3、役割
「どうするの?」
車に戻ってきた私に、アスカが尋ねた。
「さあな」
すると宗平がそっけなく答える。本当は会議に参加したかったのだろうが、私に念を押されてまでここにいろと言われたので、拗ねているのである。彼は窓越しに外を見ていた。
「宗平に聞いているんじゃないもの」
アスカはあたりまえでしょ、という感じでいう。
彼女は一度言ったことは二度言わない。何度も聞くとうるさいといわれるからだ。大人たちが返事をしてくれたならば、ラッキーだし、返事が返ってこないのなら黙っている必要があるのだ、と思っているのである。それに本当に伝える必要があれば、ここの大人たちは子供に対してでもきちんと向き合って話す。そしてそれをここにいる子供達は、皆分かっている。
「呼び捨てにすんなよな」
宗平は見た目は大きいお兄さんだが、中身は子供である。
「メアリーはそんなこと言わない。朝美だって、ザックスだって、椎名だってそうよ?何で宗平だけそんなことにこだわるのよ」
宗平は八歳の娘に色々言われて嫌そうな顔をしていたが、
「俺のところはそう言う文化なの。年上なら名前の後に〝さん〟ってつけるんだ」
と、珍しくまともに答えた。
「そうね」
私は宗平が少しかわいそうになったので、作業をしていた手を止めてアスカに教えてあげた。
「宗平の母国ではそれが礼儀なのよ。ね?」
私は宗平に同意を求めた。すると彼は嬉しそうに笑った。
「そうです」
「朝美も同じ国の出身みたいだけど、あの姿を見れば分かるわよね。彼女は三つの国の血が混じっているから、そういうことは気にしないのかもしれない。でも、自分の文化とかを大事にできる宗平は素晴らしいのだと思うわ」
私がそう言うと宗平は照れくさそうに笑ったが、
「でも、ここではそういうことを持ち出さないほうがいいんですよね」
と、少し悲しそうに言った。彼もそういうことでつっかかることはよくないことは、分かっているのだろう。
「そうね」
私も困った風に笑った。
「だからね」
とアスカに向かって言う。
「宗平がそういってもあまり怒らないであげて。周りの大人がみんな宗平よりも年上だから、〝宗平〟、〝宗平〟っていうけれど、あなたたちがそう言うのは慣れないみたいだから」
アスカはしぼんだ花のようになっていたが、
「分かった」
と言った。自分の行為が悪いものだったと反省しているようだった。
「文化が違うから、アスカが落ち込む必要なんてないわ。宗平のことも大切にしてあげてってことなのよ?」
「……分かった」
アスカは頷いた。
「仕方ないからそういうことにしておく」
そしてぱっと顔を上げて恥ずかしそうにしながら言うと、そーへいさん、と彼のことを呼んでみた。宗平も彼女の心遣いが分かったのと、彼女の言い方が新鮮でくすぐったかったようで笑っていた。
「さて」と私は二人に言った。「作戦を開始します」
すると二人の顔が瞬時に引き締まる。さすがだな、と思った。光の息子宗平と、リサの娘アスカ、あと今回一緒に乗ってきた二人の子供は、椎名の息子たちである。しかし彼女の息子たちは何とタフなのかいまだに起きないし、起きる様子もない。
「まあ、この子たちは寝ても、寝ていなくても置いていくつもりだから。アスカは私と一緒に行動」
「ラジャー」
アスカは頼もしく返事する。こういう状況には慣れっこなのだ。それに加え自分が役に立つことが嬉しいようだった。
「そして宗平は」
彼は自分に訪れるチャンスを待っている顔をしていた。だが、私が言ったことは彼を失望させたようだった。
「残って頂戴」
「なんで!?」
彼の表情は引きつっていた。彼はこの仕事についてから、まだ一度も現場に潜入させてもらったことがない。それが不満なのだろう。
「アスカはよくて俺がダメな理由はなんですか?」
「アスカはカモフラージュ。相手を油断させるための」
「そんな、危険だ!」
「今までだってやってきたことだわ。知っているでしょ?こんなのはしょっちゅうあることよ。リサにも許可はとってある」
「だからって!」
「宗平、聞いて。あのね、あなたがここにいないと作戦は始まらないのよ」
「へっ?」
険しい顔をしていた彼はその言葉にふっと、表情を緩めた。
「あなたの役割は二つ。ギオルグの合図と同時にこの車の移動と、外部の状況をトランシーバーで私に伝えて欲しいの」
「え……あ、はいっ」
「ギオルグは私たちが出るときを見計らって合図を出すから、彼の指示通りに車を動かすの。そして外の状況を伝えるときは、私が外の様子を知りたいときと、外の様子が少しでも変化した場合。雪は落ち着いているけど、いつまた吹雪くかもわからないし、それ以上に何が起こるか分からない。だからこそ、正確な情報が欲しいの、分るわね?」
私はじっと宗平を見た。彼は少しの間ポカンとしていたが、だんだん私が何を頼んでいるのかが分かると、顔が紅潮していった。自分の発言を恥じているようだった。
「分かります」
「それから椎名の子供たちもお願いね。彼女は車で待機しているグループだけど、忙しくてここには来れないと思うわ。ただ、あなたと役割は同じのはずだから、分からないことは聞くこと。いいわね」
「了解です」
私は彼の任務を担った充実感を感じている顔を見たら、嬉しかったのかもしれない。自然と頬が緩むのが分かった。