イズハとリリーの約束
家に戻るとリリーが朝ご飯の支度をしていた。
「おはよう、材料買ってきたのか?」
「あ……おはようございます、すぐ作っちゃいますからちょっと待っててください」
一瞬だけ顔を合わせたがすぐに逸らし、黙々と手を動かすリリー。
「悪いな。俺も作ろうと思ったんだが、市場がまだ空いてなかったもんで」
「いえいえ、私が料理するの好きなだけなので。気にしないでください」
その一瞬で見えたのは昨日と変わらない笑顔、しかし残念だが俺の目は誤魔化せないぞ。
目が赤くなっていたし頬には涙の伝った跡があった、そもそも俺に隠し事をするのはよっぽど訓練を積まないと不可能だ。どこぞの暗殺者姉妹のようにな。
「市場で何があったんだ?」
リリーの手が止まり笑顔が引きつる、相変わらずわかりやすい奴。
「べ、別に大した事じゃないですから、いつものことですし」
「いつものことなら尚更ほっとけるか、毎朝そんな顔でおはようを言われても困る」
「……とりあえずご飯作っちゃいますから、その後でお話ししますね」
机の上にパンと目玉焼きとスープを並べ終わって、机を挟んで向かい合わせになっていた席をリリーの隣に移した。
しばらく深呼吸をして、リリーがゆっくりと俯きがちに話し出す。
「さっき朝ご飯の買い出しに行ったんです、そしたらその……知り合いがいたんです。その人たちは昨日の薬草採取依頼を一緒に行くはずだった人たちで、声かけようとしたら何か他の人とみんなで話しているみたいで……」
とても可笑しそうに話しているので、何を話しているのか気になり、こっそり聞き耳を立てたそうだ。
「最初は昨日の依頼結構きつかったとか、そんな話だったんですけど……途中から私の話になってきて……
「昨日結局アイツどうしたのかな」
「あぁ、あの回復要員?」
「違う違う。要員じゃなくて、回復だけの無能だからアイツ」
「知らないしどうでもいいじゃん」
「採取くらい一人で行けって話じゃない?」
「無理無理、アイツ能無しだから」
「戦えないくせについてくるだけ、ホント無能」
「今度行こうねとか言われたんだけど、無理無理」
だいたいまとめるとこんな感じか、最後の方はしゃくり上げながらの涙声で聞き取り困難だったが。
やっぱりどこの世界にもこういう奴はいるんだな。俺は元から他人なんて信用していないからまだいいが、純粋なリリーにはかなり堪えただろう。
「みんな……気にしなくていいって……戦えなくていいって……でも……本当は……迷惑で」
「気にするな。他の人にはお前がどんな思いしてるか分からんからそんなことが言えるんだ、リリーは何も悪くない」
嗚咽するリリーの背中をさすりながら、慣れないながらもなんとか励ます。
「お前だって一生懸命覚えようとしたんだろう? それでも覚えれないもんはしょうがないじゃないか」
「みんなはできるのに……私が足引っ張って……」
「みんななんて気にしても仕方ないだろ、お前はお前がやれることをやっていけばいいんだ」
正直自分の言っていることが、的を得ているか外れているかよく分からない。薄っぺらな言葉だということはなんとなく分かってるけど。
「私だってみんなの役に立ちたいんです。やれることは何でもしました、それでも結局役立たずのまんまなんです!」
まずい、なんか間違えたか? リリーの言葉が棘を含んだものに変わり、その矛先がこっちに向いている気がする。
「イズハさんには分かりませんよね、だって何でもできるんですから。どうせ回復だってできるでしょう? それしかできない私とは違って!」
完全に八つ当たりされてるな、どうしたもんか。いったんリリーの声をスルーして、リリーの心の声に耳を傾けてみる。
(私に存在意義なんてない。みんな、イズハさんだって本当は私を荷物としか思ってない)
そんな他人に与えられた存在意義なんて無くてもいいだろう。自分のために生きていればいいものを、変なことを考えるもんだ。
(一人でいたくない、一人は寂しくて怖い。でも私は役に立たないから誰もそばにいてくれない、誰も分かってくれない)
一人は寂しい、その言葉でふと頭に浮かんだのは百合の顔。
それは、分からんでもない。もしあいつがいなかったら、俺は一体どんな人生を歩んでいただろう。多分孤独に生きて、孤独に死んでいただろう。下手したら世界に絶望して滅ぼしていたかもしれない。
「それでもお前の気持ちは分かる」
「さすが心が読めるお方は人の気持ちも手に取るようにわかるんですか! 大した人ですね!」
「だから一回落ち着けって、話を聞いてくれ」
「もう嫌だ、私なんて……」
リリーは完全に聞く耳を持たない、まずは話を聞いてもらわないとどうしようもない。
どうすれば彼女を落ち着かせられるか、予知でいろんなパターンを試してみる。
土下座は駄目、彼女が見向きもしない未来が見えた。いっそ逆ギレしてみるか? 駄目だ、余計にこじれている未来が見える。
この場を収める方法はきっとある。ここは思い切ってドラマなんかであるパターンも試してみよう。
青春っぽく殴る……うわ、リリーの首がすっ飛んでしまった。この程度は元の世界でさんざん見てきた、というよりやってきたが、知人のこの姿はさすがにグロい。
じゃあ次はダンスでも誘って……あ、すごい蔑んだ目で見られてる。じゃあこれも無し。
混乱して自分でも意味不明な予知を繰り返す。と、一つ解決方法を見つけた。が、これは正直どうなんだ? 予知で見たのだから失敗はしないと思うが、いいんだろうか。
「いつだってみんな私のことを見捨てるんです、イズハさんだって本当はそうなんでしょ?」
「リリー、ちょっと失礼」
予知で見つけた解決方法、気は進まないがやるしかあるまい。
俺は彼女の手をとってしっかり密着するように加減して引き、優しく抱きしめた。
「なっ何するんですか!」
彼女が振りほどこうともがくが、しっかりと抱きしめたまま続ける。
「いいから聞け。もう一度言うが俺だってお前の気持ちは分かる、まぁ少し違うかもしれないがな」
持つべきものを与えられなかったリリーと、与えられすぎた俺。歩んだ人生も価値観も天と地ほどの差があるだろう。ただそれだけ違えど同じなことが一つ。
「俺は確かになんでもできる、できなくていいことまで。だからみんなの苦労が分からないし、誰も俺の苦労を分かる人もいない。……俺も、孤独なんだ」
暴れていたリリーも、少しだけ落ち着いたのか俺の話を黙って聞いてくれている。「孤独」と言ったとき、少しだけ服を掴む力が強くなった。
俺もリリーも、異常なのだ。出る杭は打たれるし、出ない杭は朽ちる。周りに認めてもらえないし、こちらから歩み寄ることも許されない。
「一人でいるのは辛いよな、それは俺にも分かる。信じてた人に裏切られたらもっと辛いんだろうな」
リリーは無言で頷く。俺はリリーの背中をさすりながら続ける。
「お前がさんざん言ったみたいに、俺は人の心が読める。だから誰も信じない、みんな嘘吐きだからな」
リリーが小さくごめんなさい、というのが聞こえた。返事の代わりにリリーの頭を撫でる。
「でもな、リリーは嘘を吐かなかったから、信用してみようかなって思えたんだ。お前が嘘吐きでない限り、俺はお前を信じる」
リリーがポツリと言った。
「……約束ですか?」
「あぁ、約束だ」
俺は人生で二つ目の約束を交わした。