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青い牙 part5

 男は右腕に構えた(アギト)を大きく開き、そのまま恐ろしい速さで振り翳す。

 まるで顎が全てを食い破る様に、風を裂く音が鳴り渡る。

 その轟音と同時に顎から覗く牙が、速さのあまり光ったように見えた。


(早いッ!?)


 一刀。

 咄嗟に、右腕の盾で槍花は防御の体制を取った。

 金属と金属がぶつかる、不愉快な音。飛び散る火花。

 そのひと振りは、岩で押しつぶされるかのように重かった。


 両足を踏ん張り、両腕を使って必死に盾を相手の得物へ押し付ける。

 持ち手を通じて顎の重さが痺れとなって体中を駆け巡る。

 その重量に反応したのか、ヘッドギア内でけたたましいアラーム音が響いた。

 油圧関連の装置が限界を迎えている際に発する警告音だ。


 これ以上は、耐えられない。


 男を引きはがすため力を振り絞り、槍花は盾で相手を押しのける。


 勢いのあまり後ろへ二歩、三歩とつんのめる様に後ずさる男。


 槍花はその時出来た隙を見逃さなかった。


 三双を横へ一薙ぎ――

 だがそれは、顎に塞がれる。それも、食らいつくように大きく開き、受け止めたのだ。

 万力のように強力な圧力が顎に生えた鋭い牙にかかり、槍花の槍の穂先を食いつぶさんとかみついた。


 三双を握った腕ごと持ってかれそうになったところで、手前に引き抜くことでそれを回避。そのまま、後方へ下がって仕切り直しに移る。


(……強い)


 パワー、スピード、能力。どれをとっても、今までの敵と違って本当に手強いのがわかる。

 勝てるかどうか、わからないくらいにでたらめな強さだった。

 これが第二形態、こんな凶悪な敵を見過ごすわけにはいかない。

 もし見逃したら、想定以上の被害が及ぶだろう。


(だとしたら……ッ!)


 ここは短期決戦を仕掛け、ヤツを止めるしかない。


 男が追いかけるように真っすぐ向かってくるが、遅い。

 槍花は既に、技を放つ準備を済ませていた。


「遅いッ!」


 三双を握り直し、手元に引き寄せる。

 次に起こるは雷鳴。それは激しく鳴り響き、今にも周りのものを焼き落としかねない。


「加減は不要、ここで討ちます!」


 十二分にエネルギーが溜まったのを直感で感じ取る。

 そして――


「――蒼雷三双!」


 槍花が三双を突き出すと同時に、切っ先からまばゆい光が飛び出した。

 全てを呑まんとする雷光が地面を裂き、一直線に突き抜ける。

 夜が――光る。


 コンマ数秒、遅れてやってきた爆音が衝撃と共に夜の静寂を書き換えた。

 やがて轟音は夜闇に掻き消え、沈黙へと静まり返っていく。残るは男の周辺を漂う残光だけだ。


(……倒した……?)


 これで終わりだろう。この技を受けて、立てた相手を今まで見たことがない。

 私の雷光が相手を貫き、そして――


「いやぁ~すごい電気だったね~お兄さん、痺れちゃったな。ハハハ」


 倒したはずの男の声が聞こえた。

 男に叩きつけたはずの蒼雷三双の光がはじけ飛ぶ。


 そこにあったのは、壁――

 半透明の白色に透き通る様に輝くその壁は、冷たい瘴気を漂わせている。


 氷だ。

 男の周りを、氷の壁が囲っていた。

 地面から生えるように現れた白亜色の大楯に、小さなヒビが入っていた。おそらく槍花の雷撃が当たった部位だろう。ヒビが崩れ、割れ目となり、そこから男が出てきた。


 傷一つないその姿を見て、槍花は目を見張った。


「君が電気を操れるみたいに、俺もアンバーをいじって貰って、能力を加えてるんだよね。一応、名目上は周辺の温度を自在に下げることができるらしいよ」


 自慢げに両腕を広げながら男はしゃべり始めた。


「それがあなたの能力……ということですか」

「空気中の水分を思いっきり冷やして、氷の盾を作ったの。いや~すごいね、アンバーって。普通、氷の壁なんか一瞬で木っ端みじんになるかなと思っていたけれど、その辺も補助して金城な壁にしてくれるとはねえ」


 パチンッ、と男が指を鳴らした。それに合わせて壁は少しずつ粉雪のように細かく散り、そのまま霧散する。


「じゃあ次は、俺の番だ……」


 男は左腕をゆっくりと横へ振るう。まるで何かを合図するかのように。

 刹那、空気が変わった。

 アーマーを通し、肌で感じ取れるほどの冷たさ。針で肌を刺すようなチクリとした痛みを感じた。

 体内の血液が凍りそうなほど、空気が冷えた。


 絶対零度を超え、やがて空気中の水分が凍る――


 槍花の身動きを奪うにはそれだけで充分だった。


 蛇のようにうねりながら、加えて目にもとまらぬ速さで腰までの高さほどの氷の波が眼前まで迫りこんできた。


 槍花が気が付いた時には、彼女の四肢が氷漬けにされた。

 体温を奪われ、力を失った手から三双が滑り落ちた。

 動けない。

 残った力を振り絞り、もがく。だが、残酷にも彼女を包む氷が徐々に体力を奪っていくだけだ。


 体の芯から冷えていき、意識が遠のいていく。

 視界が少しずつ暗くなる。

 もう残っている感触は首から上だけだった。後は全て、凍ってしまった。

 ただただ、睨みつける事しかできない。完全に負けだった。後はただ、敗北を待つしかない。


 こちらを見て、男はただつまらなそうに鼻を鳴らすだけだった。


「ま、楽しめたよ。それじゃあな」


 奴の右腕の顎がゆっくりと、獲物の首を狙うように開く。

 終わりの宣告。彼女の敗北が確定付けられる。

 凍てつく息吹が視界を奪い、意識が冷たい氷の中に沈んでいく――


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