イズハ、セクハラ、エトセトラ
日がすっかり沈んで辺りが暗くなり、昼に活動していた冒険者たちが町に戻ってきた。
人が途切れた頃合いを見計らい再び平原の入り口に向かうと、何やら遠くから聞こえてくる。
「何か聞こえるな、悲鳴というか叫びか?」
「時間と方向から察するに、これがドラゴンドラゴラの叫び声ですね」
おいおい、ここから出没場所の叫びの森まで地図で見ると5キロはあるぞ? そりゃドラゴンでも悶絶するはずだ。
「よし行くぞ、乗れ」
「はい! ……あの、イズハさん」
しゃがみこんで催促するが、リリーは何やらもじもじと足踏みをしている。
「これってそのー、おんぶじゃないとダメですか?」
なるほど、単純に持たれるのが恥ずかしいときたか。面倒だな全く。
「恥ずかしいかもしれんが一番安定するんだ、嫌なら手足にしがみ付くか、振り落とされても文句は言うなよ?」
「サイコキネシスで持ち上げたりとかは……」
「却下、サイコキネシスは危ない。テレキネシスならできなくもないが、時間がかかるし疲れる」
「テレキネシスってどんな力なんですか? サイコキネシスと違うんでしょうか」
「根本的には一緒だ。サイコキネシスは外から力を加えて操作する、テレキネシスは内に力を与えて操作する」
説明を聞いてもまだリリーは難しい顔をしている。
「なんだかよくわかんないです……」
「サイコキネシスは外からの力だから加減ミスれば肉塊不可避、テレキネシスは……あーもう面倒だ、説明はあとで」
リリーの中に留まるように力を送り、そのままふわりと宙に浮かべる。
「わわっ! 浮いてる、浮いてますよイズハさん! なんか感動的!」
「テレキネシスは繊細な分集中力がいるからな、あんまり暴れるなよ」
俺は興奮するリリーを制しながら、ドラゴンドラゴラの出没地に向けて飛び立った。
「イズハさん、もっと速くしても大丈夫ですよ?」
「お前を気遣って遅くしてるわけじゃない、今は他のことにも力を割いているからだ。おんぶして物理テレポートのほうが燃費がいいんだが、誰かさんが恥ずかしがるからな」
「だって恥ずかしいんですもん……それになんだかあの速さに慣れちゃって」
「この世界でも空を飛ぶやつはいるんだろ? あの速さで飛ぶ奴いないのか?」
「あんな高速で飛ぶ人いませんよ。魔力消費がえらいことなりますし、コントロールも難しいですから」
――ギィィィィィィィッ‼︎
突如あたりの空気を切り裂くような強烈な叫び声が聞こえた。
「うわ! 近いですよだいぶ、この距離で既に耳がキーンとする……」
コレは……確かにすごい声だな、想像以上だ。少し警戒を強めたほうがいいかもしれない。
森に入る手前で地上に降りて、いったん態勢を整える。
「ここからは見つからないように透明化で慎重に行こう。リリー、お前も透明化するぞ」
「はい……いやいやいや待ってください! アレですか、あの裸になるやつですか!?」
「そうだけど、別に誰がみるわけでもないし、いいんじゃないか?」
「だからそういう問題じゃなくてですね!」
うだうだ言っているリリーの手を取り、透明化を発動させる。
「いいから早くしろ、お前だけ狙われてもしらんぞ」
「あぁもう! わかりましたよ、脱がないと意味ないですもんね!」
リリーがヤケクソ気味に服を脱ぎ終え、慎重に森に足を踏み入れた。
「うぅ……スースーしてなんか変な感じ……イズハさんはよくこんなこと平然とできますよね」
子供の頃から使ってたからか、恥ずかしくないことはないが別に悶えるほどでもない。
「あ、いました! アレですアレ、あのずんぐりしてるやつ!」
みるとダルマと大根を掛け合わせたようなやつがよちよちと歩いている。見た目はやっぱり弱そうにしか見えないが、一体あのボディのどこからあの爆音もとい爆声を出しているのやら。
透明化を解除してサイコキネシスを放つ。透明化中はほとんどの超能力が使えないのだ、完全に丸出しになってしまうがまぁいいだろう。
「ギ……ッ」
ドラゴンドラゴラが直前で俺とリリーに気づいたようだが時すでに遅し、無数の刃に切り刻まれてあっという間にみじん切りと化した。
ドラゴンドラゴラのみじん切りからとキラキラした粒子のようなものが吐き出され、俺とリリーに半分づつ吸い込まれていく。
「わぁ! すごいすごい、いきなりレベルが6も上がっちゃいました!」
ギルドカードを確認すると、確かにレベルが16になっている。あのキラキラが経験値なのか。
だがしかし、俺はいまそれどころではない。
すっかり忘れていたが透明化の解除には単独解除というものはなく、複数人で透明化していると一斉に解除されてしまう。つまりは……そういうことだ。
「ほら見てくださいイズハさ……っ、キャァァァァァ! なんで透明化解除してるんですか!」
「すまん、うっかりしてた! 早く俺の手を握れ!」
しかしパニックに陥ったリリーは俺が伸ばした手を払いのけて、ドラゴンドラゴラに負けない勢いで叫ぶ。
「いやぁぁ来ないで! イズハさんの変態、ケダモノ!」
「もっかい透明化するから早く繋げっていってんだよ!」
「私も解除されてるんですか!? イヤーッ!」
「だから手を……やっぱいいや、そのままにしてろ」
俺は完全に丸まってしまったリリーの頭に触れ、服を置いた場所にテレポートで帰還した。
***
「なぁ、焼け石の洞窟はここであってるよな?」
リリーはうんともすんとも言わずに腕を組んでそっぽを向いている。
「……リリー?」
「地図見たら分かるでしょう、変態」
リリーが顔を背けながら答える。さっきのラッキースケベ、もとい災難でリリーが完全にヘソを曲げてしまった、進みながらなんとか弁明せねば。
「悪かった、普段誰かと透明化使うことなんてなかったから忘れてたんだ」
「……そうですか、イズハ・フシダラさん」
「だから誤解だって」
そんな見たいわけでもないし見たかったら透視使うし……なんて言ったところで尚更気まずくなるだけだ、どうしたもんかな。
「……あの、イズハさん?」
いいフォローが浮かばない、今まで他者との交流をできるだけ絶っていた影響がこんなところで響くとは。
「イズハさん! 前見て前!」
なんとか機嫌を直してもらわねば、今後の異世界生活に支障をきたす可能性がある。うーむ……綺麗だった? それじゃただのセクハラだ、俺も見せたからおあいこ? これもただのセクハラだ。責任を取る、は違うな、それは事後だ。
「イズハさんってば!」
不意に腕を引っ張られてよろける、一体何事だ?
「前見てくださいイズハさんのバカ!」
前を見ると少し離れたところに巨大な燃えるキノコがある、いやいる。シルエットでかろうじてキノコだと分かるものの、まき散らしている胞子はもはや炎を噴出しているようにしか見えない。
「なるほど、あれがデカヒデリモドキか」
「あいつは水系の攻撃に弱いんですが、何か水が出せる超能力とかあります?」
「氷なら出せるけど水は……」
「氷ですか、効果あるんでしょうかね?」
「やってみるか、少し離れてろ」
リリーから少し距離を取り、“クリオキネシス”を発動させる。
冷気を操ってデカヒデリモドキを包み込むと、奴が体から熱気を噴き出して冷気を散らそうとする。しかしその熱気も一瞬で冷気に代わり、奴は厚い氷に包まれて動かなくなった。
恐らく死んでいると思うが、念のために指で弾く。氷がデカヒデリモドキもろとも粉々に砕け散り、そこには経験値と核だけ残った。
「効果云々というより、力押しで勝った感じだな。水が出せる超能力、練習しておくか」
「その割にあっさり倒しちゃいましたね……にしてもイズハさんはちょっと不注意すぎますよ!」
「すまん、考え事してたもんでな」
「何考えてたらあの熱気に気付かずにいられるんですか本当に……」
そういうリリーは既に汗びっしょりになっていた。しかしそのローブは真っ白な上に意外と布が薄いんだな、何がとは言わんががっつり透けてるぞ。
「なんですかその何か言いたげな顔は。言っておきますけど、まだ許したわけじゃないですからね」
じゃあ尚更言わないほうがいいな、更に誤解が加速しそうだ。中に着るものくらい厚めのにしとけよ。
***
帰りはゆっくり歩きで帰ることにした。
「この世界の星が見たいだなんて、やっぱりロマンチストですね」
一応そういうふうに言い訳したが、実際はリリーの服を乾燥させるためだ。復元を使おうにも意味もなく服を触ればリリーの警戒心が限界突破してしまう。
慎重にパイロキネシスを微調整して服の乾燥を促す、少しでも加減を間違えたら大惨事だ。
「……イズハさん、聞いてます?」
悪いが今は話しかけないでくれ、集中してるんだ。
「なんか話しましょうよ、私ももう怒ってませんから」
「怒ってないのか、じゃあちょっと失礼するぞ」
「え、何ですか?」
リリーの服に触れて復元能力を発動し、汗をかく前の状態に戻してやった。
「あ、服乾かしてくれたんですか? ありがとうございます」
「まぁそのまま町に戻ると痴女扱いされそうだったからな」
「え、まさか透けてました!? 何で言ってくれないんですか!」
「お前が変態呼ばわりしてくるから言いにくくなったんだよ」
「むむ……だっていきなり裸で近づいてきて、気づいたらこっちも裸で……」
「だから事故だって言ってんだろ」
「本当かな〜、ラッキーとか思ってたりして」
「……やっぱり1人で冒険しときゃよかったかな」
「わぁぁ嘘です嘘ですごめんなさい! ところでイズハさんは今後どうするつもりですか?」
「とりあえず町に戻って寝る」
「いやそれ以降の話です、元の世界に帰る方法とか探さないんですか?」
そういえばそうだ、一刻も早く元の世界に帰る方法を……いや待て、ちょっと冷静に考えてみよう。
今日は数年ぶりに自由を満喫できた。超能力を自由に使い、自由に人と話して自由に過ごした。
まだこの世界の全てを見たわけではないが、少なくとも今日知り合った人たちはみんな目も心も活き活きしていて気のいい人たちばかりだった。
その点俺のいた世界はどうだ? 目は死んでいて荒んだ心の奴ばかり。誰かを蹴落とすことや自分がのし上がることしか考えず、自分と違うものや気に入らないものを排除するためなら例えどんな汚い手段も厭わない。
もうこの時点で答えは明白、悩むまでもない。
「俺は帰るつもりはない、この世界で生きる」
元の世界に未練なんてない、全くない訳ではないがそれは過去の話だ。
この世界で、俺はやり直し……もとい「生き直し」をするんだ。
しかしそうなるとまず拠点の確保が重要だな。しばらくは宿屋で過ごすことになりそうだが、一泊いくらかによって今後の生計の立て方に影響してきそうだ。早いとこ自分の家を持ちたいところだが、あの町に空き家か空き地はあるのか……?
「イズハさん、何悩んでるんですか?」
「いや、別に大したことじゃない」
「そうですか? なら早く帰りましょう!」
「ん? 帰りたいなら帰っていいぞ、どうせ別々だし」
その発言にリリーが不思議そうに首を傾げた、まさかこいつ俺が一緒に住むとでも思っているのか?
「別々? まだなにか用事でも?」
「いや俺はその辺の宿屋に……」
「なんでですか? ひょっとして泊まってみたいんですか?」
「いやそうじゃなくてお前の家にお世話になるつもりはないし……」
「でも今日からこの世界に住むんですよね? ずっと宿借りるんですか? それって無駄じゃないですか」
「いやそりゃそうだけど、いいのか? 一応男だぞ? 欲は正常な男に比べれば薄いが無くもない、そんなやつと一つ屋根の下だぞ?」
リリーがからかうように腕を抱いて言う。
「……まさか襲うつもりですか?」
「いや襲わないけど」
「じゃあ別にいいでしょう、おかしな人ですね」
うーん分からん、裸見られるのはアウトで泊めるのはセーフとは。ちょいと基準ガバガバ過ぎやしないか?
とはいえその提案は非常にありがたい、お言葉に甘えてしばらくお世話になるとしよう。
リリーと二人で談笑しながら歩く帰り道、なんとなく懐かしい気持ちになった。確か百合と一緒に帰る時もこんな感じで下らない想像や空想を話して、笑いながら帰ったものだ。
懐かしさに浸っていると、なにやらヌルヌルしたものを踏んづけてしまった。途端に足から地面の感覚が消え景色が動き、目の前にすっかり暗くなった空が見える。
あまりに唐突な出来事、そして考え事をしていたため反応が間に合わず重力に従って地面に叩きつけられた。
どうやら小さなスライム状の魔物を踏んだらしい。しかしまさか俺がなす術なく転ぶとは、よっぽど油断していないとこうはならないぞ。
リリーが心配そうに俺の顔を覗き込む。
「あ、あの……大丈夫ですか?」
(うわぁ……今かなり盛大に転んだけど大丈夫かな……イズハさんでも転ぶ時は転ぶんだなぁ……)
……なるほど、この光景か、なら俺が次に言うべき言葉はコレだな。
「当たり前だ、俺だって生き物だ、転ぶ時は転ぶ」
ハッとしたような顔でリリーが続ける。
「そ、そうですよね! でもてっきりイズハさんなら転ぶ瞬間にサイコキネシス〜とかするかなぁーって……」
そう言いながらリリーは手を差し伸べる。俺がその手を掴んで体重をかけてやると、案の定リリーも倒れた。
「ちょっと何するんですか!」
「魔が差した」
「やっぱりイズハさんだけ外で寝ますか?」
「わかった悪かった、早く帰ろう」
俺は素早く立ち上がってリリーを起こし、また歩き出した。
イズハ・フカシギ 無職 Lv,20
リリー・ナオセル 治癒師 Lv,22
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