10、緊急事態
「どうした?」
エドワードは私に聞いた。
「緊急みたい」
私は急いでトランシーバーのスイッチを入れた。すると、そこから忙しなく受け答えがされていた。
『今すぐ戻れ!ここは雪崩が発生する可能性がある危険区域だ!』
ギオルグの緊迫した声が聞こえる。
『メアリーさん、早く出てください!そこは危険なんです!今まで霧がかかっていてよく分からなかったんだけど、この屋敷の後ろには急な斜面があってあまり木もないみたいなんだ!』
宗平が焦る声でそう言う。
『朝美、キース、ジェラルド、セドリックのチームの確認は取れた!メアリー!聞こえているなら応答して!あなたのところだけまだよ!どうぞ』
椎名が珍しく声を張り上げている。私は急いで返事をした。
「こちらメアリー、どうぞ」
『メアリー!やっと通じたわ』
椎名は私の声を聞いて少し安堵しているようだった。だが、事は差し迫っているようで、椎名の声からは現場の緊張が伝わってくる。
『とにかく急いで退却してちょうだい!今双眼鏡で上のほうを確認したんだけど、本当に今にも雪崩になる可能性があるわ!それに今雪が降ったり止んだりを繰り返している。どこか均衡が崩れたら表面雪崩が発生してしまうかもしれない。表面雪崩は時速八〇㌔にもなるから…もしかしたらこの屋敷ごと流される可能性もある。流されないとしても生き埋めになる可能性は大きいわ!だから今すぐ戻って!』
「了解」
そういうと、私はエドワードに言った。
「ここに雪崩が来る可能性があるみたい」
「そうか」
彼は私と同じく至って冷静だった。
「なだれぇ!?」
驚いているのはアスカのほうだった。彼女はそれがどういうものかわかっているのか、体をぶるぶるっと震わせた。
「大丈夫よ。来る可能性はあるけど、まだ来ていないもの。ちゃんと脱出できるわ」
そう言って安心させる。そして私は次に、老人に手を差し伸べた。
「もしかしたらここに雪崩が来るかもしれません。おじいさんも逃げましょう」
そういうと彼はにっこりとほほ笑んだ。
「ありがたいが、私はここに残るよ」
彼がこういうであろうことは分かっていた。しかし、生きている人が残っているのに、どうして残していけるというのだろうか。
「しかし、置いて行くわけにはいきません」
「大丈夫だよ」
老人は笑った。
「ここには妻がいる。君もそう言っただろう?」
「でも……」
老人は部屋を見渡した。私も同じく見渡す。そう言えばこの部屋だけ入ったときに暖かかった。彼はこの部屋を暖炉で暖めており、クリスマスツリーを準備していた。彼の背丈の半分ほどのツリーだ。小さくてかわいらしい。その下には、プレゼントもいくつか添えてある。彼がすべて用意したのだろう。
「いいんだ」
彼は言った。
「私はここでいい」
「……」
私がどうしたらいいのかわからない顔をすると、老人はツリーの根元にあった小さな箱のプレゼントをとり、アスカに渡した。そして微笑んでいった。
「メリークリスマス。私が最後に出会った素敵なお客様」
アスカはそれを受け取ると、小さな声でお礼を言った。
「……ありがとう」
そして子供ながらに何かを感じ取ったのか、顔をゆがめ、涙をこらえていた。しかしこらえきれず、エドワードの肩に顔をうずめる。
すると突然トランシーバーから宗平の焦る声が聞こえた。
『今、雪が動いた!?』
「時間だ」
それを聞いたエドワードは言った。
「メアリー、早く出よう」
「…そうね」
私はエドワードにくるりと向きを変えられ、老人に背を向ける格好になる。
「さあ、行こう」
エドワードに促されドアの外に出される。その時私は、部屋を出る前に後ろをちらっと振り返った。
それを見たエドワードは何を思ったのか、
「…先に行け」
と言う。
「え?」
「だから」
エドワードは私の背を押しながら続ける。
「早く出る場所探せって言ってるんだ。階段を下って一番下の階に行ってたら遅いだろう。だから、この階かその下の階の窓からフィーネトレッドを地面につなげろ。サポートは機械が適当にやるだろうから」
「ちょっと何言ってんの!?」
「さっさと行けって。すぐ追いつくから」
「だけど…!」
「ほら、アスカも」
アスカは抱っこしていたエドワードから下ろされると、涙をぐいっと拭いて私の元に来た。私はほんの数秒エドワードを見ていたが、気持ちを切り替えて声を出した。
「いくよ、アスカ!」
私は彼の意図が読めないままだったが、「すぐ追いつくから」という言葉を信じるしかない。仕方なく彼女の手を引いて走りだした。




