優男と不良と無気力と。
無事に職を得た(村人、ほぼ無職)俺は、早速ギルドに依頼を受注しにきたのだが、なにやらギルドの人々の様子が変だ。
ギルドが騒がしいのは昨日もそうだったが、昨日のバカ騒ぎとは少し違う。まるでなにか事件が起きたようなざわめきだ。
こういう時はテレパシーで情報集め……といきたいところだが、人の多さで混線して何がなんだか分からない、普通に聞いた方が早いな。
なんてことを考えていると、さっきまで隣にいたはずのリリーが何故か人混みの中から現れた。こいつ、俺が見てない間にテレポートを習得してたりしないよな?
「大変ですよイズハさん! どうやらここ、モディロニアが異世界の勇者の召喚に成功したらしいです!」
もう聞いてきたのか、まだ頼んでもないのに。ついでに今さら知ったぞ、この国の名前。
「そうか、異世界から……」
俺と同じ世界からきたのか、もしくはさらに別の世界からきたのか。まぁどちらにしろ俺には関係ない話だと思うが。
「ちなみにその勇者召喚、一体なんのためなんだ? そこらの魔物なら冒険者だけでもなんとかなりそうな気もするが」
「あ、まだ説明してなかったですね。確かにふつうの魔物なら、そこら辺の冒険者でもなんとかなります。でもこの世界には“エネミー”という厄介なものがいるんですよ」
“エネミー”……敵のことか? 今まで会った魔物とかと何か違うのだろうか。
「エネミーというのはですね、なんか煙みたいな黒いモヤモヤしたもので、凶暴な魔物を生み出したり、人間に取り憑いて“魔人化”させたりする厄介な奴です」
“魔人化”……? さっきから初めて聞く単語ばかりだ。下手に新しい言葉を作ると後で作者が混乱するハメに……いや俺は何をいってるんだ、誰だ作者って。
「今までも何人か取り憑かれた人はいるんですけど、共通してるのはステータスが異常に高くなるのと黒魔法が使えるようになるってところですかね」
もし俺が取り憑かれたらどうなるんだろう、この世界滅びるかもな。
「魔人化した人は、普通の人でも倒せることには倒せます。ですが、かなり強いからやっぱり一筋縄ではいかないんですよ。だから対エネミー用の力を込めた“聖剣”とか、戦闘能力が優れた人々を集めた“聖騎士団”っていう部隊を編成したりとか対策を取っているんです。そして“異世界勇者召喚”もその対策の1つってわけです」
「流石知恵袋、漁ればなんでも出てくるな」
リリーが嬉しそうに胸を張る。
「えへへ、そうでしょうそうでしょう! もっと頼りにしてくれていいですよ!」
「じゃあもう一つ、なんで異世界から召喚する必要があるんだ? もし一般人なんか召喚したら役に立たんだろ」
まぁ大方何かしらのチートスキルやぶっ壊れステータスでも持ってるんだろうけど。
「何やら異世界から召喚された人間にはすごい力があるらしく、その力は戦況をひっくり返すほどのものなんだとか。イズハさんの超能力もそんな感じじゃないですか?」
「俺は元々一般人とは程遠い存在だ。ちなみに今までにはどんな能力のやつがいたのか分かるか?」
そう聞くとリリーが珍しく答えに詰まり、首を捻った。
「そうですねぇ、攻撃力がとても高かったりHPが自動で回復したりとか……? あとは聞いたことないです、そもそも勇者召喚なんてあんまりしませんから」
「なんでだ? そんなに戦力になるならそいつらで軍隊を作れば楽勝だろ」
「異世界からの召喚ってかなり膨大な魔力を有するらしいんですよ。だから普段からじわじわ国の一箇所に貯めておいて、一定まで貯まってから召喚しないといけないみたいです」
やっぱり別々の世界を繋ぐわけだからそんなに簡単でもないよな。というかそんな大層なことを俺は寝ぼけてやってしまったのか。これは異世界から来たというのは極力伏せておいた方がいいかもしれないな。
「それに一つの国で勇者が一度現れると、その勇者が死ぬまでその国では次の勇者は現れないんです」
今の召喚された奴らが生きている間は、この国では勇者は召喚されないわけか。不便なシステムだな。
「そういえばイズハさんも異世界からきたんですよね、ひょっとしたら仲良くなれるかもしれませんよ?」
「いや無いな、もし俺と同じ世界から来たとしたら確実に仲良くはなれない」
あんな世界の心の汚れた奴らと仲良く? 冗談じゃない、それが嫌でここに留まるつもりなのに。
「……まぁ出会うかどうかも怪しいですしね。勇者ともなれば国からかなり優遇されるでしょうし、きっとお城で寝てお城でご飯食べて馬車でエネミー討伐に向かうんでしょう。私たちと出会うなんてそうそうありえませんね」
はいフラグ、もう嫌な予感しかしない。……ところで外が騒がしいな、まるで大スターが現れたかのように。
「ヘェ~ココがギルドかー! なんかテンション上がってきた!」
「うるせぇな、いちいち騒ぐなよ殺すぞ」
「だって異世界だよ!?︎ 逆になんでそんな二人とも平然としてるの?」
「てめぇが無駄に騒ぐからイライラしてんだよ」
「俺は別に興味ないだけ、ぶっちゃけ勇者とかどうでもいい」
「えー! いやいやもっとこうさぁ、ねぇ?」
ギルド中の注目を浴びながら入ってきたのは三人組の男。左から金髪に尖った目に学ランの不良系男子、パーカーに緩いジーンズに整える気すらない髪の無気力系男子、ちゃんとセットされた髪に綺麗なブレザーの優男。いかにも異世界に召喚されそうな三人だ。
「あの、喧嘩は良くないですよ!」
おいリリー、何故首を突っ込んだ? そういう手合いには関わらない方がいいって、お母さんに教えて貰わなかったのか?
「あ? してねえよウゼェ、なんだてめぇ」
不良が早速不良らしくメンチを切ったが、優男が間に滑り込み不良を宥める。良かった、もしリリーに喧嘩をふっかけようものなら俺が消すところだった。
「だから喧嘩腰はよくないってば。ごめんね? お嬢さん」
「いえいえ、ところでみなさんは勇者さんですか?」
リリーの問いかけに対し、気だるそうに無気力が口を開く。
「なんか王様みたいな奴にそう言われただけだから。世界救うとか過度な期待しないでね、荷が重い」
「あの、いきなりですが皆さんの世界に超能力っていう力はありましたか?」
何故聞いた? おい、俺と同類を探そうとするな。そんなのいないから。オカルトだから。
「超能力? テレビではあってたけど……それがどうしたの?」
「あんなのデタラメだろ、あるわけねー」
「無いでしょフツー」
あるんだよ今ココに。なんて言ってないで早くリリーを回収した方がいいな、じゃないと……
「ねぇ君一人? 良かったら僕と一緒にパーティ組んでくれないかな?」
わぉ早速勇者のハーレム入り! じゃなくて早く止めねば、このチョロインなら本当にハーレム入りしかねない。
「すみません、もう相手がいるんです。でも相談したら一緒のパーティに入れてくれるかも」
「いや、それは無いぞリリー」
「そ、即答ですかイズハさん!」
「当たり前だ、こんな奴らと一緒に冒険なんてできるか、邪魔になるだけだ」
それに内面に問題があるやつがいるからな、若干一名。
「じゃ、邪魔だなんて……」
「舐めんな! こっちこそ願い下げだ!」
「俺も無いわ」
「ほらな? 二人も反対してるし、俺たちは二人でちょうどいいんだよ。ほら行くぞ」
そういってやや強引にリリーの手を引いてギルドを後にする。
リリーが困惑しながらも尋ねてきた。
「ちょ、ちょっとイズハさん? どうしたんですか急に」
「あの優しそうなあいつはやめとけ、他二人はまだいいがあいつだけは絶対やめとけ」
「なんでですか? 一番いい人そうなのに……」
「あぁ、一番いい人“そう”だな、見てくれだけは」
「……どういうことですか?」
「あいつの心の声を聞けば分かる」
俺は見知らぬ三人に対して警戒のためテレパシーを使ったのだ、そしてその時聞こえた心の声がこれだ。
(キタァー異世界! 俺はこの世界でハーレムを作ってみせる! まぁ他二人がこんなだし、カッコよくみせるのとか楽勝だな! コレって勝ち確って奴じゃね!?︎)
(チッ、まじウゼェな。でももし妹も同じ風にこの世界に来てたら……頼む、この世界に来てますように)
(少なくとも元いた世界よりはマシかな、学校無いし不倫ババァも酒飲みジジィもビッチ妹もいないし。ココで人生やり直せるかな……)
上から優男、不良、無気力の心の声だ。見て分かるように後半二人は根っこの性格には何の問題もないのだ。しかしあいつだけは違う、もしリリーの側に置いたら確実になんかされるぞ。
「そんな人なんですか!?︎ ひぇぇ危ない危ない」
怖い怖いと身震いするリリー、特にこいつは絶対引っかかりそうだからな。チョロいもん。
「人間見た目じゃ判断できんからな、そんな奴いただろ?」
「そんな人います? ……あぁ、いましたね」
俺とリリーが同時に思い浮かべたのはとてもか弱く清純そうな受付嬢の姿だ。
「アタシのこと呼んだ?」
アンジュもといローラが依頼書を持ってひょっこり現れた。そうだよ、お前だよ。
「呼んでない、それだけ渡して早く受付に戻れ」
「お、流石イズハ、見る前から受けるとは対して自信だねぇ。これAランクの依頼だけど」
「取り替えてきてください! アンッ……じゃなくてローラさん!」
「いいの? 報酬金貨12枚だよ?」
「だ、ダメです! ちゃんとランクに見合った依頼を受けて堅実に……」
「俺は別に構わんぞ? 金なら多いに越したことはないし、レベルも上がるしな」
それはそうですけど、とリリーが続けた。
「で、でも、なんだか悪いですよ。その……ズルしてるみたいで」
なかなか立派な心がけだな。でも俺は何でもいいから早く受け取ってココを離れたいんだ、じゃないとあいつが……
「ねぇ君たち! ちょっと待って!」
「もうそれでいいから寄越せ! 行くぞリリー!」
「えぇ!?︎ どうしたんですかイズハさん!」
テレポート!
「消えた!?︎ 今のは魔法か? クソ!」
あと一歩のところでとり残された優男系勇者が悔しげに地団駄を踏む。
「残念でしたね勇者さん、別の方とパーティを組んではいかがでしょう」
「いや、どうしてもあのリリーって子が欲しいんだ。絶対にリリーちゃんを俺のハーレムに入れてみせる!」
「そうですか……まぁ頑張って」
(あーあ、めんどくさいことになったなイズハ。ま、せいぜい頑張れよな)