4、エドワード
私はアスカを車から降ろすと、しっかりとダッフルコートを着させ、帽子に手袋、マフラーを付けてあげた。ブーツも履かせる。長靴だと足が冷たくなりやすいので心もとない。彼女が足手まといにならないように準備するのも私の役目でもある。そして、私もダウンのコートを羽織り、同じく防寒具をつける。
「メアリー、その首のあったかいの、さっきのと違うね」
アスカが私にそう聞いたので、朝美に貸してもらったの、と答えた。
「それじゃあ、メアリーさんのは?」
宗平がドアを開けて降りると、私たちに質問する。
「セナに貸してあげたの」
「え、なんでですか?」
「だって彼、自分のマフラーをエドワードに貸しちゃったみたいなんだもの」
ほら、といって私は外に出てきたエドワードを指差した。案の定、彼はセナのマフラーを巻いていた。
「本当ですね」
「世話が焼けるのよ」
「エドワードさんはメアリーさんと同い年ですよね?」
「そうよ」
「見えませんね」
「そうかもね」
「むしろセナさんのほうが大人みた…うわ!」
すると宗平は突然作戦前の準備として付けた帽子を取られ、髪をかきまわされていた。そこには笑顔のエドワードがいた。どうやら宗平と私の会話が聞えていたようだ。
「なんだ、宗平?俺が聞いていないところで悪口か?」
宗平はエドワードにいいように遊ばれて嫌な顔をしている。
「悪口っていうか、正直な意見を述べただけです!」
「俺が子供だって?」
「そうです!」
だがエドワードは宗平に肯定されても、痛くも痒くもなさそうだった。
「まあまあ、いちいち突っかかるなよ。そんなこと言ったって、皆親切だから世話焼いてくれるせいで、俺が子供っぽく見られるんだ。言っておくが、俺は大人だぜ?」
灰色の空を仰いでそんなことを言っているが、何にも恰好がついていない。ただ、全身黒っぽい服をまとっているだけに、髪だけ金色なのは目立った。
「人のせいにしないでください!」
宗平はエドワードの手を無理矢理振りほどくとそう言った。エドワードは彼の言葉にキョトンとしたと思うと、すぐにニヤリと笑った。
「そんなに人に言うなら、お前も人のせいにするなよ?」
「はぁ!?あなたと一緒にしないでください!俺は人のせいになんてしませんから!」
「どうかな?」
宗平は納得いかないような顔をしてはいたが、
「これから仕事なのに騒がないで」
そう私が口をはさむと宗平は怒った顔をし、エドワードを睨めつける。しかしその相手はにやりと笑って、私によろしく、と肩を二度叩いてセナとの最終確認をしに行った。
私はため息をつき、宗平に作戦の説明をすると現場に赴くメンバーとリーダーであるギオルグとサブリーダの椎名と共に、一度集合した。彼らは皆護身用の拳銃を懐やポケットに隠し、準備万端、といった感じだった。
「今一度見てきたけれど」
とセドリッックが言った。何故だか深刻そうな顔をしていた。
「屋敷の前にだけ少し人の足跡があったんだ」
「なに?」
ギオルグは低いしゃがれた声で言った。
「ここに来るまでは、誰かが通った道なんてなかったけど」
私は一気にメンバーの雰囲気が変わった中で一言言った。
「だったら、ここには今も誰かが住んでいるっていうのか?」
とザックス。
「まさか」エドワードは笑って言った。「町からこんなに離れた雪山で、どうやって食料を確保してんだよ」
「そうね」
と椎名。
知的な顔が何かを考える風に眉を寄せている。ここの管理者はデータ上ではいないことになっているため、誰もいないはずだ。
「どういうことかしら」
「誰かいるんでしょ」と朝美。「私達の足跡でないなら他に人がいるんだわ」
そう言って、彼女は大して驚いてはいなかった。
「お前冷静だなあ」
ザックスが言ったが、
「別に驚くことでもないでしょ」
「いや、ここに人がいるってことはおかしいんだぞ?もしかしたら危ないやつかも」
ザックスは困った顔で言う。
「それを調べるのが私達の仕事じゃない」
「そうだけどさー…」
「彼女があまり驚かないのはいつものことですよ。あなただって知っているでしょう?」
するとジェラルドはそう言って不敵に笑った。
彼は三十二歳の独身の紳士。
このメンバーの中で男性の独身者は多いが、彼は容姿も良く長身で、どんな仕事でもこなしてしまうので、彼がなぜ結婚しないのか謎めいていた。そういうことに関心のない私は、その理由は直接聞いたことはないけれど、本部の「恋愛の情報屋」といわれているアイリスが言うには、
「ジェラルド様は昔恋をしてから、その人だけを想い続けているみたいなの。だから誰に告白されても付き合うこともしないんですって」
とかいっていたっけ。
だが私から見れば、彼は紳士であるだけに女性のフォローに回ることが多く、女性との付き合いの多い彼は、ただ単に一人の女性を選べないだけではないかと思っているが。
「そうだったかな…」
「ザックスは観察力にかけるからな」
キースが笑って言う。彼は私の弟だ。私と同じ金髪碧眼。母似の容姿端麗で大人しそうな顔をしているくせに、いたずら好きの二十四歳である。
「そんなことより」と私は話を戻す。「どうします?そのまま突入します?」
「そうだな」とギオルグ。「本部の情報は市街地から離れた場所ほど不確実だから、ここに人がいるという可能性もあるかもしれない。
だが…、見るからにここは住むのに適してはいないよなあ。それにこれほど大きなお屋敷を持っている方ならば、管理を怠るということはないはずなのに、ここの屋敷はもう誰も所有していないはずなんだ。だからいるとすれば、組織を形成しようとする連中が入り込む可能性のほうが大いにあるが…、難しいなあ」
「ですが、ここの情報を得てくるのが我々の仕事には変わりありません。ただ、アスカを連れていくのには少し抵抗がありますね」
と椎名。やはり同じ母親として心配なのであろう。だが、アスカは強く首を横に振った。