エピローグ
無使用建築物の調査は危険が付きまとう。だけど、時折このような稀な出会いもある。それはその場所で過ごしたことのある人が、楽しい時間を過ごした場所であるからこそ、私は残された建築物を見て様々な感情が生まれる。
土地や建築物にこだわらない人もこの世にはいるが、その建物から物事を推測する癖がついてしまった私にとっては残された建物を思うと時折悲しさを感じる。そしてあの建物は、大事にしていた主人とともに雪に覆われて消えた。もうあの建物のことを思い出す者はいないのかもしれない。
私は感情的になり、涙をこらえるために空を見上げた。すると高いビルの間から見える青空が見えた。今、この街の空は快晴で冬の澄んだ空気が心地よい。
「泣いてる?」
エドワードが私の顔を覗き込んでそういった。
「違うわ」
そう否定したつもりだったが、たまった雫はぽろりと私の目から零れ落ちた。
「これはちがっ…」
エドワードがからかうと思ったので、すぐに否定しようとしたが、彼はそんなことはしなかった。そうではなく、真面目な顔でそっとハンカチで私の目元を拭いた。
「エ、エド?」
あまりに突拍子もない行動を彼にされたので、私はどうしたらいいかわからず、なされるままになっていた。そして、涙が止まると彼は私に言った。
「……お前はそうなるなよ」
「え?」
彼の意図することが分からず聞き返した。
「そのままの意味。もちろん場所も大事だけど、そうじゃなくて大切な人とか、いつも楽しくさせてくれる人が傍に居てくれるようにしろってこと」
すると彼はぱっと笑い、いつも通りの表情に戻ると、再び私をぐいぐい引っ張って歩き出した。
「ちょっと、エド!?」
「そうだ。俺もあのじいさんが言った言葉を現実にしてぇな」
「え?何を現実にするの?」
「メアリーには教えねーよ」
「なにそれ」
「ま、とりあえずカフェに寄ろうぜ?俺ケーキ食べたい」
エドワードが勝手にカフェに入ろうとするので、私は何とか抵抗する。
「え、なんなの?勝手に自分で食べればいいでしょ。私は行かないぃ」
「独りじゃつまんねーからな。お前も付き合え。おごってやる。お前の好きなチョコレートのやつ!」
そこまで言われて私はこの状況に対して開き直った。
「なら、一番高いのを買ってもらうわよ」
「そうこなくっちゃな!」
そして結局私はエドワードの勢いに押されて仕方なくカフェに入り、一番高いチョコレートケーキを奢ってもらった。
私たちの仕事は単に建物の調査をするのが目的なだけだ。しかしそれらの建物は、人が利用するから存在する、と考えると私は時折建物とそこで過ごした人たちのことを想い、感情的になってしまうことがあるのだ。しかし、私は何故建物に対してこんな風に感じてしまうのか、いまだに謎だ。いつかこの不思議な理由が分かる日がくるだろうか。
しかし今回の探険で一番不思議で、さらに意図が読めなかったのは、エドワードの考え方だったかもしれないが。