予兆 part2
25mプール程度の大型モニターが文字の羅列を吐き出しながら仄かに光を発する。
四方30m程の大きさで、巨大なモニターの光と微かな照明だけで照らされた薄暗い部屋――ここでは作戦管制室と呼ばれている。
その部屋では日中、スタッフが各々コンピュータを動かしながら、目まぐるしくなだれ込んでくる大量の情報を処理し、解析している。
部屋の中でも全体が見渡せるよう、前方のスタッフ達の席より少し位置を高くデザインされた奥の空間。その空間には作戦会議としてしばしば用いられる円卓が設置されている。大きさはだいたい十二人ほどで取り囲めるくらいだ。
その円卓で二人の女性が話し込んでいた。
「……この人が『ディノサウェポン』を持っていると?」
一枚の写真を見つめ、二人の内の一人、盾賀美槍花はそう質問した。
華奢な体に肩まで届く青のショートヘア、透き通るような碧眼の少女。年齢はおよそ十六と読める。人形のように整った顔立ちを持つ彼女が、もし、年齢通り学校に通っていたらクラスの高嶺の花として語り草になっていただろう。しかし、年端もいかない少女でありつつも、その鋭い眼には年齢に似合わない芯の通った強い意志を感じられる。
「ええ、そうよ。正確には持っているかもしれない、人物ね」
もう片方の女性であり、質問に回答した人物――彼女の姉にあたる盾賀美美鈴が答えた。高身長、腰まで届くブラウンのロングヘアーは彼女のモデル体型をより引き立たせている。端的に表すと大人の魅力を存分に魅せている女性だ。彼女とすれ違ったほとんどの男は、彼女の姿をもう一度目確認するため、振り返ってしまうだろう。
彼女が発した言葉、“ディノサウェポン“――
それは、現代社会において突然出現した怪奇現象を指す。
不特定少数の人間が突然、恐竜のような身体能力を持ち、恐竜のような肌を持った姿に变化するようになった。トカゲがそのまま人間ほどの頭身に変化し、二足歩行になるその姿はさながら、ファンタジー作品のリザードマンのようだ。
彼女たちはその能力を総称し、ディノサウェポンと呼び、能力の持ち主を宿主と定めていた。
テーブルの上にまばらに散りばめられた資料の中から先ほど拾い上げた一枚の写真を、槍花はもう一度注意深く観察する。
どこでどうやって撮ったかはわからないが、駅の改札付近の人ごみが映るその写真に一つ、赤いサインペンで丸が囲った跡がある。
その赤い丸の中には一人の少年が居た。
黒い髪、黒い眼、中肉中背。どこにでもいる普通の少年だ。これと言って突出した特徴は見受けられない。
(この少年が、私と同じ能力を……)
同じ宿主である一人の少年に対し、槍花はややシンパシー染みたものを感じていた。
「名前は、ええと鎧鉄矢。十八歳、ごくごく普通の大学一年生。『鎧』……ねぇ」
美鈴は“鎧”という苗字を聞いた途端、顔を曇らせた。
含みのある彼女の物言いに、槍花は首をかしげる。
彼女にとって、なにか因縁めいたものがあるのだろうか。槍花は考えるが、美鈴の意図を推し測ることはできなかった。
「それで、私はどうすればいいのですか?」
話を戻すため、槍花から話題を振る。
「ええ、内容としては至ってシンプル。彼を監視して、なにかあったらすぐに報告を頂戴」
「……それだけ、ですか?」
あまりにも簡単な任務の内容に槍花は呆気にとられる。
宿主との接触を主な任務として遂行してきた彼女だが、ほとんどが能力に目覚めた宿主との戦闘を繰り広げ、ディノサウェポンを回収することが多い。それはいままで命一つでつなぎ留められているのが不思議なくらい、危険でもある。
「ただし、気を付けて。これは確定ではないけれど、彼の能力を狙う人物がいるとも聞いているわ」
そう言って、美鈴はファイルを一冊、槍花に手渡した。
ファイルのページをめくり、まず目に入ったのは一枚の写真に写る男だった。
三十代前半に見える団子鼻の男。髪が目元まで伸びているせいか、顔があまりよく見えない。
武田爪ノ助、ヴェロキラプトルの能力を持った男。ファイリングされている資料をとりあえず斜め読みし、ざっくりと経歴を辿っていく。
波乱万丈な生活を送ってきたようだが、簡潔に説明すると、国内のとある地元のヤクザから始まり、運び屋、高跳びしてマフィアに入り、ディノサウェポンを手にしてからは好き勝手しているようだ。おそらく、このキャリアから察するに、武田爪ノ助という名前も偽名であると見受けられる。
あまり褒められたような人生を歩んでいない内容に、槍花は険しく眉をひそめるばかりだった。
「この男が鎧鉄矢を狙ってくる可能性があるわ。襲撃の可能性を考えて、充分に注意して。最悪の場合、交戦して相手を退けても構わないわ」
槍花が見ていた武田の写真をトントンと指さしながら、美鈴は指示を下す。
「了解しました。それで、今鎧鉄矢はどこに?」
「大学」
「大学?」
予想外の答えに槍花が思わず聞き返す。
――まさか、その大学に行けとでも?
そんな槍花の悪い予感が的中してしまった。
「じゃあ、大学行って来てね☆ 場所はここだから」
そう言って、美鈴は大学の住所が書かれたメモを槍花に渡す。
自分の意思を無視して進められる展開に、槍花は戸惑いを隠せないでいた。
「その、姉さん。大丈夫なんですか? 色々と」
勝手に敷地内に入って平気なのだろうか。そもそも転入届とか、試験とかそういうもろともは?
学校と言う組織の一つにあまり慣れていない槍花は様々な不安要素に頭をうならせていた。
「その辺は大丈夫よ。別に大学なんだから、あなたくらいの子なら生徒に紛れてキャンパス内をうろつくくらいなら目立たないわ」
「はあ」
「と、いうわけでとりあえず彼の監視、よろしくね~」
流れで槍花の大学潜入捜査が無理矢理決まってしまい、美鈴は彼女に弁明の余地を与えずその場を去ってしまった。
「……どうして私が、そんな…………」
ただ一人取り残されてしまった槍花はポカンとするしかなかった。
槍花は鎧鉄矢のいる大学へ行くため、仕方なく支度を始めることにした。