は俺の顔を見ると一瞬顔を引きつらせたが、すぐにまた優男に戻り俺に上辺だけ人懐っこく迫る。

「頼むよイズハくん、そう邪険にしないでさぁ(出たなお邪魔虫! 村人みたいな顔しやがって、勇者だぞこっちは! モブは大人しく主人公に譲れよボケ!)」

 村人みたいな顔ってなんだ、あと主人公こっち。

「行くぞリリー、次の依頼はちゃんとBランクの討伐依頼だ」

 しかしハーレムクズ野郎はしつこく食い下がる。

「じゃあ僕も一緒に連れてってよ、きっと役に立つから!(少なくともモブのテメェより主人公の俺の方が戦えるからな! その様子を見りゃリリーちゃんもこっちになびくだろ!)」

 これだから常人は嫌いだ、少し力を手に入れるとすぐ調子にのる。そしてなんどでも言うが主人公は俺だ。『異世界ハーレムクズ野郎』じゃなくて『異世界サイキック』なんだよ。

 適当にはぐらかしても効果は薄そうだし、ここはすべて知っていることを伝えたうえで直球で断るほうがいいだろう。これで建前捨てて逆上でもしてくれれば、こっちとしてもやりやすいんだけどな。

「あのな、お前のハーレム願望にリリーを巻き込むな。異世界に来て、どんなチートみたいな能力を手に入れたのかは知らんが図に乗るな。痛い目に会う前に自分は無敵でもなんでもないって自覚しとけ」

「は? チート? ……おい待て、お前もまさか別の世界から来たのか?」

「その通り、だからこうして忠告してやってんだ。現に一人は盗賊にボコボコにされてたしな」


 まぁあいつは自覚はちゃんとあった上での不可抗力的な部分もあったみたいだけど、こいつはいつか天狗になった末に盛大にやらかしそうな気がする。

 ハーレムクズ野郎はしばらく呆然としていたが、何やら合点のいったような顔で頷いた。

「……なるほどね。てことはお前もあれだな? この世界で何かしらのチート能力をゲットしたんだろ?」

「別に何ももらってない、一緒にするな」

「嘘つくなよ。そんで僕にその子を取られそうだから逃げ回ってんだな、そうだろ?」

 ん? 何を言ってるんだこいつは、逃げ回ったのはあながち間違いでもないけど。呆れて声が出ないのを図星を突いたと思ったのか「ほらな」と奴が続ける。

「だから何度サーチの魔法を使っても逃げられたんだ、お前もチートを使ってたなら当然か」

 なるほど、だからテレポートしても追いかけてこれたのか。そんなGPS的な魔法があるとは知らなかった。

 クズ野郎は不敵な笑みを浮かべた。もう完全に優男の建前は捨てたらしい。

「お前もチート能力を使えるならちょうどいい、加減してやる必要もないし。イズハ、リリーちゃんを賭けて俺と決闘だ!」

 そう言って俺を指差し、まるで何かの主人公のようにポーズを決める。そのポーズはここで使うより法廷で使うほうがいいぞ、「異議あり!」って言いながらな。まぁお前は訴えられる側だけど。

「ど、どうします?イズハさん、なんか訳わかんないこと言ってますけど……」

「ああ、訳わかんないな。こういう奴は構わないのが正解だ」

 俺は奴に背を向け、リリーにもそうするよう促す。すると奴はニヤリと笑みを浮かべた。

「おいおいまさか逃げる気か? そんなにビビるなよ」

 あぁビビってるとも、お前の人間性に。 ということでテレポート!

「え、おい待――


 煽ったらその気になるとでも思ったか知らんが、そんな見え見えの煽りに引っかかるバカはいないぞ。

 テレポートした先はリリーの家だ、とっさに思いついた場所がここだった。


 リリーが納得いかないような顔で首を傾げる。

「あの人は何であんなに私に執着してるんですかね?」

「惚れたんだろ単純に、そんであいつは俺がリリーに惚れてると勘違いしてる」

「私に惚れたんですか? どこがいいんですかね、物好きな人です」

「顔じゃないか? よく分からんがいい方だろ、多分」


 実際、町で歩いてる時もリリーに対する心の声がちらほら聞こえる程度には整った顔をしている。以前の陰口だって、本人に何かしら羨まれる要素がないとまず陰口なんて叩かれないだろうからな。アンチがいるのは人気の証ともいうしな。

 ハーレムクズ野郎(例のあいつ)がリリーに固執する理由も単純にモディロニアの町で際立って可愛いかららしい(テレパシー調べ)。


 リリーが顔を赤らめてまんざらでもなさそうに否定する。

「そ、そんな私の顔なんて……別に良くないですよぉ〜」

「じゃあ体か? 悪くはないだろう」

 以前ハグした時の感触から恐らくE寄りのDだと思われる。ちなみにファイナはHでアンジュはA、ナターシャはA寄りのBだ。何で分かるか? 見たら大体分かるんだ、これも超能力の一種だろうか。

「ッ――! それはイズハさんしか分かんないでしょ!」

 うっすら赤く染まっていた顔が、文字通りの意味で顔から火が出ても不自然じゃないほどに赤くなる。もはやマッチ棒。

「悪い悪い、でも惚れられる要素はあるだろ?」

 すると、リリーが俯いて何やら口籠り出した。蚊、というより微生物が鳴くほどの声で。

「何だ? 全然聞こえん」

「ィ……ズハさんは、どう思いますか」

「何が?」

「わ、私のこと気になったりします?」


 なるほど、俺がリリーにときめいたりしているかってことか?

「別にどうとも。リリーは一つ屋根の下の仲間だし、そういう目で見たことはない」

 洞窟では多少気になったけど、日常的にそんな目を向けたことはない。全く。

「……そうですか」


 うん、あからさまに落ち込んだ顔してるぞリリー、それじゃあ意識して欲しいと言ってるようなものだぞ。

 いや、リリーの思いは薄々というかテレパシーでがっつり把握しているんだ。リリーは完全にこっちを異性として意識している。

 最初は俺もリリーもお互いに仲間としか思っていなかった、それは確かだ。しかしあの朝の説得及びハグ以来、リリーが明らかに俺を意識している。

 別に嫌でも駄目でもないが、まだ向こうも自分の想いに確信は持ってないみたいだから、こちらから言うのもなんか違う気がする。

 ……まぁそれ以外にも事情はあるが、今はまだ伏せておく。


「ところでイズハさん、依頼書貰ってきたんですよね?」

「あぁ、今回は採取系だから多めにもらってきた、今日はこれだけやればちょうどいいと思う」

「頑張りましょうね、イズハさん!」

「そんなに張り切らなくてもいいだろ」


 俺とリリーは依頼書と地図を広げた。

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