予兆 part6
「失敗した……」
今日もまた、無事に鎧鉄矢の一日が終わろうとしている。ただしそれは友達がまた出来ないという条件と引き換えであった。
説明会の待ち時間中、これまでの失敗にめげず、鉄矢は隣の人が暇そうにスマートフォンをいじっていたので話しかけた。一応、他愛のない世間話もできた。頑張ってこちらから話題を振りまくり、話を紡ぎ続けたのだ。だがしかし――
「やっぱ、もうグループ出来上がっているよなぁ。一週間もしたら」
肩をがっくりと落とし、キャンパス内のどこにでもあるベンチに横になりながら鉄矢は空を眺める。
残念ながら、鉄矢が話しかけた人はただグループのメンバーが来るのを待っていただけで、メンバーが来た途端、彼のことはそっちのけで話しこんでしまったのだ。
既に複数の友人同士が集まったグループに鉄矢が入り込む余地などはどこにもない。
「……見事このままボッチ確定かぁ」
自分で口にすると、余計に悲しみが増したのか鉄矢の顔はより渋くなっていく。
「帰るか」
もう用もないのだし、とっとと帰ってゲームでもしよう。
そう思い立ち、そのまま鉄矢は自宅へ帰ることにした。
――それが、数時間前の出来事であった。
「どうしてこうなった」
眼前には真っ白な天井、そして壁にはナースコールと思わしきスイッチ。目を覚ますと、鉄矢には全く見覚えのない場所で彼はベッドの上で横になっていた。
「これ、どう見ても病院だよな……」
窓の外を見ると、鉄矢が気を失う直前には太陽は空のてっぺんほどまで登っていたのだが、今はすっかり赤くなり地平線に吸い込まれそうになっている。
鉄矢は自分の体をまさぐり、自身の身体的状態を確認する。しかし、包帯は巻かれておらず、所々にできた小さな擦り傷にガーゼが張られている程度で、他に大きな怪我は見受けられない。
自分が何故ここにいるのか全く心当たりがなかった鉄矢は、何があったのか思い出すために必死に頭をフル回転させるが、目覚めたばかりで、きちんと思い出せなかった。
鉄矢が頭を悩ませていると、病室にノックの音が軽く鳴り渡る。
「入るわよ」
声の主は鉄矢の母、鎧敦子のものだった。
「鉄矢、調子はどう? 本当に体は大丈夫なの?」
病室に入ってきた敦子が心配そうに鉄矢の様子を窺う。
だが、彼女の表情は鉄矢の怪我の程度に裏腹にとても重苦しそうだ。
「いや、別になんともないけど」
実際、本当になんともないのだ。鉄矢は腕を軽く振ったり、肩を回すことで自分の身体になにも異常がないことをアピールする。
それでも敦子の顔が晴れなかったので、思わずきょとんとしてしまう鉄矢。
状況を飲み込めていない彼を見かねてか、敦子が口を開いた。
「トラックにはねられたの、覚えてない?」
「トラックにはねられたぁ!?」
「じゃあ3m程飛んで、頭から落ちたのも覚えてない?」
「頭から落ちたぁ!? それ絶対頭潰れると思うんだけど!?」
「覚えてない?」
「……覚えてないです」
「警察の方から聞いた限り、駅から出た途端、信号無視をしてふらふらと歩いているところをはねられたって聞いたよ」
そこまで言われて、ようやく鉄矢は気を失う前の自身の行動を断片的ではあるが、思い出していく。
「…………そういえば、交差点辺りで急に頭が痛くなってたような気がする」
おそらく頭痛を発した部位であろう、鉄矢はこめかみ辺りを軽く擦って確認するが、当然そこに頭を打った形跡等はない。
――いや、外傷がないだけで、実は頭の中を酷く痛めてしまったのかもしれない。
そう思いながら、鉄矢はこれから自分の体に告げられる宣告に対し身構える。
「まぁ、お医者さんがおっしゃるには大きな怪我はなく、擦り傷だけ。脳にも問題はないらしいわよ」
「へ?」
まさか本当に擦り傷だけだとは思っていなかったため、鉄矢は呆気に取られた。
「怪我がないってどういうこと?」
「それはこっちが聞きたいわよ。ねえ、もう一度聞くけど本当になんともないの? 頭が実は痛いとかない?」
改めて鉄矢は自分の体を確認する。体の節々はちゃんと動くし、動かすときに激痛が走ることはない。頭がすごく痛いという事はない。すこしボーッとするくらいだ。
「うん……別に大丈夫そう」
「本当に? それなら良いに越したことはないけど……あなたバケモノみたいね」
「流石に自分の息子に対してバケモノ呼びってどうなのさ」
息子に対してこれでもかという悪口を言われた鉄矢は苦い顔になる。
「それで、俺はいつになったら退院できるの?」
話が若干脱線したので本題に戻す。鉄矢にとって、特に異常がないなら早く帰して欲しいというのが正直なところだった。
「一応大事を取って、明日の朝までここにいなさいってさ」
「ああ、そう明日の朝ねえ……」
「そういうわけだから、私は家に帰るわね」
「えぇ!? もう帰っちゃうの?」
『大事な息子が入院しているんだぞ、もっと労われ』と鉄矢は抗議するが、それは敦子の耳には届かない。
「私だって忙しいのよ。家事を全部ほったらかして家を飛び出してきたんだからね。着替え、ここに置いとくから」
そう言って彼女は着替えの入った紙袋を頭の高さまで掲げ、ベッドの脇に置いた。
「明日の朝、迎えに来るからそれまで大人しくするのよ?」
ドアが閉まる音に続くように、敦子が病室から離れる足音が響く。完全に鉄矢は病室で一人ぼっちになってしまった。
「んだよ、明日までどうすればいいんだよ」
テレビへ視線を向けるが、そのテレビも鉄矢の部屋に置いてあるものより小さかった。そんな質素なその病室は鉄矢にとって退屈なものだった。なにか出来ることでもないかと模索したが、当然良い答えは思い浮かばない。
「…………寝るか……」
することもないのだ。である以上は、彼に与えられた選択肢は睡眠しかなかった。
そのまま横になり、鉄矢は瞼を閉じ、意識を寝ることに集中することにした。




