特濃受付嬢
ギルドに付いた俺はリリーの提案で、あのアンジュとかいう受付嬢とは別の人に対応してもらうことにした。
代わりにやってきたのは、眼鏡の似合ういかにも真面目そうな風貌の受付嬢。見掛け倒しの可能性も考慮してテレパシーを使ってみたが、どうやら大丈夫そうだ。
「依頼達成しました!」
「では依頼書と依頼品を確認します」
「はい、どうぞ!」
「えー、ドラゴンドラゴラの核とデカヒデリモドキの核ですね、確かに受け取りました。ではお二方のギルドカードにギルドポイントを付与しますので、ギルドカードを出していただいてもよろしいでしょうか」
「お願いしまーす!」
受付嬢さんは依頼書のランクとギルドカードのランクを見比べ、苦笑いを浮かべる。
「はい、お二方は……Eランク? あの、カードをお間違えではないでしょうか?」
そういえばこの2つの依頼はAランク推奨だったな。瞬殺だったけど。
「いえ、間違えてないです。ただその……」
言いにくそうに口籠るリリー、どうやらアンジュのことを言うか迷っているらしい。別にあんな奴に情けをかけることもないだろうに。
しかしその様子を見ていた真面目な受付嬢さんは何か察したような顔をし、呆れたように溜息をつく。
「……はぁ、すみません少々お待ちください」
そう言って受付嬢さんが真っ先に向かっていったのは、アンジュ・スライのところだった。
「ちょっと! また勝手に高ランクの依頼を初心者に勧めたでしょ!?」
「そんなことしたっけ? 誰よその冒険者、顔見たら思い出すかも」
やれやれ、せっかく会わないようにしたのに無駄な努力になってしまった。
「あ、コイツら? そっかそっかクリアしたかー、おめっとさーん」
「なにが『おめっとさーん』ですか! イズハさんにろくな説明もしないで! 今回はイズハさんが強かったからなんとかなったけど、アンジュさんは適当すぎです!」
「なんとかなったならいいじゃん、ラッキーラッキー」
リリーが激しく糾弾するも、アンジュは相変わらずのきっちりとした接客スマイル。そのくせ雰囲気だけはヘラヘラして反省の様子はまるでない。
もう俺が直々に拳骨でもお見舞いしてやるか、と肩を回した次の瞬間、真面目な受付嬢さんがアンジュの頭にめり込むほどの拳骨を振り下ろした。
「いってー! 何すんの!」
「アンタが何してんの! いつもいつも適当なことばかりして! 仕事してる自覚あるの!?」
「仕事はしただろうが! ちゃんとカード発行してちゃんと依頼受けさせてちゃんと達成してきたじゃねーか! なんの文句があんの!」
「文句しかありません! 施設の説明はした? ステータスは? パーティは? ランク制度は? 無職なら神殿の案内と依頼のキャンセル方法とカードを無くした時の手続きとそれから……」
矢継ぎ早の詰問にアンジュは敵わず耳を塞ぐ。
「あーもーうるせぇな! 分かってるって!」
「あなたの分かってる分かってないはどうでもいいの、この人たちが分かってるか分かってないかが問題なの!」
あのアンジュが。掴み所がない、怒っても一向に恐れいらないアンジュが。滅多なことでは表情の変わらないあのアンジュが、普通に説教されている!
2人で衝撃に打ち震えていると、真面目嬢さんがこちらに向き直った。
「イズハ・フカシギ様、リリー・ナオセル様、どうやらこちら側の不手際で色々と説明がなされていなかったようで、大変申し訳御座いません」
そういって真面目嬢さんが深々と頭を下げ、アンジュも頭を押さえつけられる形で頭を下げる。一応抵抗はしているようだが真面目嬢さんの手はピクリとも動いていない、恐ろしい筋力だ。
「いえいえ大丈夫ですよ、私から色々説明しましたから。それにそろそろ離さないと死んじゃいそう……」
見るとアンジュが力なくグッタリとしている。普通なら引っかかりそうな演技だ、普通なら。
「あら、やり過ぎたかしら?」
「いやそれは気絶したフリだ、もっとやっていいぞ」
「てめぇイズハこの野郎! 何バラしてんだぶっ殺すぞ!」
「死ぬのはアンタよ、最後の言葉は今のでよかったかしら?」
更に真面目嬢さんが力を込めてアンジュの頭を机に押し付ける、机がミシミシと音を立ててどんどんゆがんでいく。
「アイタタタタ待って待ってゴメンナサイ! すみませんすみませんもうしません! 離してくださいお姉様!」
「あら、許しを請うのは私じゃなくて別の人だと思うけど?」
「イダダダダ! イズハさんリリーさんすみませんでした! マジで次から気をつけますんでどうかご慈悲をぉぁああ頭割れるってぇぇぇ!」
姉妹だったのかこの2人。ていうかそろそろやめてあげてほしい。周囲の視線が集中してるのと、アンジュが本当に死にかけてる。
姉妹喧嘩(というより一方的な暴力)が一通り終わった後、俺たちはギルドの例の別室で話をすることになった。
「私はこの子の姉のシンシア・スライと申します、この度は妹が大変無礼なことを……」
「いえいえそんな、大丈夫ですから。私はリリー・ナオセルです、でこっちがイズハ・フカシギさん」
結局圧倒的な力にアンジュは気を失って、ゴッソリ減ったHPをリリーが回復してやっている。ほっとけばいいのに。
「しかしお二人共本当にEランクなのですね、驚きました」
「いえいえ、私は何も……。すごいのはイズハさんですから」
「あら、そうなんですか? 失礼ながらステータスを見せて頂いたりなんて……」
別にこいつらなら見せても騒ぎになることはないだろうし、そう思っておもむろにポケットからカードを取り出して渡すと
「腰を抜かさないようにしてくださいね」
と俺より先にリリーが忠告した。
「まぁ、20でこんなステータスなんて!」
「ですよね! やっぱり凄いですよね!」
するとシンシアが依然として動かないアンジュの方を見ながらなるほど、と何やら一人で納得したように頷いた。
「コレはこの子に気に入られるのも納得ですね」
「アンジュさんは強い人が好きなんですか?」
「そりゃあもう、昔から『結婚するならアタシより強い奴がいい』って言い続けるくらいに」
「んなこと言ってねーよ!」
さっきまで死の淵を彷徨っていたアンジュが飛び起きて叫ぶ、必死だな。
「あら、もう起きたの? もう一回寝る?」
「フン、捕まえられたらな。力ではそっちが上でも速さではこっちが上だっての!」
そう言いながらすでにシンシアの手の届く範囲外にちゃっかり移動しているアンジュに、シンシアは肩をすくめてやれやれと首を振った。
「ホント懲りないんだから全く……」
「あの……お二人は元冒険者だったり?」
「あら、よく分かりましたね」
シンシアがにこやかに答える。
「まぁ少し違いますけどね、本職は暗殺業です」
「あ、暗殺……? ってそれ言っちゃっていいんですか?」
「いいえ、だから貴方達にはここで消えて貰います」
そう言ってアンジュは袖から数本のナイフ、シンシアは口径の大きな銃を懐から取り出した。
切っ先と銃口を向けられ、リリーは震え上がって俺に縋り付く。
「イ、イズハさん! ど、どうしましょう!」
「お前は本当に純粋だな。安心しろ、殺すつもりは毛頭ない」
仮に俺を殺すとしても、そんなお粗末な武器じゃマッサージにもならないぞ。
「そ、そうなんですか? 良かったぁ……」
「あら、バレちゃいました?」
「そうだ姉ちゃん、確かこいつ超能力者とかいって相手の心が読めるって前言ってた」
「じゃあ最初から分かってたなら早く言ってよ、無駄に演技して恥ずかしいじゃない」
シンシアもだいぶ慣れたのか、言葉遣いがすっかり砕けている。それでもアンジュの数倍礼儀正しいけど。
「てことはイズハさんは最初からこの2人が暗殺者だって知ってたんですか?」
「それは気づかなかった、流石にプロの暗殺者なだけあって、普段は暗殺のことなんか一切考えていなかったからな」
透視で武器は見えていたが、二人の体格的に護身用かと思っていた。こういうテレパシーが意味を成さない輩は少し苦手だな。
「あら、今のは褒め言葉かしら?」
「あぁ、俺のテレパシーに引っかからないのは大したもんだ」
「すごい人なんですね……。でもなんで私たちに正体を明かしたんです?」
「貴方達がアンジュを知っていたからよ」
「知っていた? 受付嬢さんならみんなに知られているんじゃないんですか?」
リリーの問いかけにアンジュとシンシアが首を振る。
「そうじゃなくて、アタシたちは基本的に人に本名を教えねぇの。普段の受付でアタシはローラって名乗ってるし」
「私の本名はそのまんま、シンシアよ」
「……違うな、本名はナターシャだろ?」
「あら、本当に心が読めるんですね」
「ついでにお前たちが今夜仕事があることも知ってる」
標的はモディロニア城下町から少し離れたところにある屋敷の領主か、まぁお気の毒。
「おい、まさか邪魔するつもりか?勘弁してくれよマジで」
「別に興味ない、俺は自分が助けたいと思った奴しか助けない。それとお前達の頼みは受け入れてやるからもう帰っていいか?」
「ええ、頼む前から受け入れてくださり感謝します」
帰っていい許可が出た俺とリリーはさっさとギルドを後にする。帰り道でリリーがこっそりと聞いてきた。
「あの……何頼まれたんですか?」
(まさか暗殺の手伝いとか!?)
「そんな物騒なもんじゃない。表ではあいつらの本名を明かさないこと、裏の稼業のことは内緒にしとくこと、だそうだ」
俺とリリーを呼び出したのは、口止めするためだったらしい。
俺は口が堅いからいいがリリーは少し心配だな、うっかり漏らさないよう見張っておかねば。
ちなみにあの2つの依頼のギルドポイントがかなり高かったおかげで、EランクからBランクまで跳ね上がったというのはどうでもいい話だ。
あぁ、受付嬢さんのキャラがめっちゃ濃くなってしまった