7、屋敷の中
「ねえ」
私たちよりも先に進んでいたアスカがこちらに走ってきた。私は屈んでアスカの身長に合わせた。
「ちょっとアスカ、勝手に行動しちゃだめでしょう」
私はたしなめたのだが、彼女は興奮気味でこういった。
「人がいたっ」
小声で私とエドワードに言う。私たちは同時に顔を合わせた。
「アスカ、それどこの部屋?」
「何人いたんだ?」
「男、女?」
「危なそうな奴か?」
「拳銃とか持ってた?」
「ちょっと待ってよっ」
アスカは手を挙げて、質問ばかりする私たちを止めた。
「そんなに一度に言わないでよ。ちゃんと答えるから、待ってって」
アスカは得意気な顔をすると、私たちに報告した。
「ここから二つ先の部屋をこっそりのぞいた時にいたよ。で、多分男の人が一人だよ。しずかだったし、他の人がいるかはわからなかったけど…」
「男は扉のほうを見ていたか?」
エドワードが聞く。するとアスカは首を横に振った。
「ううん。その人ね、椅子に座ってた。ゆーらゆーらする椅子に。それでね、音が聞こえるの」
「音?」
私が聞き返すと、アスカは頷いた。
「うん。音。ぽろん、ぽろんって音がするの。とっても綺麗なんだよ。でも、ここに人がいるのっておかしいんだよね?」
アスカは心配そうに私を見る。
「悪い人なのかな?」
私はアスカを見た。彼女は、何かを案じているようだった。
「それはまだ分からない。今から確認してみるから」
私は、屈めていた体を起こしトランシーバーで宗平に伝える。
「宗平聞こえる?どうぞ」
すると自分に来た任務に充実声を出して言った。
『はい、聞こえます。…あ、どうぞ!』
慣れていないため、ぎこちない話し方である。
「アスカが男の姿を見たらしい、どうぞ」
そういうと次々に声が聞こえてきた。なに?どういうこと?という声だ。
『どういうことなの?説明してもらえる?、どうぞ』
冷静な声がトランシーバーから聞こえる。椎名だ。
「私とエドはまだその姿を確認してはいませんが、アスカが言うにはいるようです。そして、男一人。アスカの話からだと、安楽椅子に座り、その部屋からは音が聞こえるようです。どうぞ」
『音って、どういう音?どうぞ』
私は何と言おうか迷ったのだが、アスカの表現の仕方では伝わらないだろう。
「少なくとも危険な音ではないようなんですが、まだ確認をしていないのでわかりません、どうぞ」
『そう…』椎名は悩んでいるようではあったが、『他の階にいるメンバーにもその階に来てもらった方がいいかしら?』と聞いた。これからの行動をどうすればいいのか迷っているようだった。
だが私は、
「大丈夫です。それに、その人物が危険人物であったとしたら、他の部屋の調査は怠らないほうがいいと思われます、どうぞ」
それを聞いた椎名はほっとしたようだった。
『そう、分ったわ。それでは現場のメンバーは引き続き捜査を続けて頂戴。そしてその他はそのまま待機ですね、リーダー、どうぞ』
『ああ。諸君、くれぐれも気を付けたまえ、どうぞ』
すると、あちこちから、了解、ラジャー、という声が聞こえた。だが、一人だけまだ納得いっていない人物がいた。
『メアリーさん!どういうことです?これって俺の任務なんじゃ…』
宗平だ。彼は私との通信がいつの間にか、椎名になっていることに疑問を抱いていた。だが、そんなことを今説明している場合ではない。任務は現在も続いているのだ。
「ごめん、通信切るね。何かあったらちゃんと連絡します。それから宗平、私情でトランシーバー使わないで」
『そんなぁ…』
「詳しいことはこの任務が終わってから教えるから、きちんと仕事をするのよ。それじゃあ、一度切ります」
と言って、私は通信を切った。宗平が最後のほうで、喚き、椎名に一喝入れられていたのは想像に難くない。
「どうだった?」
エドワードに訊かれたが、
「私たちだけで乗り込む」
私はトランシーバーをしまいながらそう答えた。
「了解」
「私も?」
アスカが聞いたので、私は頷いた。
「エドの後ろにきちんとついていくのよ」
「ラジャーっ」
アスカはそのセリフを小さな声で言った。彼女はとても充実した顔をしていた。それを見ていると、宗平のことが一瞬頭を過ぎった。あそこに残らせるためにあんなことを言ったが、もしかしたら宗平は傷ついたかもしれない。
「どうした?」
エドワードは、首を振って宗平のことを振り払った私を見てそういった。
「大丈夫」と私は向かうべき部屋を見て言った。「行きましょう」
私たちは、人がいるであろう部屋の前に立った。