ブリキヒーロー part11
いつしかD.I.N.Oから帰された時と同じく、鉄矢は真っ黒な目隠しをされ、車に乗せられる。
(やっぱり目隠しするんだな……)
一般人である以上、それは仕方のないことだ。まだ自分は信用されていないことを理解し、鉄矢は納得していた。
車に揺られていると、黒服の一人が鉄矢に声を掛けた。
「しかし、どうしていまさら指令に会いに行くんだ?」
もっともな質問だった。だが、鉄矢は臆さずに答える。
「戦います。そのために、決意を見せに来たんです」
「……本気か?」
一度、唾を飲み込む音が聞こえた。
「君がどういう趣でそこに至ったかはわからないが……やっぱり、君みたいな若い人間に戦わせるのは酷だと思うんだよ。今からでもまだ間に合うぞ?」
「でも、俺しか今はそれが出来る人がいないんですよね?」
「その通りだが、最悪死ぬかもしれないぞ? そういう世界なんだよ、あそこは」
「…………わかっています」
「……そうか」
それきり、男は黙りこくった。目隠しのせいで鉄矢の真剣な目は見えないが、彼の真意をなんとなく察したのだろう。
どれだけたっただろうか。体感的には数十分たったところで、車がガタガタと揺れ始めた。
(山道……?)
以前彼が車に乗せられた時は、ほとんど眠りこくっていたため、自分が山道を通っていたことを全く知らなかった。
それからしばらくして、急ブレーキ。
鉄矢の全身が少し前のめりになる。
「着いたぞ」
目隠しのまま鉄矢は車から降ろされ、腕を掴まれたままどこかへ連れてかれた。
しばらくなすがままに歩くと、プシュ、と空気が抜ける音と共に扉が開いた気がした。
数歩歩き、男が誰かに声を掛ける。
「連れてきました。後はお願いします」
「お疲れ様。それじゃあ、仕事に戻って頂戴」
聞き覚えのある女性の声。盾賀美美鈴の声だった。
スルリ、と目隠しの布が外された。
照明の光が目に刺さり、眩しい。
「久しぶり……ってほどでもないか、鉄矢君」
「そうですね」
見覚えのある部屋、作戦管制室――とか呼ばれていたような気がする。ここに来るのは二度目だろうか。
そして目の前には先ほどの声の主、盾賀美美鈴。
美鈴の目はいつにも増して真剣だった。別に怒気や軽蔑といった感情は感じられない。ただ真面目に、これから鉄矢と向き合おうとしている態度だった。
ここからは彼女と一対一で話し合わなければならない。
自分の信念をしっかり伝える必要がある。
「どうしたのかしら、鉄矢君。君は一般人としての道を選んだはずでしょ?」
まず口を開けたのは美鈴からだった。訝しむように腕を組み、こちらを見ている。
一般人。やはりそう来たか。だがここで退き下がるわけにはいかない。
「確かに、美鈴さんの言う通りです。……けど、戦わなければならない時が来たんです。いや、来てしまったって言うべきなのかな……。とにかく、今この状況から目を背けるのをやめる事にしました」
「そう……君に戦ってもらいたいのはやまやまだけど、アンバーを渡すわけにはいかないわ。大人のけじめよ」
たったそれだけ――一回の会話だけで話は終わりだと言わんばかりに、美鈴は手を振りその場を去ろうとする。
まだだ――こんなあっさりと、諦めきれない!
「お願いです。俺に、守れる力をください!」
声を張り上げ、鉄矢は頭を下げる。
……いや、足りない。
駄目だ。
あの時、盾賀美槍花が俺に頼み込んだ時、プライドを捨ててまで土下座をしてきたのだ。
こんな生半可な覚悟では、彼女に対して無礼なだけだ。
――だったらッ――!
すかさず、額を地面に擦り付けながら土下座する。
これでも彼女の覚悟には到底及ばないかもしれない。だが、俺にだって、俺にだって……!
「俺にだって、守り抜きたいものくらい……あります!」
「……戦うのは怖くないの?」
「確かに怖いです。でもッ! 俺にも家族や友達がいるんです。俺の大切な人たちが傷つくのはもっと怖い。だから戦います。俺の世界を守れるのは、俺しかいないんです!」
数秒の沈黙。それを破ったのは美鈴だった。
「気持ちは分かったわ。とりあえず、顔を上げて――」
「上げません! 上げるわけにはいきません!」
決して上げない――認められるまでは。
静寂が支配する。まるで美鈴が自分の度量をじっくりと推し測っているように鉄矢には感じた。
ふぅ、と美鈴がため息をついた気がした。
「鉄矢君、この書類に見覚えはあるわよね?」
目の前に一枚の書類が提示される。
初めてここに来た時に書いた、あの誓約書だ。彼の日常を保証してくれる、あの誓約書。
「これを破けば、君の日常は二度と帰ってこないわ」
そう言って美鈴は鉄矢に目線を合わせるためにしゃがみ、それを手渡す。
「君に、これまでの日常を手放す覚悟はある?」
美鈴の顔は、いつになく強張っていた。
あの時と同じく、改めて示された選択肢。
ここにきて鉄矢は選択の重さを感じた。
手首をつかまれ、なにかおぞましい物に、耳元で『共に地獄で共倒れするぞ、いいのか?』とささやかれているような感覚。
だからどうした? それがなんだ?
そんなもの、もうどうでもいい。
既にもう、悩み切った事だ。
美鈴は頑なに拒否すればいい物を、そうさせたのは自分の真意を測るためだろう。
臆することなく、鉄矢は目の前の紙を手に取った。
もう、そんなことで怖気づくほど、弱くはない。
後悔することもあると思う。傷つくこともあると思う。迷い、振り返ることも絶対あるだろう。
(だけども俺は、ここで立ち止まるわけにはいかない――)
これまで過ごしてきた自分自身の手放し難い日常を噛み締めながら、鉄矢は誓約書を少しずつ破っていく。
一瞬で走馬灯のようにいろんなものがフラッシュバックした。断片的に覚えているのは母の顔、もう既に亡き父の顔、朝起きて、夜寝るなにげない日常。そして、盾賀美槍花の横顔。
気が付いた時には完全に二つに裂かれていた。
捨てた日常をもう一度拾う為、鎧鉄矢は戦うことを選択した。
「一つだけ、訂正させてください。俺は今までの日常を捨てません。必ず戦いを終わらせて、戻ります。絶対に」
絶対に、戻るんだ。そうじゃないと戦う意味がない。守るだけじゃ駄目だ。守った世界に自分がいないとその世界は色を成さない。
●
美鈴は鉄矢の目を見つめる。
その目には、迷いの色はなかった。完全に振り切った、強い意志。強い思い。そして優しい決意。
その目を見て、盾賀美美鈴は思う。
思ってもいなかった。まさか、彼が来てくれるだなんて。
ここまで本気でぶつかってくるだなんて。
どこかで抱いた期待が、現実になるだなんて。
きっと彼なら、やってくれるだろう。世界を乱さんとする悪を、その鎧で跳ねのけてくれるだろう。
盾賀美美鈴は、この時負けを選んだ。
年端もいかない少年に託すことにしたのだ。
だが、それは自分が無力故に、その力に頼ったからではない。
大人として、少年の熱意に応えたいだけだった。
それを自分自身が理解した途端、笑いがあふれるように出た。
「フフ……アハハッ! まさか守り抜いて自分も絶対に死なないとまで宣言するなんて……! 負けたわ。鉄矢君。君のその熱意、しかと受け取りました。君にアンバーを渡します」
美鈴が鉄矢にアンバーを手渡す。鎧竜、アンキロサウルスの力――守るために顕現した守護なる力を。
「ようこそ、鎧鉄矢。私たちはあなたを歓迎します」
大きく両手を広げ、美鈴は鉄矢を受け入れた。
共に戦う仲間として。
「ではさっそく、鉄矢君にはアンバーの使い方の教育と作戦会議ね。時間が惜しいわ。要点だけ伝えるからあとは前線で何とかしてもらいます」
「……すみません、美鈴さん。時間はないのはわかります。けれど――」
鉄矢は一度、言葉を切った。
「盾賀美槍花に、会わせてもらえないでしょうか?」




