青い牙 part6
微睡んだ意識の中に、一筋の光が入り込む。まるで私の眠りを邪魔するかのように。
重たい瞼をうっすらと開けると、真っ暗な景色が薄ぼけた視界に切り替わり、少しずつ鮮明に、目に映る情景を映し出していく。それは瞬時に電気信号となりぼんやりとではあるが脳へ伝えていく。
どうやら窓から差し込んだ光に起こされたらしい。さっきまで沈み切り、その姿を南半球に隠していた太陽はすっかり上がり切り、辺りを照らしている。
太陽の位置を察するに、時刻は正午あたりだろうだ。
窓から流れ込む温かい風がカーテンを揺り動かし、髪を撫でた。
「ここは……」
自分が寝ていた真っ白で清潔さを感じられるベッドのシーツを撫でると、肌触りの良い感触が伝わってくる。自分がいつも寝ている寝具とは違い、シンプルなデザインのそれは、転げ落ちるのを防止するための柵が付けられていた。
どうみてもここは病室内だ。
しかも、どこかの病院内じゃない。私は、この場所を知っている。
D.I.N.O日本支部内に設置されている、病室だ。
この病室は、槍花のような宿主や、諜報活動をしているメンバーが負傷した場合、使われることが多い。
あいにく、宿主は槍花しかいないので、ここが使われる場合は大方がD.I.N.Oのスタッフが体調を崩したときか、負傷した時だけだ。槍花は初めて、ここを使ったのだ。
盾賀美槍花が初めてこの病室を使った。それはすなわち、自分が敗北を喫したということだろう。
(やはり私は負けてしまったのですね……)
あの時、私は死を覚悟していた。手も足も出ない、完全な敗北だったからだ。
だからこそ今ここで生きているのが槍花にとって不思議でたまらなかった。
四肢に意識を集中させる。あの冷凍攻撃を受けたわりには、思ったより動きに自由が効いた。やや強い痺れを感じる。万全ではないが、戦うことは出来るだろう。
ふと、ノックの音が軽く鳴った。
槍花がドアの方へ向くと同時に、美鈴が神妙な面持ちで入って来た。
「あ、起きてたんだ」
「……姉さん?」
「あの、姉さん。私はあの後どうなったのですか?」
重たい沈黙。
その沈黙を、槍花は答えとして受け取った。
予想通り自分が敗走し、事態は悪化しているという事を。
視線を何度かさ迷わせながら、やがて観念したかのように美鈴が口を開いた。
「銀行で男と交戦した時、男の能力で氷漬けにされたのよ。あと少し遅かったら、凍傷で取り返しのつかないことになっていたところを、何とか回収したってところね」
それを聞いて、迷うことなく槍花は即答した。
「だったら、もう一度戦うまでです。姉さん、出撃の許可をください」
それしかない。次にあの男がいつ現れるかわからない。
来週かもしれないし、明日かもしれない。もしかしたら今現在、どこかで暴れているかもしれない。
考えれば考えるほど、重く圧し掛かる焦燥が槍花の焦りをより掻き立てていく。
「槍花ちゃん、気持ちは分かるけど、まだ駄目よ。あなたの怪我はまだ完治していない。その状態で行っても返り討ちにあうだけよ」
「じゃあいったい、誰がアイツを止められるというんですか! 体はまだ動けます」
つんざくような槍花の叫び声。そして永遠とも感じられるほど長い静寂が病室を漂う。
先にそれを裂いたのは美鈴の方だった。
「確かに、前線で戦うことができる宿主はあなたしかいないわ。だからこそ、だからこそ、あなたを失うわけにはいかないの。お願い、わかって槍花ちゃん。あなた自身は、あなた一人のものじゃないの」
槍花の両肩に手を置き、その場に押さえつけるように美鈴がたしなめる。
(私自身は、私だけのものじゃない……)
美鈴の言葉に含まれる意味の重さに、思わず槍花は黙り込んでしまった。
そんなことはわかっている。
自分の大切な人が、傷つくのを見ているのは辛いものだ。
自分が姉である美鈴にそうあってほしくない様に、逆も然りということだろう。
だが、それでも戦えるのは私しかいない。
歯がゆい。とにかく歯がゆかった。
「元々、自分の妹を戦わせること自体が私にとってあまり気持ちの良いことじゃないわ。戦力的なこともあるけど、まずは家族として、あなたの出撃は当分反対するわ」
「……はい」
ただ頷くしかなかった。苦虫を嚙み潰したような気分だ。何もできないもどかしさだけが自分の体を蝕み、苛立ちを加速させていく。
「助かるわ。ありがとね、槍花ちゃん」
強張った表情から一転し、穏やかな顔になった美鈴が槍花を胸元へ抱き寄せる。
「今、こっちで頑張ってあの男の情報をかき集めているわ。あなたはまず、怪我を治すことを優先して。ね?」
子供に優しく語り掛けるように言い残し、美鈴は病室を去った。
私は今、戦うことができない……。なら――




