13、調査終了
今回の仕事を終えて、私達は無使用建築物探険家の本部に戻った。
場所はどこであるかは極秘であるのでここに書き記すことはできないが、人が多く賑やかな街である。そして今回の調査対象の書類作成や会議などが終わった頃、クリスマス・イヴの前日だったこともあり、雪景色の街の大通りには沢山の人がショッピングを楽しんでいた。
私は仕事を終えて報告書を提出し、近くの自宅に帰ろうとしたときだった。丁度エドワードも同じく帰宅しようとしていたので、彼の腕を掴んで呼び止めた。訊きたいことがあったのだ。
「ん?どした?」
すると彼は不思議そうな顔をして私のことを見た。私が呼び止めるという行為自体珍しかったからかもしれない。
「訊きたいことがあるんだけど」
私は自分よりも身長の高い彼を見上げる。
「珍しいな。何か気になることでも?」
彼は無邪気に笑った。
「茶化さないで」
「別に茶化していないさ」
彼は手に持っていた書類を受付に渡すと、さっと私の手を掴み建物の外に出た。
「え、ちょ……ちょっと、離して」
私は外に出てからすぐにもぞもぞと彼の手を離そうとしたが、彼はがっちり手を掴んでいて離れない。
そして私がそれを諦めた頃、エドワードはぐいぐいと私を引っ張っていたのをやめて横に並ぶ。すると私の手を掴んだまま、自分のジャケットのポケットに手を突っ込んだ。
「…なに」
「人が多いし、はぐれたら困るだろ。まあ、誰も見てないから気にするな」
彼は笑ったが、私は笑えない。
「新手の嫌がらせ?」
「は?違うけど」
「じゃあ―…」
なんなのだ。そう言おうと思ったときだった。彼は徐に私に言った。
「お前が俺に聞きたいことって、建物に取り残されたじいさんのことだろ」
『建物に取り残されたじいさん』とは、今回の探険で私とエドワードとアスカだけが出会ったおじいさんのことである。まだ彼のことは分かっていないが、本部で調べれば後からどういう人物だったか分かるだろう。だが、それはこの社会で生きていくためのデータだけであって、彼の人間性まではつかめない。私は彼と直接接してしまった事から、どうしても彼の最後を聞きたかった。
しかし私はエドワードにまだ何を言うか言っていなかったので、何故それが分かったのか驚きだった。
「なんで分かったのかって顔だな」
また心を読まれた気がして、私は顔を背ける。押し黙った私にエドワードは独り言のように語った。
「俺はあの人を連れて行こうと思った。あんなところで独りで生涯を終えるなんて寂しいと思ったから。だけど、あのじいさんにとって、あの場所は独りでいなくてすむ場所だと言っていた。思い出を鮮明に思い出すことができる場所だと」
それを聞いて私はエドワードを見て言った。
「そんな…そんなの寂しすぎるわ。だって彼には子供も居たのでしょう?それならまた同じようにクリスマスを祝えばいいじゃない…あの場所じゃなくてもきっと楽しいわよ…」
「だけど、あのじいさんはすでにあの屋敷を手放しているんだ。だから俺たちに調査が下ったんだ。つまり彼にはあの建物を管理する力がない。できないんだ」
「それじゃ…」
「あのじいさんは元は、結構なお金持ちだったんだんだろう。だけどいつからかあの建物を手放さなくてはならないほど、お金がなくなった。それから子供がどうなったか。大人になっていたらいいだろうけど、そうじゃなかったら?今までの生活ができなくなった子供達はどうなるだろう。もしかしたらいい子達ばかりで、彼の面倒を見ようとしたけど、あのじいさんが断ったか、それとも子供達は不甲斐ない親を嫌い、見捨てたか」
「……それでも、あのおじいさんにとってはあの場所が特別なところだったのね」
「ああ。きっと一番楽しい時間を過ごせた場所なんだと思う」
「……」
「多分買い手もつかなかったんだ。だから彼は毎年この時期にだけこっそりここにきて、奥さんとクリスマスを過ごしていたんだと思う。あそこは暖炉だったからガスがなくても火は使えたみたいだし、水も持ってきてはいたみたいだけど、外の雪を溶かして飲んでいたみたいだしな」
「え…?」
「朝美達から聞いた。あいつらが調査したところが調理室で、見に行ったらそういうのがあったって言ってた。多分外に足跡があったのは、あの人が外から雪を取りに来たときについたものだ」
「そうだったの……」
「そして、いつもはクリスマスが終わったら元の生活に戻っていたんだろう。彼にとっては惨めな生活に。だから、あのじいさんにとってはあそこでクリスマスを過ごすことに大きな意味があったんだよ」